第126話 烈風の檻

 ラセットは、ゆらりゆらりと手を垂らしながら猫背で歩いてくる。だが、次の瞬間には歩調が一転、スイッチを切り替えたかのように突然飛び掛かって来た。


「■■■■■■■■■■■――!!!!!!」

「足の速さも火力もさっきまでとは段違いだな! それに、自傷も殆ど無い!」


 穂先で撫でつけられた地面が豪快に砕け散る。筋肉が凝縮されて強度が上がった所為か動きは不規則に俊敏さを増し、一撃の破壊力もこれまでの比ではない。

 その上、さっきまでは動くだけで血肉が千切れながら流血していたのとは打って変わって、強靭な筋繊維は狂化状態の激しい挙動に耐えられるようになっている。


 力の限り滅茶苦茶に動き回っているだけだった時よりも、遥かに戦闘能力が増したと考えるのが自然だろう。


「でも、どうにかしないと!」

「連携して追い込むしかないわね。囮と攻撃役で二人ずつに分かれるのがベターかしら?」


 偃月刀と長槍がそれぞれラセットの槍と爪を受け止める。


「いや、確実に仕留めるのなら二人でも火力不足かもしれん。一人が囮となって隙を作り、三人で直接攻撃を打ち込む。その間に囮となった一人が、バックアップに回って不測の事態に対処する。これくらい思い切らなければアレは倒せまい」

「あの人を相手に一人だなんて、囮役への負担が大きすぎるんじゃ――アーク君ッ!?」


 俺は話もそこそこに、ラセットを受け止めている二人の中央に向けて処刑鎌デスサイズを上段から振り下ろす。


「作戦会議と攻撃準備は任せます! 鬼ごっこは俺が――!!」

「ああ、もうっ!!」


 そのまま、地面を踏み抜きながら下がっていくラセットを猛追。ルインさんの声を背にして集団から飛び出した。


(――さて、この化け物相手に皆が一発ぶち込める隙を作らないとだな)

「■■■■――!!!!」


 ラセットの槍が振るわれ、風圧が前髪を揺らす。


「――とはいえ、この馬鹿力相手に正面からぶつかり合うのは無理か。それも、小技は再生能力の前に無意味と来たもんだ!」

「■■■■■■――!!」


 氷結のモーニングスターを顔面目掛けて叩き付けるが、素手で殴り壊された。棘の氷球を殴りつけた左拳に鮮血が滴るのは一瞬、数秒後には元通りと化している。


「下手な攻撃は魔力の無駄。向こうの槍がかすりでもすれば、こっちの身体はバラバラに消し飛びそうだ。全く、厄介だな!!」


 驚異的な再生能力により、実質的にこちらの攻撃は効かない。

 向こうの攻撃が掠った時点で、ほぼ負けが確定する。


 その上――。


(処刑鎌こっちも、いつまで耐えきれるか分からないしな)


 すっかりジリ貧なこの状況では、囮はおろか隙を作るなんて夢のまた夢だった。


「下手に時間をかけてこれ以上、戦闘特化に強化でもされれば、本格的に手が付けられなくなる!」

「■■■――!!!!」


 処刑鎌デスサイズでの迎撃は最小限にし、氷の苦無や“ブリザードランサー”を連射してひたすら攻撃を回避し続ける。


「準備は上々、か……」


 俺は既に準備が整っている後ろの三人を一瞥して状況の性急さを再認すると、これ以上ジリ貧にならなる前に攻勢に出るべく思考を回転させる。


(本隊が攻撃をぶち込むのは、頭と心臓部。その為に俺が出来る事は――)


 四肢を何度破壊しても再生が止まらない以上、狂化因子が末端個所にないというのは確実視してもいいだろう。だからこそ、狙う箇所はおのずと限定される。


 それは無論、向こうだって承知の事。ピンポイントで狙い撃つのは、容易な事じゃない。

 だからこそ奴の防御手段を廃し、三人が妨害されることなく、万全の態勢で大技を打ち込める状況を作り出さなければならないわけだ。


 その為に、この怪物相手に俺が為すべきことは一つだった。


「こっちだッ!!」

「■■――!?」


 これまで一定の距離を保って立ち回っていた俺が一気に背後に下がった事で、ラセットの動きが止まる。獣染みた予測不可能な行動を取って来た相手ではあるが、思考が直情的な分こうした単純な手に弱いでのはないか――。

 その予想は見事に的中した。


「“迅風撃砕牙”――ッ!!」

「■■■■――!?!?」


 横にいだ処刑鎌デスサイズから、四つの巨大斬撃が飛翔し、下がった俺を追いすがろうと動きが直線的になったラセットを囲い込みながら迫り、両手足の関節部に喰らい付く。


 烈風が傷口で停滞して渦巻く。

 結果、獲物を抑え込む肉食獣の牙の様にラセットを風の牢獄へと誘った。


「ここだッ!!!!」


 “真・黒天新月斬”――漆黒の魔力で刀身を巨大化させ、動けないラセットの両腕を肩口から斬り飛ばした。


「■、■ぁ、ぁ■■■っ■――!?!?!?」


 咆哮が絶叫に変わる。

 それは、魔物に呑まれたラセットが、再び人間とモンスターの境界線の上に戻ってきたという事を暗喩あんゆしているのだろう。


 だからこそ、もう止まるわけにはいかない。


「“凍穿幻境すぐ楽にしてやる”――!!」


 眼下から氷刃を出現させ、ラセットの肉体を二重拘束で大地へと縫い付けた。


 そのまま“ブリザードランサー”を即時起動。

 同時に処刑鎌デスサイズを格納すると、虚空に出現した二槍を左右の手で掴み取り、再生を始める前の肩口の両傷に穂先をねじ込む。


「■■ぁ、■■ぁ■■■っ■■■ぁぁ、ぁ■■■■――!?!?!?」


 両肩の向こう側まで氷の槍が貫通している様は、宛ら透明な腕が生えたかの様――。

 そして、“傷口に塩を塗られる”ではなく、傷口を直接氷槍でこじ開けられたラセットは、更に絶叫した。


 しかし、氷風の拘束が奴の移動を許さず、同時に属性魔法を直接叩き込んだ奴の両肩、膝は再生を鈍化させている。


「――ッ!」


 更にラセットの姿に痛々しさを覚えながらも、その場で宙返りの様に大きく跳んだ。俺が飛び退いた直後、凄まじい勢いで三つの影がラセットに迫っていた。

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