第120話 贄ヲ捧ゲ、力ノ軛二縛ラレル

 喚き散らすランサエーレ本家の人間に対し、静かに口を開く。


「――俺もお前達と似たような立場の人間だ。きっとグラディウス俺の家の歴史を振り返れば、地位向上や血統を重んじる政略結婚の類なんて腐るほど出て来るだろう。実際に俺もその一端を担いかけたこともある。だから、俺にお前たちの行動を否定する権利はない」


 この一件ほど互いを拒絶し合っていたとは思わないが、俺とリリアの関係性も本質的には同じ事だった。きっと、グラディウス、フォリア、過去のランサエーレも、ラセットたち以上に人に言えないような事をして来たのだろうし、数えきれない程の人間の想いを踏みにじって繁栄してきたのだろう。

 そのバトンを今世で受け取った俺には、ラセットたちを否定する事など出来ない。それは今まで犠牲になった人々に対する最大の冒涜だと思うから――。


「だが、名家としても、冒険者としても三流以下のお前達には、他人の人生を左右する権利はない。ましてや、お前達のエゴで一体どれほどの人間が犠牲になったと思っている!?」

「ひ、ぃっ!?」

「世界には、奇麗事ではどうにもならない事が往々おうおうにして存在する。他人を犠牲にしてでも、他の誰かの想いを踏み潰してでも、成さなければならない事がある。それは否定しようもない事実だ」


 大衆が好む話には、身分の低い者が高い者を蹴落として成り上がるなどというものが数多く存在する。重箱の隅つついて悪役に仕立て上げた身分の高い者を、鬼の首を取ったように排除して自分達は幸せ、ハッピーエンド。相手は一生苦しみ続ける事になる――そんな話だ。

 主人公を自分に置き換え、現実では成しえないジャイアントキリングで目上の者を蹴落とすというのが、壮快だと思う気持ちは理解できる。そういった勧善懲悪が好まれるのは自然な流れなのかもしれない。


 だが、それはあくまで、大衆という個々では力無い者たち視点での話でしかない。


 確かに、身分の高い者が、おごり高ぶって腐敗しているという事例も数多く存在している。以前、ローラシア王国のギルドで戦ったグルガ・ビッカーや、元帝都騎士団団長――レオン・レグザーがいい例だ。そんな連中なら、確かに打ち倒すに値するのかもしれない。


 だが、そうでない者だって沢山いる。

 それどころか、逆に履き違えた正義や革命思想に取り付かれた力無い者達によって、真っ当力を振るっていた者が、その物語宛らに排除された事例だって存在する。


 だから名家はその力を誇示し、特権を周囲に見せつける事だってある。それは自分達が自分達として生きていく為に必要な行動だからだ。

 少なくとも、俺はあの日々の中でそう学んだ。


「――俺は知っている。輝かしい才能未来を犠牲にして、グラディウスの為に自分を命を燃やし尽くした女性ヒトがいる事を! その人が残した大きすぎるものを受け継いで苦悩し、家族――自分自身が壊れる事もいとわず、それを守る為に人生の全てを捧げた人間がいるという事を!」


 何百、何千という人間の想いを一手に背負うという重圧。

 伝統と歴史ある家を閉ざさない為、繁栄させ続けなければならないという重責。


 名家の名に恥じないように生きる為には、自分を含めた全てを犠牲にしてもまだ足りない。それどころか、一挙手一投足の掛け違いで、全てが喪われてしまう可能性だってある。


 更には、家の中では派閥を争い、他の名家とは覇を争い、一般市民からは特権階級である事を妬まれ続ける。


 これだけの重責を担い、自らを犠牲にしている人間に力ある特権が与えられるのは間違った事なのだろうか。それを行使する事すら罪なのだろうか。

 そんな彼らを妬み、悪意をぶつける力無き者たちもまた、罪人ではないのだろうか。


 だが、覇道を歩み続けるという事は、その全てを超越する事。そして、その代償として何かを犠牲にし続けるという事でもあるのだろう。

 その使命は家族よりも、自分自身の命よりも重い。


 だからこそ、母さんの孤高な気高さと、あの流麗な剣戟に憧れた。


 だからこそ、父さんに存在を否定された後も恨みこそすれ、自ら敵対しようなどという風に思わなかったのかもしれない。

 例え、歪んでしまったのだとしても、母さんが残したものを必死にき集めて護ろうとしていたのを理解していたから――。


 だが、こいつらは違う――。

 無知さと傲慢さで他者の命を踏み荒らして遊んでいるこいつらは、そんな領域に達するどころか比べる事すら烏滸おこがましい。


 しかも、それだけ好き勝手にやって来た挙句、いざ自分達に危機が迫ったとなれば、即座に保身に走る。それも、他人を犠牲にする事に、何の躊躇ちゅうちょもなくだ。


 そんな事がまかり通るわけがない。否、そんな事を認める事など、俺には出来ない。


「――お前たちは過去の栄光にすがり、己の行動を正当化し続けてきた。自らの才能の無さを嘆く事もなく堕落し、挙句の果てに数多くの人間の想いを――命を踏み荒らしながら、我が物顔で甘い汁をすすり続けてきたんだ。それ相応の覚悟はしていて当然のはずだが?」

「う、うぐ……っ!!」


 大いなる力には、大いなる責任が伴われる。名家という強大な剣を振りかざして他者を踏みにじって来た以上、付随する責任が特権の代償として自分に降りかかって来るのは至極当然の事。

 武器を執って戦場に立った時点で、女だろうが子供だろうが関係ない。知らない、分からないでは済まされない。

 理解しようともしない事自体が罪なんだ。


「自分達がして来た事の落とし前はきちんと付けてもらう。前にも、そう言ったはずだ」


 俺は、長槍を取り零して恐怖におののくラセットを見下ろしながら、眼光を強めた。


 きっと誰よりもこいつらを殴りたいと思っているのは、キュレネさんだろう。だが、この連中を殴るのは彼女の役目じゃない。キュレネさんの手を、こんな連中の為に汚させるわけにはいかない。こんな連中に囚わずに幸せになるべきだ。


 ならば、こいつらを殴り飛ばすのは、同じ力有る者としての運命を背負った俺しかいない。


 そう、感じていた。

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