第123話 崩牙狂乱

 鮮血の海で骸を晒している夫人の傍らで、巨大な牙が鱗ごと喰い破る。


「や、■だ■あああぁ■■ぁぁ■、■っ■■っっ!?!?!?」

「パ、パ■ァ■■!? や■て■■■ぇ■ぇよォ■■ォ!?!?!?」


 絶叫が響く――。


「くそっ! もう止めろッ!!」


 茫然としていた俺だったが、ラセットが子供達にまで手を出し始めた所で我に返って処刑鎌デスサイズを振り下ろした。放たれた漆黒の風が斬撃となり、魔力の風圧を引き裂いて飛翔する。


「■■――!?」


 風の刃で右腕が吹き飛び、ラセットが地を転がった。


「■■■■――!!!!」

「なんて、生命力っ!?」

「人間離れなんてレベルじゃないわ。化け物ね」


 しかし、片腕を失ったラセットは、残りの腕で地面を跳ね上げるようにして即座に復帰。ロミちゃんと呼ばれていた男子の腕を千切り取ると、そのまま倒れ込むような勢いで心臓付近に牙を突き立てた。

 すると、母親と同様に突然再生が停止し、キノコヘアーの少年は物言わぬ姿に変わり果てる。


「■、■■■■■■■――!!!!」


 それを見て逃げようとした娘だったが、狂化の拒絶反応で身体が動かないのか、その場で跳ね回る事しか出来ないでいる。陸に上がった魚のように――。


「や■てぇ■■ぇ■、■ぇっ■■っっ!?!?!?」


 そして、咆哮の中で人の言葉を取り戻した一瞬の間に、ラセットに襲い掛かられて絶命。さっきの二人と同様に、心臓付近を喰い破られている。


「■■■、■■■■――!!!!」


 ラセットは、口元に紫に光る結晶・・・・・・を煌かせながら咆哮する。その光景は、僅か数秒の間に由緒ある名家の本流が自らの手によって討ち滅ぼされた事を意味していた。


 だが、自ら家族の命を奪ったラセットは、そんな事すらも認識出来ていないのか、憮然と天を仰いでいる。


 正しくその瞬間とき――。


「――構えろッ!」


 異様な拒絶感が更に上の段階へと変質し、空気のよどみが増した。


「■■■、■■■■■■――■!!!!!!」


 そう思った時、俺の眼前には闇色の巨爪が迫っていた。向けられているのは、斬り飛ばしたはずのの腕――。


「ちぃっ!?」

「アーク君ッ!?」


 柄で受け止めた俺だったが、凄まじい力によって背後に打ち飛ばされる。辛うじて体制こそ崩していないが、足の裏で地面の上を滑っているような状態だ。


「■■■■、■■――!!」


 だが、次の瞬間には、再び闇の巨爪が迫り来ている。即時反転からの追撃。驚異的なまでの俊敏性だ。


「一体どういう動きをしてるんだ!? 人体構造云々を超えてるぞ!」

「アーク君、避けてッ!! その速度で動かれちゃ、こっちから援護出来ない!」


 その動きは、正しく狂化モンスターと同一の物と言って差し支えない。ただ、決定的に違うのは、二点。


 一つは、その躯体の素が人間である事。


 もう一つは――。


「■■、■■■――!!」

「こいつ、魔法・・も使えるのか!?」


 ラセットは足元に転がっていた自分の槍を拾い上げると闇の魔力を纏わせて、先ほど放ったのと同種の斬撃を繰り出して来る。


 これまで戦って来たモンスターは一様に魔力・・が使えても、魔法・・を扱う事は出来なかった。それは狂化モンスターであっても例外じゃない。


 これらの事から、モンスターと人間――その不可侵境界は、知恵と魔法技術にあるというのが定説だった。

 しかし、ラセットであったモノは、狂化モンスターの凄まじい身体能力と驚異的な再生能力、人間が有する職業ジョブ補正、魔族が有する闇の魔力――全ての要素を兼ね備えた存在として、境界線上に立っている。


 それこそが最大の差異点。


 そして、その例外は、今目の前で俺に刃を向けて来ていた。


「自傷と超速再生は変わらず……か。本当に、一体どうなってるんだ!?」


 一撃繰り出す度に、自分の動きに耐え切れない躯体の筋肉が千切れ、超速再生によって繋ぎ直される。


「■■■!!!!」

「くそっ! モンスターですら、もっと理性的に動くってのにッ!」


 攻撃が空を切れば破裂音と共に腕が力なく垂れ下がり、一歩踏み込んで来る度に足はあらぬ方向へ曲がり、次の瞬間には元通りと化す。


 動く度に骨折どころじゃない自傷を追っているその姿は、正しく異様の一言。それどころか、その勢いと魔力出力は、ランサエーレ本家に襲い掛かる前の比ではなかった。


 完全に理解を超えた存在を前に、俺はギリギリの所で攻撃を捌く事しか出来ないでいる。それは、目の前のラセットの動きが、事実上Cランクが精々だと称されていた才能の欠片も無い名家の当主、などという次元を遥かに超えているという事を意味していた。


「■■■■、■■――!!!!!!!」


 長槍が壊れそうな出力で魔力が収束。

 それを見た俺は、咄嗟に背後に飛ぶ。


 次の瞬間、闇色の魔力を宿した穂先が、大気を斬り裂きながら突き出された。


「動きが直線的じゃなかったら、腕くらいは落とされてたかも……なッ!!」


 俺は背後の障害物を使って三角飛びの要領で宙を舞う。そのまま視線を眼下に落とし、ラセットの槍が突き刺さった事で、跳躍の際に足場とした大樹がへし折れているのを目の当たりにする。


「なッ!? 武器を棄てて向かって来るのか!?」

「■■■、■■■■――!!!!」


 だが、突き刺さった槍を放り出したまま、地面を蹴って跳躍したラセットの巨爪が既に迫って来ていた。


 人間・・であれば、魔法戦の最中に生命線である武器を棄てるなどありえない。

 モンスター・・・・であれば、武器と魔法を駆使して戦うなどありえない。


 セオリーが欠片も通用しない相手に対し、不意を突かれた形となった。それも、完全に無防備な滞空中という最悪の状態で――。


「“黒天大車輪間に合え”――ッ!!!!」


 迫る鋭利な爪に対し、処刑鎌デスサイズの刀身の逆から、例の如く推進剤として魔力を放出。強引に体勢移動をし、向かって来るラセットを巻き込む様に空中で縦に大回転した。


 激突する斬撃。


「■■、■■■――!?!?」

「勢いまでは相殺しきれないか!?」


 互いに弾かれ、そのままの勢いで地面に降り立った。


 俺の方は辛うじて負傷無し。ラセットは交錯の衝撃で右腕がげ、同じく着地のショックで両膝からおびただしい量の鮮血を流している。


 しかし、相手の状況を考えれば、これでも痛み分けといったところか。


 何故なら、ラセットの傷は即座に再生してしまうから――。


「“ブリッツインパルス”――ッ!!!」

「“ダイダルストリーム”――!!」


 ラセットの着地硬直を狙い撃つかのように飛来した轟雷と激流の槍が、奴の両肩を刺し貫いた。

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