第129話 無幻――白閃怒涛
着替えを済ませてダンジョン探索の用意を整えると、足早に屋敷の外へ向かう。その時、俺は誰かに呼び止められた。
「随分と急いでいる様だな」
「父さん……」
そこに居たのは、俺の父親――グレイ・グラディウス。このグラディウス家の現当主だ。
「ダンジョン探索に行くのだったな。お前の事だから心配はしていないが、常の鍛錬と同様に課題を持って取り組め。当然、グラディウスの跡継ぎとして恥じないように立ち回れよ」
「いつもの通りだろ? 分かってる」
「それと……怪我には気を付けろ」
いつも肩肘張ってるというか、緊張感に溢れていて誤解されがちな人だが、決して悪い人じゃない。昔は苦手だったが、家族とグラディウスの為に気を張っているだけだと知ってからは、そうでもなくなった。
「――了解、行って来るよ」
「ああ」
父さんの分かりづらい激励に苦笑を浮かべながら、その場を後にした。
「あ、来た来た!」
今度こそ屋敷の外に出た俺を迎えてくれたのは、成人の儀で約一年間旅をしたパーティーメンバー達。
「兄さんが寝坊なんて珍しいじゃないか。明日は槍でも降るのかな?」
一人は、俺の弟であるガルフ・グラディウス。
天啓の儀で“剣聖”という最上位職だと判明した直後に軽く一悶着あったが、それ以降は比較的良好な関係を築けていると自負している。
少なくとも当主の座を巡っていがみ合ったり、殺し合ったりするような事はない。
「だよなぁ。ゲリオが遅刻するならまだしも!」
「そうそう、俺ならまだしも……って、何だとォ!?」
次に声を上げた騒がしい二人は、ガスパー・ショーテとゲリオ・ゲア。
女子より小柄な前者と反比例するかの如く巨漢な後者は、見た目通りの
「でも、ホントだよね。どこか具合でも悪いの? もしそうなら、日を改めるけど?」
その隣で心配そうな顔を向けて来るのは、“盾”を冠する名家――フォリア家の一人娘であり、俺の許嫁とされているリリア・フォリア。
名家の生まれないと思えない気弱な所が、このパーティーの清涼剤的役割を果たしている。
そこに俺を足せば、新鋭グラディウスパーティーの完成というわけだ。
足の速い二人の剣士。重量級タンクと防御寄りの盾役、後衛の魔術師職。パーティー規定人数の中で前後衛がバランスよく揃っている。
自分で言うのも恥ずかしいが、かなり理想的なパーティーだろう。
実際、成人の儀を早々に終わらせ、この街に戻って来る前に自力で冒険者ランクCまでは駆け上がることが出来ていた。
「――いや、問題ない。ちょっと寝るのが遅かっただけだよ」
「そう、なの?」
「そんなに体調が悪そうに見えるか?」
「そういうわけじゃないけど、やっぱり寝坊なんて珍しかったから……」
「
そんな俺達が向かう先は、滞在場所から比較的近い辺りにあるBランク相当のダンジョン――“
何故、自分のランクより上のダンジョンに向かうかと言えば、単純に情報収集という理由に尽きる。
今の俺達は、既にCランクダンジョンをそれなりに安定して周回出来るようになっており、もうそれらの探索が物足りなくなり始めていた。
故に、一つ上のランク帯となっているダンジョンを軽く回ってみようという話になったわけだ。
「皆、撤退用のアイテムは持っているな?」
「ああ!」
「勿論!」
程なくして目当てのダンジョンに到着し、ガルフは真剣な顔で俺達を見回しながら言い放った。
今から俺達はBランクダンジョンにこそ挑戦するが、はっきり言って踏破する気など更々ないし、誰も出来ると思っていない。それは冒険者にとって一流と二流のボーダーラインとも称されるBランクの雰囲気を、形だけも味わってみようという理由でここに来たからだ。
だからこそ、安全マージンには最大限気を使わなければならないし、適当な所で撤退する気満々だ。
それもあって、まだ見ぬ危険なモンスターがダンジョンに
「なんつーか、結構雰囲気が出てるな」
「あ、ああ、今までのダンジョンと明らかに違う気がするぜ。空気が重いっていうか、足が進まないっていうか」
後ろを歩く凸凹コンビが落ち着かない様子で声を上げた。確かに、立ち込める空気はこれまでのダンジョンと明らかに違う。
Cランク初見の時はそれなりに手ごたえがあったが、それとは打って変わっての
「おいおい、気持ちで負けたらおしまいだぞ」
「そうだね。とりあえず今日は様子見なんだし、落ち着いていこうよ」
他の二人も周囲を見回しながら口早に言葉を零す。その様子からして、ガルフとリリアも緊張しているのが丸代わりだった。
だが、そんな四人とは違い、俺の心にはダンジョンの重苦しさに対する動揺はなかった。
「アーク?」
「ああ、いや……」
その事を考えながら一人で虚空を見つめている俺に対し、リリア達が怪訝そうな瞳を向けて来る。しかし、言いようのない感情を覆い隠す為に、皆の視線をどうにか取り繕った。
(――どういう事だ?)
俺の胸中に渦巻いているのは、奇妙な既視感。
切り拓かれた洞窟のような様相に、岩肌の
松明の火や魔力光が反射する角度。
その場所を
(俺は、前に■こ■に来た■■ある?)
初めて訪れる場所では、まず間違いなく
思考がノイズの中に埋没する。
(こ■を曲■ると、大■間に辿■着くはず……)
歩くよりも先にダンジョンの情景が浮かんで来る。
それは脳髄を何かに掻き回されているかのような奇妙な感覚だった。
思考のノイズは増し、心臓の鼓動が乱れる。
しかし、そんな俺の動揺とは裏腹に皆の足はダンジョンを進んでいく。
(そこには、確か……ッ!?)
「あ、アークッ!?」
更にそこから少しばかり足を進めた時、全身の肌が
屈強な大きな影。
迫り来る棍棒。
脳裏を過ったそのイメージに駆られるかのように、俺の身体は自然と動き出す。
ダンジョンの床を、次いで壁を蹴っての三角飛びで跳躍。その先に居た
(攻撃が……読める!?)
白く輝く剣に漆黒の魔力を纏わせて一閃。ギガースの右肩を斬り裂き、棍棒を持っている腕を機能不全に追いやった。
その直後、左の拳が条件反射で振り下ろされる。だが、俺の身体は、
そして、大きく振るわれる左腕を避けるように懐に踏み込み、白銀の切っ先をギガースの首元に突き立てた。
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