第119話 戦士ではない者達

「鍵を握るのは、結晶体――。身柄を抑えた後に、じっくりと調べさせてもらうぞ。そのアドア少年とやらについても、分かっている事を全てな」


 ランサエーレ家は、基本六属性とは次元を異にする闇の力を手に入れた。しかし、魔族の属性だと認知されている以上、公の場で使えないし、得体の知れない力という不確定要素の塊であることには変わりない。

 よって、ランサエーレ家がキュレネさんを手に入れたいという目的自体がブレる事はなかったようだ。


 だが、これで連中が知っていそうな情報については、粗方引っ張り出せた。

 後は牢屋にぶち込んで、後天的に手に入れたであろう闇の魔法と増加したであろう魔力量について解析するだけだと、冷めた目でラセットを見下ろせば――。


「ふざけ――」

「ふっざけんじゃないわよぉぉぉ!!!!」


 鬼のような形相で妻の方が突っ込んで来た。


「アーク君ッ!」

「――ッ!」


 同時に俺の背後で二つの殺気が膨れ上がる。しかし、俺は二人を視線で制すと、奇声と共に向かって来た穂先を睨み付ける。


「きえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぃぃ!!!!!!」

(母は強しというが、これじゃホラーだな)


 牢屋へのランデヴーとランサエーレ家お取り潰しが脳裏を過ったのか、凄まじい剣幕だ。

 まあ、夫はともかく妻の方は頭に何も入ってなさそうだし、地位を失うのが怖いという事から来る行動なんだろう。


 凶刃が迫る中、俺にはそんな事を考える余裕すらあった。


 何故なら、奴の攻撃があまりにも貧弱で直線的だったから――。


「な、なんですってぇぇぇ!?!?」


 俺が槍の太刀打ちを素手・・で掴み取れば、ランサエーレ夫人が発狂する。顔中に塗りたくった厚化粧をポロポロと落としながら、微動だにしない槍を必死に押し引きしている様は、これ以上ないくらいに滑稽こっけいだった。


「どうして!? どうして動かないのよォ!?!? だ、だったらぁぁぁ!!!!」


 ならばと、槍の穂先から闇色の魔力が溢れ始める。超至近距離で魔法をぶっ放すつもりなんだろう。

 確かにこの距離なら躱しようもない。


 まあ、躱す必要もない・・・・・・・わけだが――。


「くらいなさいよォ!!!!!」


 穂先から放たれた闇色の光は、制御もへったくれもない一撃。それは最早、魔法と呼べるものですらなく、ただの魔力の暴発。自分が巻き込まれるかどうかすらもお構いなしだった。


 しかし、柄が拉げて《・・・・・》長槍が捻じり曲がり、闇色の魔力は空砲となって天を突くのみに留まる。


「――何、なのよ……何なのよォ!? これはぁぁぁ――ッッ!?!?」


 そのまま、穂先が明後日の方向を向いてしまった槍を握り潰せば・・・・・、ランサエーレ夫人は茫然とした顔をしながらヨタヨタと座り込み、さっき以上の勢いで再び発狂した。


 俺が行った事は至極単純。薄く魔力を纏った手で向かって来る槍を掴み取り、力任せに柄を捻じ曲げたというだけだ。


「私はランサエーレ家当主の妻なのよ!! どうして私の思う通りにならないの!? こんなの、おかしいじゃない!? 大体、凡家の連中がこの私に――」

「お前達はそればかりだな」

「だって、それは当然の権利だからよ! 私達がやれって言ってるんだから、家の奴隷になるのは当然じゃない!! 子供を産むのも、慰み者になるのも当然じゃない!! 寧ろそれを喜ぶべきなのよォ!!!!」


 攻撃を避けられるだとか、防がれるだとかならまだしも、槍を正面から掴み取られてへし折られるなんて考えもしなかったんだろう。

 ランサエーレ夫人は、もうどうにもならなくなったのか、座り込んだまま喚き続けている。


 あくまで非を認める気は無い。悪いのは周りの人間だというその態度は、欲しい物が手に入らない子供と重なって見える。


「ま、ママをいじめるなぁぁ!!!!」

「そうだし! ランサエーレアタシ達の言う事を聞かないとかありえないし!」


 すると、今まで怯え切っていた子供二人が突っ込んで来た。家族の危機に意を決したのか、恐らく初めて経験したであろう実戦のプレッシャーで頭がおかしくなったのかは知らないが、その手には短い槍が構えられている。


「――誇張解釈だとは思うが、全てがお前達が言っている事の全てが間違いだとは言わん。だがそれは、地位ある者の義務と責任ノブレスオブリージュを理解して、家の名に恥じない働きをした者だけに許される特権だ。断じてお前達が強行していいものじゃない」

「僕の最強の槍をくらええぇぇぇぇぇ!!!!」

「絶対に許さないし、このクズヤロー!!!!!!」


 処刑鎌デスサイズの切っ先を地に刺して冷気を流し込めば、ドタドタドタと足音を立てながらたどたどしく迫って来る子供二人は足を滑らせ、薄っすら凍った地面と熱い口付けを交わした。


「あ、あああぁぁ……血が!? 僕の高貴な血がぁ……。僕の整った顔がぁ――!?!?」

「い、いだいよおぉぉぉぉっ!?!? いだいいだいいだいぃぃぃぃっ!?!?!?」


 転んだ子供二人は余程痛みへの体制がないのか、顔面を崩壊させながら号泣し始めてしまった――といっても怪我の程度は大した事はなく、元々大して形のよくない鼻が少し曲がってダラダラと流血しているだけ、他は軽い打撲と膝小僧への擦り傷程度だ。戦闘に支障はない。


「ああぁ……ロミちゃんとジュリちゃんの奇麗な顔に傷がぁっ!?!? 嫌ぁァァっっ!?!?!?」


 それにも拘らず、馬鹿親子は戦場のど真ん中――敵の目の前で下らない三文芝居を始めていた。この期に及んでも、自分達には一切非がないと信じて悲劇のヒロインを気取っているのだろう。

 それは、あまりにも無様で醜悪極まりない姿だった。

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