第121話 根源的な拒絶

「好き勝手にランサエーレの威光を行使して来たお前達が、それよりも大きな暴力に圧し潰される。皮肉なもんだな」

「くそっ! くそっ! くそぉォ!?!?」


 見下ろされたラセットは悪態混じりでこそあるが、ぐうの音も出ないでいる。腐っても当主だ。既に自分達に未来はなく、完璧に詰んでいる現状をようやく受け止めることが出来たのだろう。


 尤も、本当に頭の中が空っぽな残り三人は、今だに喚き続けているが――。


「認めない! ランサエーレが権力を失うだなんて絶対に認めないわ!! そんな事があっちゃいけないのよ!!!!」

「何でこうなるんだよぉォ!? 僕はただ、パパに言われた通りにしただけなのにィ!?!? なんでェ!? なんでなんでなんでなんでなんでなんでェェェッ!?!?!?」

「私達がアンタらに捕まるとかありえないんですけど!? おかしい! こんなのアンタ達が適当な事言ってるだけじゃない!? アンタ達が黙ってれば全部解決何ですけどぉ!? まぢふざけんなしィィ!?!?!?」


 妻は狂ったように顔をむしる。

 息子は子供が駄々を捏ねるように地面に寝そべり、両手足をジタバタさせている。

 娘も同様に仰向けで寝転がり、奇声を上げている。


 借り物の力をさも自分の力であるかのように振舞い、それが叶わないとなれば喚き散らす。


 それは、人間の醜悪な部分を凝縮し、まざまざと見せつけられるかのような光景。

 ある種の地獄絵図。


 それに触発されたのか、当主までもが再び喚き始める。


「くそっ! 私はランサエーレ家当主だぞ!? 私こそ選ばれし者!!!! 当主なんだぞォォォ!!!! それ、が……こんな……こんな奴らにィィ!?!?!?」

「いやだやだやだやだ!!!! やだやだやだやだやだやだ!!!! いやだぁァァ!!!!!」


 その光景を目の当たりにし、マルコシアスやアドアが残した言葉が脳裏を過る。


(不完全な群体である人間ヒトを廃する、か――。言い得て妙――もしかしたら、真実なのかもしれないな)


 魔族がどれだけ優れた種族なのかは知らないが、人間が不完全で弱い生き物である事には変わりない。身体も精神ココロも――。

 もしも、セラスやアドアのような人間で言えば上澄みに位置する実力者たちが魔族の平均値だとするのなら、人間俺達の方が種としての性能が遥かに劣っているという事になる。

 ならば、生存戦争を勝ち抜き、地上を支配するに相応しいのは――。


「――まあ、よかったじゃないか。最後の最後に選ばれた者になれて――。ただ、魔族と繋がる手がかり、闇の魔法を使える人間サンプルとしての唯一性しか取り柄がないってのは皮肉だが――」


 埋没する思考を浮上させ、俺は喚き散らすランサエーレ家を見下ろして吐き捨てるように呟いた。

 決して大きくない声音。


 しかし、ラセットは諦めたように肩を落とし、ランサエーレの象徴たる長槍がその手から零れ落ちる。カランという鉄の音が、彼の家の滅亡を意味していた。


 それでも尚、浅ましく権力にすがりつこうとする者たちがいる。


「はァ!?!? 私は認めてませんけどォ!?!?」

「そ、そんな事、うるしゃいィィッっ!?!?!?」


 妻と子供たちだ。だが、当主が槍を棄てた以上、その行動に意味はない。ただの悪足掻わるあがき。醜さの権化だ。


「……」

「ちょっと!? 汚い手で触らないでくれるッ!? アナタ! 早く逃げるのよォォ!!」


 後ろの三人もそれを察してくれているのか、腰を抜かして立ち上がれないランサエーレ一家に冷たい瞳を向けながら拘束しようとし――。


 背筋が凍ったかのような感覚に従い、勢いよく飛び退いた。


「――ッ!?」

「これは……!?」


 俺たちの眼前に出現したのは、闇の障壁――。


 そして――。


「ちょっ■ぉ!? 何よ、■れェ!?!? いや■ああ■ぁ……■っっ!?!?!?」


 つんざく様な悲鳴――いや、ノイズ交じりの絶叫だった。


 そして、周囲に響く絶叫は一つじゃない。


「何■ッ!? 身■が熱いィィ!?」

「頭■れちゃ■ッ!? ヤダ、ッ!?!? こ■なの嫌ァァ■ァ!?!?」


 ランサエーレ一家は、全身から凄まじい威力の魔力を放出しながら苦痛に泣き叫び始めた。


「何、が……どうなってるんだッ!?」

「この禍々まがましい感じ……心が、あの光を拒絶してる!?」


 闇色の魔力が球形状の光となって連中を包み込み、さっきまでとは打って変わって凄まじい威圧感が全身から放たれている。


 逃げる為の演技などではないのは、誰の目から見ても明らか。そもそも、連中には全身から勢いよくほとばる程の魔力を放出する事など不可能なのだから、疑いようもないだろう。

 正しく理解不能な状況。


「根源的に訴えかけてくる異物感。全身を針で突き刺されたかのような感覚。俺は、これを知っている・・・・・?」


 確かに状況は分からない。だが、理解不可能であるはずの威圧感に、どこか既視感を覚えている自分がいた。

 隣に居るルインさんとキュレネさんも同様であるようで、目の前の光景に対して、何がか引っかかっているような、釈然としていないといった表情を浮かべている。そんな中でも、イリゼは困惑と恐怖に顔を歪めていた。


 俺たち三人が違和感を覚え、イリゼだけ・・が拒絶感に苛まれている。


 それは、この感覚を幾度となく・・・・・味わったのは、間違いなく戦場で敵と相対した時だからなんだろう。


 魔族、闇の魔法、結晶体――。


 そこから導き出される結論は一つしかない。


「間抜けが……! 魔族が関わってる時点でさっさと気が付くべきだったんだ!」


 俺は自分自身に対して吐き捨てた。


 アドアが何らかの手段でランサエーレ本家に譲渡したのは、恐らく狂化因子。連中の魔法が闇と化したのもそれが原因。

 そう考えれば、辻褄が合う。


 それでも分からないのは、この連中が変容してしまった事。


 細かいプロセスなどは、いくら考えた所で分からないだろう。


 だが、敢えて理由付けをするのなら、狂化因子が人に作用しないなんて道理が始めから無かったという事だ。

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