第117話 メイドの嗜み

「間に合った――ッ!」


 疾走時間、僅か十七秒――。

 森林から飛び出した俺達は、展開した得物で降り注ぐ魔力の槍を斬り払いながらカスタリア邸の前に滑り込んだ。


「残念、遅刻よ」

「ええ、三十秒程ですけどね」


 戦場に飛び込んだ俺達に、戦闘態勢のキュレネさんとイリゼが声をかけて来る。言葉とは裏腹に余裕ある顔をしている辺り、ちゃんと間に合ったようだと胸を撫で下ろした。


 しかし、そんな風に会話をしている間も上空から槍々が降り注いでいる。


 そんな槍々に対し、俺達はそれぞれ、氷・雷・水・土の魔法を撃ち放って迎撃。連中の攻撃は、質より量を優先しているのか、槍の弾幕を防ぐのは容易だった。


 迎撃の最中、俺はある事が気になってイリゼに声をかけた。


「ん? その手に持っている物はなんだ?」

「はい? どれですか?」

「いや、その得物だけど……」


 対するイリゼは、魔法を行使しながら自分の手元を一瞥すると不思議そうに首を傾げる。


「これですか? 槍です」

「――包丁だろ?」

「いえ、槍です。そして、単槍です」

「いや、どこからどう見ても包丁だって」

「いえいえ、どこからどう見ても槍です」


 イリゼの武器――槍だと言い張っているソレは、どこからどう見ても持ち手が長くなったゴツイ包丁。百歩譲って剣ならまだしも、およそ槍には見えない。

 調理道具を自在に扱えるのは、メイドのたしなみという事なのだろうか。


「もぅ、遊んでる場合じゃないんだよ? 二人とも分かってる?」

「はいはい、妬かない妬かない」

「は、はぁ――ッ!? 何を言ってるんですか!?」

「あら、図星?」

「――ッ!!」


 その傍ら、勢いよく放たれた水流が槍を押し流し、逆方向では轟く雷光が空を焼き尽くす。


「――まあ、こんな温い攻撃を延々と撃たれ続けて、集中が切れるのは分かるけれどね」


 キュレネさんが言う通り、豆鉄砲などいくら撃たれても驚異じゃない。それに、皆周囲に気を配りながら戦ってはいるが、他の敵影も見受けられない所から、この攻めが陽動だとも思えない。

 結果、緊張感よりも困惑の方が勝ってしまっているという事だ。


「そういえば、お婆さんはどうしたんですか?」

「今は集落の方々と一緒に避難してるわ」

「人を隠すには人の中……って事ですか?」

「そういう事。父方の祖母だから顔もあやふやだろうし、家に居なければ安全でしょう。どっちにしろ連中の狙いは私だもの」

「それに大奥様には母様がついていますし、集落の中には冒険者上がりの方も数名いらっしゃいます」

「なら、安心だね。早い所、この人達を退けないと、って事には変わりないけど――」


 膠着こうちゃく状態とはいえ、牙城が固まっているこの状況自体は悪くない。せっかく駒が揃っているのだから、有効に使うべきだろう。


「――とりあえず、一回突っ込んで向こうを引っ掻き回してみるのがいいかしらね?」

「だね。このままじゃらちが明かないし……」

「それなら、俺が行きます」

「アーク君……」

「この中なら、一番適任でしょう?」


 いくら相手が弱いとはいえ、このまま物量差で押し続けられると流石に厳しいものがある。ならば、ここは臆せず攻めるべきだと、キュレネさんが進言した。皆も同じ事を思っていたようで反対意見はない。


 作戦内容自体は単純だ。よって決める必要があるのは、前衛アタッカーだけ。


 実力はあっても、本職メイドのイリゼは除外。相手方の標的ターゲットであるキュレネさんも当然論外。

 そうであれば、残るのは消去法で俺とルインさんという事になる。課せられた役割的には正直どちらでもいいのだろうが、危険が大きいのなら彼女を行かせるわけにはいかない。


「――じゃあ、そういう事でッ!」

「あ……」


 俺は返事を聞く前にその場から駆け出し、弾幕の根本――連中が隠れる森の中に突っ込んだ。


「――ごきげんよう。良い朝だな」

「な、なにぃ!?」

「ひっ!?」


 そこに居たのは、ラセット一家と連中が率いるランサエーレ家の者達――。みんな仲良く長槍を装備しており、唖然とした顔で俺を見る。


 当然、その隙を逃すことなく正面から突っ込んだ。


「行くぞッ――ッ!」

「げ、迎撃!!」


 ランサエーレの男達は、一様に似たような装飾デザインの長槍を向けて来る。しかし、たどたどしい迎撃には何の脅威も感じられず、電撃強襲で突っ込んで来た俺に対応出来ていないのは明らかだ。

 ならばこそ、最奥のラセット目掛けて砲弾の如き勢いで突貫した。


「まずは頭から潰す……!」

「く、来るなッ!?」

「に、逃げるのよォ!?!?」


 男達の脇を抜けて辿り着いた先、ラセット達に闇の魔力を纏った長槍を差し向けられるが軽く回避。

 やはり同じ闇の属性魔法といえど、その練度はこれまでの魔族とは比べるまでもない。


「――逃がすと思うか?」

「はっ!? なぁぁ……ッ!?」

「あ、あぁっ……!?!?」


 指揮官でありながら、脱兎の如く逃げようとする妻と子供の進行方向に氷の槍を撃ち飛ばせば、連中は身体を大きく震わせ足を止める。

 同時に処刑鎌デスサイズを振り上げ、一気にラセットを仕留めようとするが――。


「■■■――ッ!!!!」

「また来たか……でも――ッ!」

「ひっ!」


 竜の咆哮と共に上空から闇色の火球が降り注ぎ、俺の進路を遮る。しかし、予想の範囲内。


「そうそう何度も……同じてつは踏まないッ!!」


 バックステップと共に“ブリザードランサー”を起動。即座に上空・・に向かって連射した。始めから照準を付けていただけあって、威力も弾速も普段以上だ。


狂化モンスターお前達への対処法は、既に実践済みだ」

「■■■、■――!?!?」


 新たに現れた飛竜ワイバーンは、連射氷槍を錐揉きりもみして回避しようとしたようだが、息吹ブレスの発射直後であった為、硬直している隙に全弾命中。氷槍で貫いた皮膜に始まり、全身から凍気を発しながら墜ちて来る。


 鈍化させた再生が始まる前に、撃墜した飛竜ワイバーンの背に刀身を突き立てて属性魔法を起動させれば――。


「“氷穿幻境さあ、凍れ”――」

「■■――!? ■■■■――!?!?」


 地に伏せた竜種は断末魔の咆哮を上げる事も叶わず、全身を凍結させて動きを止めた。


「な、どうした!? おい!? 私を守らんかぁぁっ!?!?」


 そして、喚き散らすラセット一家の眼前で、内側から身体を喰い破る様に突き出た氷の剣群によって飛竜ワイバーンが絶命。属性魔法を発動させた分、凍結速度は以前の比ではない。


「――ラセット・ランサエーレ」

「は、はっ!?」


 俺は顔を青くして腰を抜かしているランサエーレ本家の眼前に立って、連中を見下ろす。


「訊かせてもらうぞ、色々・・とな」


 処刑鎌デスサイズを肩に担いでいる俺を見て、ラセットを筆頭にした本家連中の顔は、更なる恐怖に染まった。

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