第125話 呉越同舟

「■、■■■――!!」

「来るかッ!?」


 獣のように左右に跳びながら疾走して来るラセットに対し、俺とセラスは得物に魔力を纏わせて迎撃態勢に入る。

 いくら相手が人間と言えど、これでは殲滅以外に道はない。そう覚悟を決めて、武器を向けたが――。


「二人で盛り上がってるとこ悪いけれど――」

「その女性ヒト、誰なの!?」


 割って入ってきたルインさんの電磁障壁が穂先を受け止め、キュレネさんは水流槍によって刺突を放った。


「■■――!?!?」


 壁にぶつかって体勢を崩したラセットは、寸前の所で槍を避けて後退。

 脅威を押し戻した二人の目は、心なしか俺を咎める様に細められている。


「――アーク。この者たちは?」


 セラスもまた、“アレの排除には協力するが、この二人は味方と思っていいのか?”とでも言いたいのだろう。小首を傾げながら、言外に訴えかけて来る。

 そういえば鉢合わせた事のない組み合わせだと一瞬言葉に詰まった俺だったが、どうやらそれが良くなかったようだ。


「……」


 目の前の二人・・――主に、ルインさんの方からの圧が増す。


 ランサエーレ本家と練度は段違いだが、この二人もさっきまでの戦闘でセラスが闇の魔法を使っていたのを目の当たりにしている。

 そんなルインさん達からすれば、セラスが魔族ないし、関係者であると考えるのは自然だ。それにも拘らず、セラスと俺が肩を並べて戦っているのだから、戸惑って当然だろう。


 吹き飛んだラセットを警戒しながらも、その事をつまんで説明したのだが――。


「ふーん」

「ボウヤも意外とやるのねぇ」


 ルインさんには半眼ジト目を向けられ、キュレネさんは前の呼び方をしながら肩を竦めている。どうも効果がなかったらしい。


「……」


 セラスは、そんな俺達を不思議そうに静観していた。


「――そ、そういえば、イリゼはどうしたんですか? 姿が見えませんが……」

「捕虜を連れて下がらせたわ。戦闘が本職じゃないあの子にアレの相手をさせるわけにはいかないし、あんな男の配下とはいえ、死なれちゃ寝覚めも悪いしね」


 居た堪れなくなった俺は、ごく自然な流れで話題転換を図り、状況が状況だけあって二人もすんなりと乗ってくれたようだ。


「えっと……じゃあ、貴女は味方って事でいいんだよね?」

「少なくとも、今この場で敵対する意思はない。それに、アレはこちらの不手際だ。境界線を侵したのが我らである以上、それを止めるのは私の役目でもある。故に、背中から斬るなどと無粋な事をするつもりはない」

「そっか、分かった」

「――よく、今の流れで即答出来るな。自分で言うのもアレだが、私は魔族側の――」

「私はアーク君を信じてる。だから、貴女が隣に立つことに対して、彼が何も言わなかったのなら、それでいい。勿論、全面的に信用するかは別だけどね」

「そうか……ならば、私もその方向性で考えるとしよう」


 そんな時、比較的固い雰囲気を放っていた筈のルインさんの方から、セラスへと話しかけていた。


「背中は任せたとは言わん。だが、力を貸して欲しい」

「うん、了解」


 何やら話し込んでいたようだが、二人共軽く笑みを浮かべ合うと、凛とした目つきで武器に魔力を纏わせた。打ち解けた――とは言わないが、どうやらこの局面での共闘を快く受け入れてくれたようだった。


 だが、戦場では僅かな気の緩みも許されない。


「――■■■■■■!!!!!!」

「あれだけ斬って、まだこれ程の魔力を!?」

「ああやって跳ね回られると、ちょっと厄介よね」


 俺達が攻めてこない事に業を煮やしたのか、再生を完了させたラセットは、息子の槍をこちらに投擲すると共にクラウチングスタートで突っ込んで来る。左右に揺れながらの疾走は、躍動的に獲物を追い回す肉食獣の様だった。


「改めてだが、アイツを倒すにはどうすればいい!?」

「基本は魔獣と同じ方法で問題ないだろう! 核となっている因子を破壊すれば再生は止まるはずだ!」

「両手両足を落として本体を何回も斬りつけても、この通りピンピンしているのだけど!? って、また出力が上がったわね……!」


 飛来する槍を回避して散開。対象殲滅に動く俺達だったが、今までの形態では決めきれないと判断したのか、ラセットが咆哮。倍増と言って差し支えない出力で全身から魔力を吹き出し、距離を保っていた俺たちをよろめかせる。


「■、■■■■■■■■■――!!!!!!」

「姿が変質していく……というよりも、より戦闘に特化した形に進化・・しているとでもいうのか!?」


 牙が、爪がより鋭利に巨大と化し、体躯も一回り大きくなる。しかも、ただ巨大化しただけではなく、不格好に膨れ上がっていた筋肉も密度を増して細く引き締まり、無駄が削ぎ落されたかのような風貌へと変質した。


 魔力はドス黒く淀み、ドロリと濁った双眸そうぼうが不気味に輝きを放つ。


「さて、どうしましょうね。あんなになっちゃったけれど……」

「やる事は変わらんだろう。全ての核を破壊して再生を止めなければ、我らに勝機はない」

「でも、アイツは狂化因子を四つ保持している。今まで通りでいいのか?」

「さっきも言ったが、このような事態は私も想定外だ。例え核を破壊しても、互いが破損を補い合って再生してしまうかもしれないし、そうでないかもしれない。破損した核の欠落を補う為、更に狂暴化してしまうかもしれない。確実に言えるのは――」

「四つを近しいタイミングで破壊するか、超火力で全部一緒に消し飛ばすしかないって事か……」


 視線の交錯は一瞬。


 俺達は、変質した姿で迫って来るラセットを睨みつけた。

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