第122話 狂気のプレデター

「いや■!? や■てっ!! 私の■に、入って■ないでぇ■っっ!?!?!? いや■あ■ぁ■■■■■――!?!?!?」


 球形の魔力で全身を覆われたランサエーレ一家。それを呆然と見る事しか出来ないでいる俺たちを嘲笑うかの様に悲鳴が咆哮へと変わり、変質したランサエーレ一家が球形の中から姿を現した。


「これは、何……?」

「身体に鱗が生える、なんて……」


 キュレネさんとイリゼは、ランサエーレ本家の人間だったモノ・・・・・を目の当たりにし、表情を凍り付かせながら呟く。


「この感じ、やっぱりそういう事・・・・・なの……?」


 ルインさんもまた、突きつけられた答えを前にして言葉を失っていた。


 瞳孔が縦に割れ、光が弾けたかのような瞳。手指の爪や犬歯は刃物の様に長く鋭くなっており、後者に至っては唇から飛び出してしまい牙の様にも見える。その上、全身の皮膚から鱗を生やしている姿は、どこか獣――竜種を連想させるものだった。


 更に、不自然に肥大化した筋肉によって、それほど背格好スタイルがいいわけではなく、背も低かったはずのランサエーレ家の連中は巨体と化している。


 理性を失ったかのような出で立ち。より戦闘に特化した体のつくりに変質していく様――。


 正しく――。


「人間の狂化現象、か……まさか、こんな……」

「■■、■■■――!!!!」


 俺の呟きは、ランサエーレ夫人だったモノの咆哮によって掻き消される。


 血を吐くような叫び。

 全身から漂う歪な殺気。


 それは、これまで幾度となく戦って来た狂化モンスターと同種の物。


 狂化人間とも言うべき存在は、理外の存在に違いない。

 だが、その異様な姿を前に、俺達は警戒をしながらも、その場から縫い付けられたかのように動けないでいた。


 何故なら、どれほど変質してしまおうと、相手は人間・・であるからだ。


 しかし、そんな俺達の心に広がる波紋は、更に激しく津波と化す。


「こん■の、いや■■■ぁぁ■■ぁ■っっ■■■っッ!?!?!?」


 全身が裂け・・、血飛沫が舞う。

 その身体から響くのは、骨が砕ける音。肉が千切れる音。

 悲鳴のような咆哮が俺達の耳を震わせる。


「これ……は……!? 自分自身の魔力に身体が耐え切れていないという事、なのか!?」


 原因は、恐らく体内魔力の過剰生成によるもの。それは本来、魔力の扱いに長けた者が意図的に起こしでもしなければありえない現象。

 しかし、体内に取り込んだという狂化因子が、魔法の才能に乏しいはずの彼らに闇属性の魔力を目覚めさせ、魔力量自体をも増幅させた。


 結果、狂化因子という外的要因によって、自分の許容量を超えた魔力が強制的に供給され続け、制御できなくなった余波が自傷を引き起こしているのだろう。

 魔力の波動だけで、風圧が起きる程の出力だ。無理もない。


「■、■■、■■■■■■――!?!?!?」


 当主を除いた三人が絶叫する。


 過剰過ぎる魔力供給、肉体が変容するほどの身体強化。肉体を傷つけながら行われるソレを味わっているのなら、心身共に限界なんて超えてしまっているはずだ。しかし、最期はやってこない。

 狂化モンスターの代名詞とも言える、驚異的な再生能力が彼らの命を繋ぎ止めてしまっているからだ。


「同じ狂化でも、モンスターの時と全然違う!? どうして、こんな風に……!?」

「見ていられないわね……」


 筋肉が千切れ、骨が砕ける。魔力の風圧に巻き込まれるかのように、指が、腕が、足が、あらぬ方向に捻じ曲がっていく。

 そんな中においても、超速再生がそれと同時処理で行われ、凄まじい速度で傷を癒す。だが、治った傍から肉体は内側から斬り刻まれていく。


「■■■■■■■■――!?!?!?」


 超速強化と超速再生の無限ループに苦しみ悶えるランサエーレ一家は、鮮血を撒き散らしながら地面を転がり回り始める。

 それを目の当たりにしたルインさん達の口から、悲痛な叫びが突いて出ていた。


「――狂化が出来るように適応した遺伝子を持つ生物と、外から無理やり植え付けられた紛い物の違いって事なのかもしれません」

「でも、どうしよう。このまま放っておいたら!」

「手遅れになる。いや、多分もうなってますね。しかし、こう状況が分からなくては、こちらも手を出せない!」


 暴れ狂う三人は、正しく手負いの獣。

 だが、倒すにしろ、助けるにしろ、詳しい現象が理解出来ていない以上、俺達は踏み込むことが出来ないでいた。


「■■■、■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」


 そんな時、一際大きな咆哮が轟いた。目を向ければ、他の三人とは異なり、呻いているだけだったラセットの変わり果てた姿。中腰で両手を広げ、牙を剥き出しにして叫んでいる様は、どこか以前に闘ったマンティコアを連想させる。


「――ッ!?」


 咆哮と共に周囲の地面を砕いた魔力の余波を受け、俺達は一瞬よろめく――。


「■、■■■――!? や、め■■――!?」

「■■■■■■――!!!!」


 その瞬間、獣のように飛び退いたラセットであったモノは、ランサエーレ夫人に圧し掛かり、四肢を押さえつけて大口を開いた。


 そして――。


「た、■ちけ■ぇ■ぇぇぇ■■っっっ!?!?!?」

「■、■■■■■――!!!!!!」

「いや■あ、ああ■■ああ■■あああ■■あ■■あ■■あああぁぁぁ――っっ!!!!!!」


 顎が外れているのか、そのように作り変わったのかは定かではないが、およそ人間の可動域を超えた大口で、ランサエーレ夫人の肩口を抉り取る。

 本人の意思とは裏腹に接合部が再生するもラセットの口が開かれ、槌を叩き落す様に夫人の肉体に牙が突き立てられていく。


 生々しく響くのは破砕音。

 血肉を喰い散らかす咀嚼そしゃく音。


「――家族を……喰ってる?」


 繰り広げられる捕食シーンを目の当たりにし、自分の呟きがどこか遠くの出来事の様にすら感じていた。

 しかし、魔力の風圧と凄惨な光景を前に固まっていた俺達を尻目に、ラセットであったモノは夫人の心臓の辺りを千切り取りながら、裂けた三日月の様に口角を吊り上げる。


「――来るっ!?」

「――ッ!」


 思わず身構える。

 だが、そんな予想とは打って変わって、口元におびただしい鮮血を滲ませる獣は、次なる獲物・・・・・へ襲い掛かった。

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