第118話 闇ヨリ出デシ結晶

「ぐ、っ!? ち、近寄るなァ!!」


 ラセットの穂先から闇色の魔力塊が飛来する。


「こんな付け焼刃。通用すると思うか?」

「ば、バカ……な!?」


 しかし、処刑鎌デスサイズの一閃で斬り払って攻撃は四散。ラセットの顔が絶望に染まる。


「あ、ありえない!? 無敵の力だと言われたのにッ!?」

「無敵かどうかは別として、確かに強力な力である事には違いない。だけど、それはヒトの身に余る力だ。何より、魔法の才能がないらしいお前が使えるようなものじゃない。それより、どこでその力を――ッ!?」

「う、うわああああああぁぁぁ――ッッ!!!!!!」


 ようやく真相が明らかになるかと思った瞬間、視界の端から闇色・・の物体が飛んで来た。


「な――ッ!? 今の……は!?」


 あまりに頼りの無い魔力弾。見るからに威力も弾速も低いソレは、氷の苦無一本で掻き消すことが出来た。処刑鎌デスサイズを使う必要もない。

 だが、問題はそこではない。


 攻撃の出所を視線で射抜けば、それを放った張本人が体格に似合う中途半端な長さの槍を座り込みながら構えていた。


「このキノコまで闇の、魔法を――ッ!?」

「う……ひぇ!?」


 最大の問題は、その闇の魔法をランサエーレ家の長男が放ったという事だ。いよいよを以て、状況が理解不可能になって来たと言っていいだろう。

 尤も、その長男は生まれたての小鹿ですらも笑ってしまいそうな様子で盛大に腰を抜かしている為、詳細を明らかにするべく再びラセットへと目を向ける。


「それで、どうしてお前がその魔法を――」

「う、うるさぁい! 相手は一人だ、囲んで追い込……め……ぇ?」


 しかし、俺の言葉はラセットの大声に遮られた。よっぽど余裕が無いのか、さっきまでビクついていた連中を総動員し、物量差で押し切るつもりのようだが――。


「――残念、アテが外れたな」

「く、くそっ!? どうして……こんなぁ……!?」


 待てども救援がやってこない事を不審に思ったラセットが周囲を見渡すが、その表情が凍り付く。

 何故、ランサエーレの精鋭部隊と思われる連中が救援に来ないかと言えば、至極単純。


「周りの連中は、既に制圧済み。後はお前達親子だけだ」

「ぐぅっ!?!?」


 その理由は、ルインさん達が俺の突貫で生まれた隙を突いて攻め上がって来て、ランサエーレ精鋭部隊を制圧してしまったというもの。


「さっきの弾幕と同じ。数だけ増やしても質がこれじゃ、あまりにもお粗末だって事だ」

「そんな、馬鹿な……」


 相手は十数人、こちらは四人。戦力差は三倍以上だが、個々の戦闘能力は段違い。故にランサエーレの連中は生け捕りにされ、ラセット一家を除いて既に縛り上げられている。

 これで戦況は逆転。


「ふん、仮にもランサエーレの名前を背負ってるんなら、もうちょっとマシな顔をしたらどうかしら?」

「な、何だと!? めかけの子風情が、この私に反論するな!!」

「私はアンタを親だなんて思ったことはないし、血も繋がってないわ。大体、娘相手に関係を迫ってきたり、息子とくっつけようとする親がどこに居るのよ。気持ち悪い」

「貴方も息子さんも好みじゃありません。生理的に無理です」

「私はMですが、貴方には触れられると思うとゾッとします。一応、元雇用主相手ですけど……」


 ラセットは以前の様に頑として騒ぎ立てるが、こちらの女性陣は道端のゴミを見るかのような眼でそれを見下ろしている。

 何とも拍子抜けする結末だが、もうラセット達に勝ち目がないというのは誰の目から見ても明らかだ。


「ぐぅ!? 凡家の雌共が私を見下ろすなど!」

「そうよ! ランサエーレの胎盤にしてあげるって言ってるんだから黙って言う事を聞きなさいよ!」

「はぁ……弁解なら塀の中でしてくれ。とにかく今は、キリキリと情報を吐いてもらうぞ」


 つまり、後手に回っていた俺達が戦闘の主導権を握った事を指し示していた。


「お前達が闇の魔法を使えるのは何故だ?」

「ぐぎぃ!? こ、の私が貴様の言う事など訊くわけ――」


 座り込んでいるラセットに向かって氷の苦無を投擲。頬の薄皮を斬り裂きながら地面に突き刺さる。


「何か勘違いしているようだが――」

「ひ、ひぃ!?」

「俺達は話し合いに来たわけじゃない。よって、お前達に反論する権利はないわけだ。これで、理解出来たか?」


 相手を一網打尽に出来た以上、既に王手チェックをかけたも同然。これまで好き放題やってきたポンコツ四人の要望など訊き入れるつもりもないし、興味もない。俺が知りたいのは、ただ一つ――。


「――三度目はない。お前達に、その力を与えたのは誰だ?」

「ぐっ……!」


 ラセットとその息子――ロミちゃんとやらが、どうして闇の魔法を使えるのかという一点だけだった。


 そして、いよいよ観念したのか、ラセットの重たい口が開かれる。


「――我が家が行き詰った時、あの少年が現れた。魅惑的な白い肌と灰白色の髪を持つあの少年が――」

「その特徴、まさか……」

「彼は言った。力が欲しいかと……。当然鼻で笑ったさ。ランサエーレの当主たる私に小僧が意見するなど許されんし、魔力が爆発的に増えるなどあり得んからな」

「だが、現にお前達は……」

「ああ、そうだぁ! 私たち家族は力を得た!! あのお方が下さった結晶を体内に取り込む事でなァ!!」


 ラセットは膝をガクガクと震わせ、長槍を支えに立ち上がりながら狂ったように叫んだ。


「灰褐色の髪をした少年に渡された結晶体……」


 直接明言されたわけではないが、それを手引きしたのは確実にアドアで間違いないだろう。

 アドアの目的が不明だという事は勿論だが、それよりも解せないのは、奴らが体内に取り込んだという結晶体。

 その効用は、現代の常識からかけ離れたものであるからだ。


 さっきラセットも言った通り、魔力運用が突然上手くなる事なんてないし、魔力量が一気に増加するなんて事はありえない。そう、物語の主人公の様に、何かの拍子で覚醒や進化をするだなんていう都合の良い展開などありえないという事だ。


 それがあるとすれば、下地が無い内のビギナーズラックだけ。

 でなければ、今頃誰もが高ランクになれているだろうし、俺やコイツらも才能の無さで悩む事などなかったはずだ。


コレは、崇高な人間だけに与えられる力! 我々は選ばれたのだァ!!」


 だからこそ、世界の均衡を捻じ曲げるこの力を――魔族らに繋がる糸口を逃すわけにはいかない。


 先程までにも増して、恐怖で顔に歪めながらも敵愾心を剥き出しにしているランサエーレ家を捕らえなければならないという意思が確固たるものとなった。

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