第115話 布団のお姫様

 思い切り顔を引きつらせているであろう俺の前で、丸っこい可愛らしい目がパチパチと瞬きを繰り返している。


「お、おはよう、イリゼ」

「……」


 苦し紛れに朝の挨拶をしてみるも反応がない。さっきまでと変わらず、どこか虚ろな視線を寄こして来るだけに留まっている。

 なんかもう色々手遅れ過ぎる状況だが、今この時を一言で表すのなら、従妹辺りに事後を見られたようなものだろう。自分の家族に大きなお友達向けのグッズを見つかったどころの騒ぎじゃない。


 実際は全く違うが、少年少女が思春期に抱く気恥ずかしさを凝縮して爆散させたかのような状況に陥ってしまっているという事だ。


「……」

「あ、あのだな……。これは……」


 まあ、かく言う俺も、れっきとした思春期男子であることには変わりない。だが、決して頭空っぽの下半身直結系男子ではない。曲がりなりにも名家の紳士ジェントルとして、しっかりと誤解を解くべく何とかアプローチを続けるが――。


「――ええ――ええ、大丈夫です、アーク様。メイドは全て分かっています」


 固まっていたイリゼは、何やら得心がいったと頷くと、そのまま優雅な足取りで部屋の窓側に向けて歩いていく。俺達のとんでもない痴態を目の当たりにしても、まるで何事もなかったかのようにカーテンを開け、室内に朝日を取り入れ始めた。


 しかし、無言でスルーしてくれたのかと思った次の瞬間、このメイド――とんでもない爆弾発言をブチかましてくれやがった。


「所でアーク様……。私はこれから、ベッドに組み敷かれて人に言えない様な事をされてしまうのでしょうか!?」

「はい……?」

「ですから! アーク様に手籠てごめにされてしまうのでしょうか!?」


 食い気味なイリゼが何を言っているのか理解するのに、数秒を要した。


「その心は? 三行で」

「お三方の濡れ場を目撃してしまった私は――。口封じの為に――。無理やり組み敷かれて、にゃんにゃん」


 鼻息荒くこちらを見つめて来るイリゼに対し、少しばかり抱いてしまったプロの侍女魂への感激を返して欲しいと切に願う。


「あ、殿方的には、そちらのお布団の方が良かったでしょうか?」

「――一応、理由を訊いてやろう。どうしてだ?」

「やはり一つのお布団に三人一列に並んだ方が、アーク様の征服欲が増すかと思いまして。実際、私が見た文献にもそういったシーンが――」

「本格的に頭痛がして来た……」

「私は経験がないので上手くできるか分かりませんが、ご奉仕させて頂く所存です。まさか初めてが四――」

「脳内思春期が過ぎるぞ! この駄メイドが!」

「ああんっ!! もっと罵って下さい!」


 だが、そんな想いを嘲笑うかの様に、イリゼは紅潮した頬に手を当てながら全身をくねらせ始めた。


「こ、コイツ……。常識あるメイドだと思ってたのに、ただの変態だったというのか!?」

「変態ではありません。Mです。ちなみにMといっても、メイドの頭文字ではなく、マゾ――」

「いや、知らん」

「バサリと切り捨てられてしまいました。ですが、容赦のない責め苦に興奮します」

「いや、知らん!」

「残念です」


 猫かぶりを止めた駄メイドとのやり取りも一段落。溜息と共に全身からどっと力が抜ける。


「とりあえず、そろそろ体を起こしたいから、隣の二人を退かす手伝いをしてもらいたいんだが?」


 しかし、両隣に半裸の美女二人という桃源郷アガルタから脱する事が出来たわけじゃない。つまり、この作戦オペレーションを、まだ達成出来ていないという事。

 こうなれば自棄やけだと、意図しない形で増えた女手を借りるべくイリゼに声をかけたが、彼女が反応するよりも早く体の右隣から甘ったるい声音が聞こえて来た。


「――おはよう、アーク」

「き、キュレネさん!? お、おはようございます」


 再び首を右側に倒せば、横になったままのキュレネさんから、ねっとりとした視線を向けられているのが見て取れる。


「つかぬことをお訊きしますが、一体いつから?」

「さあ? いつからでしょう?」


 しかし、動揺する俺とは対照的に、飄々ひょうひょうとした態度。目尻の下がった瞳はぱっちり開いており、寝起き特有の気怠い雰囲気を感じられない。


(――この人、確信犯か……!?)


 つまりキュレネさんは、夜別れた後に自室に戻り、服を脱ぎ捨て俺達の寝室を強襲。その後は、ベッドに寝っ転がり、枕にした俺が動揺するのを楽しんでいたという事だろう。


「あの、退いて頂けますか?」

「ん? やーよ」


 ただ、一つ不幸中の幸いだったのは、俺の身体が防波堤となってキュレネさんからは反対側の状況が見えていないと思われる事だ。


 まあ、キュレネさんがベッドに侵入する前にタンクトップがめくれ上がっていたのなら社会的に死んだも同然だが、俺の腕を楽し気に転がる彼女はそんな様子をおくびも見せない。

 普段なら真っ先にその事を揶揄からかって来ているだろうし、一番拙い状況を悟られていないという事は間違いないだろう。


「やーよって、もう言葉の受け渡しする気ゼロじゃないですか」

「朝はまだまだ長いのよ。もっとただれた時間を楽しみましょう」

「ぬるりとしっぽり……」

「おい、カスタリア家の二人……!」


 だが、エッチなお姉さんとドMメイドの強襲は勢いを増し、どうにか踏み止まろうとする俺との攻防戦の様相をていし始めた。

 そんな調子で、やいのやいのと騒いでいると、とうとう最後の眠り姫が目を覚ます。


「ん、んぅ……んぁ……なんで、皆居るの……?」


 ルインさんは、寝ぼけ眼をくしくしと手で擦りながら上体を起こした。瑞々しい唇を開いて、くぁーと小さくあくびをしている寝起き姿は、何ともそそるものがある。

 尤も、当の本人は、居るはずのない人間の存在に首を傾げていたが――。


(よく寝てられたもんだな。でも、これで漸く静かな朝が――)


 除去には失敗したが、これで一通り地雷は踏み抜いた。これでやっと起きられると思ったのだが、どうやらそうもいかないらしい。


「あら、あらあら? ルインちゃん、いやらしいわねぇ」

「へ? な、な、ななななぁ――ッ!?!?」


 キュレネさんの目が輝き、その矛先がルインさんへと向いた。本人も自分がどんな格好をしているのかを自覚したのか、湯気が出そうなほど顔を赤く染めて即座に胸を庇う。


 一応、体を起こした時に胸が揺れたからか、布地が降りて幾許かマシにはなっていたようだが、完全アウトがギリギリアウトになっただけとあって、やっぱりアウトに変わりないからの反応だ。


 俺は無言で視線を逸らし、体ごと扉の方を向いた。


「ほほう……服の上からでも凄かったですが、これは大迫力ですね」

「ちょっと!? どうしてイリゼまでこんなとこに居るの!?」


 あられもない胸元に目を丸くしたイリゼとキュレネさんが顔を寄せる。


「もう!!」


 ルインさんは、二人の視線から逃れる為、目にも止まらない身のこなしでシュバっと布団にくるまり、ベッドの上で丸くなってしまった。布団のお姫様が誕生した瞬間だ。


 因みに、一連のやり取りは振り返り様に一瞬見えてしまっただけで、凝視していたわけじゃない。


 まあ、紆余曲折うよきょくせつあり、俺の・・布団にお姫様が籠城し始め、混沌カオスの応酬にいよいよ収拾がつかなくなってしまう。


(この十数分で三日分は疲れたなぁ……。もう、なんでもいいか……)


 とりあえず俺は、女子達のかしましい声を背に遠い目をしながら寝室から脱出した。

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