第130話 無幻――崩壊する世界

“咆哮ノ洞窟”から少しばかり離れた所に佇む俺達――。

 夕日に照らされながら重たい溜息をついていた。


「あー、疲れたぜ……」

「ああ、全く」

「私達には、ちょっと早かったって感じだよね……」


 見るからに疲れ切っているその様子は、正しく死に体寸前と言って差し支えないだろう。


 さっきまでのBランクダンジョンの中で何があったかと言えば、凄まじく単純。


「一生かかってもCランクだって人間も沢山いるんだ。気を落とすにはまだ早いさ。まあ、目算が甘かったというのは、反省すべきだろうがな」

「うん。一体を皆で囲めばどうにかはなるけど、逆になっちゃうと勝ち目がないって言うのは、ちょっと致命的だったしね」

「ああ、ボスモンスターですらない雑兵相手にいちいち総力戦なんてしていては、ダンジョンなど進むことは出来ない。いくら何でも無茶が過ぎるからな」


 あの後も、ダンジョンをうろついてモンスターと戦ってみたものの、ガルフが言う通り、根本的に力というかレベルが足りていないと実感させられた。

 予定通りにBランクの具合を確かめる事は出来たものの、ダンジョンを三割も進めずに撤退という、あまりいい結果ではなかったという事だ。


「――アーク、どうしたの? さっきからずっと黙ってるけど……」

「いや、ちょっと考え事をな」

「今日はずっとそんな調子だね。大丈夫?」

「だから大丈夫だって……」


 そんな四人をボーっと見ていると、またもリリア達から怪訝そうな視線を向けられる。


「そういや、さっきのアークは凄かったよなァ! あのデッカイのを一人で倒しちまうなんて、あり得ねぇよ!」

「ああ、俺なんか、最後までポカンとしてたぜ!」

「はっ! ガスパーがアイツと対面してたら、漏らしながら逃げちまったかもなァ!」

「何だとッ!? そんなわけねぇだろ!?」


 この二人が言っているのは、ダンジョンに入って直後の戦闘の事だろう。

 だが、そのインパクトの強い出来事と騒がしい二人のおかげで、何とも言えない空気は自然と払拭ふっしょくされていった。


「でも、兄さん一人でギガースを倒してしまうなんて……本当にどうしたんだ? 勿論、良いことには違いないわけだが……」

「うん。確かに凄かったけど……。なんか、いつものアーク・・・・・・・じゃなかった・・・・・・みたい」


 しかし、ガルフたちまでもがその出来事に言及した所為で、結局俺への追及が止むことはない。


(驚いてるのは、俺もなんだけどな)


 それに対して、俺は明確な答えを返す事は出来なかった。


 俺自身が答えを知りえていないというのは勿論だし、実際に見た事もないモンスターの動きに対して、まるで・・・知っているかの様に・・・・・・・・・体が動いた――なんて、荒唐無稽こうとうむけいな事を伝えられるはずがなかったからだ。


 結局、この後は適当なダンジョンで属性魔法の練習をして、俺達パーティーは解散した。



「――一体、どうなってるんだ。これは……」


 家路につく最中、俺は一団から離脱し、見知ったはずの街並みを眺めながら一人で歩いている。


 思考にかかるノイズと奇妙な異物感にさいなまれながら――。


「俺は一体、どうしたんだ……。何が見えている? 何を知っている?」


 母さんを見た瞬間に、全身を駆け抜けた凄まじい衝撃。毎日顔を合わせている母親の顔を見て動けなくなるなんて、ありえないはずなのに――。

 その後に続いた父さんやガルフ、リリア達とのやり取り。

 剣を執って、視認外の屈強なモンスター相手に先制攻撃を仕掛けたどころか、一方的に倒してしまった事。


 自分の行動の一つ一つに対して、致命的に何かがズレている・・・・・・・・かのような違和感を覚えている。


 その違和感こそが、奇妙な異物感。


 しかも、対象は周囲の人間でも、戦ったモンスターでもなく、この俺自身――。


 それこそ、まるで自分だけが違う世界に来た・・・・・・・とでも言われた方が、収まりがいいとすら思えるほどだった。


「いつも通りの毎日……そのはずなのに……」


 今歩き回っているのは、その異物感を紛らわす為――。


 だが、頭痛は強まり、体の中に鉛でも入っているのかと思う程に足取りも重くなっていく。そのまま心此処こころここあらずといった様子で歩き続ける俺だったが、気づけば自然と足が止まっていた。


「こ、ここは……?」


 辺りを見渡せば、目の前には純白の花々が咲き誇っている。ここは幼い頃にリリアと過ごしたあの花畑。久しく来ていなかった思い出の場所だった。


(さっきまで本人と一緒に居ただろうに、何を思って今更こんな所に……ッ!?)


 やっぱり今日の俺はどこかおかしい、


 内心自嘲しながらも、さっさと休むべきだと家に戻ろうとした。しかし、その瞬間に全身をさいなんでいた異物感が最高潮に達し、右の手で顔を覆いながら思わずふらついてしまう。


 そして、歪む視界の中で誰かの姿が見える。


「誰、だ……アレは……。リリアじゃない?」


 純白の花に囲まれた中で、誰かが俺の方を振り返って笑う。


 そのシルエットは、かつてのリリアでもなければ、今の彼女でもない。


「誰なんだ……ッ!?」


 陽の光に輝く金色の髪。

 魅惑的な真紅の瞳。


 俺を見ながら微笑むその女性についての心当たりは、全くと言っていい程にない。これだけ特徴的な相手なんて一度見たら忘れるはずもないし、それは確実――というか、リリア以外の人間と、この純白の花畑・・・・・で会った事なんてないはずだ。


 しかし、見知らぬ女性をそのまま視界に収めていると、頭を殴りつけられたかのような異物感が激しく広がっていく。


「――ぐッ!?」


 金色の女性と目が合う。

 その瞬間、視界が大きく歪み、思わず膝を付いてしまった。すると、さっきまで見ていた女性の姿が消えていく。


 同時に異物感が弱まり、身体にも力が戻って来た。


「何だったんだ、一体……。まさか妄想じゃあるまいし、体調不良かなんかの見間違い……か?」


 何とか立ち上がると、記憶にもなければ、実体もない女性の姿を必死に目で追っていた自分に対する呆れを吐き捨てるように口にした。


「それ以外、要因はないもんな」


 これ以上、考え込んでいても仕方ないと判断して家に戻ろうとしたが、大きな地鳴りによって再び体をふらつかせてしまう。

 花畑の柵に寄り掛かる事でどうにか倒れずに済んだものの、明らかな異常事態には変わりない。慌てて周囲を見回せば――。


「地割れ――ッ!? いや、空まで……割れてる……?」


 広大な空に、大きな亀裂が入っていた。

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