第111話 同室パニック

 その夜――。


 キュレネさんの祖母を回収してカスタリア邸に戻ってきた俺達だったが、当然ながら集落の受け入れ先が見つかっているはずもなく、移動する時間もない。結果、防衛と休息を兼ねてカスタリア邸に泊まる事となった。


 まあ、それ自体は特に問題ない。


 外泊が予想外である事には変わりないとはいえ、この状態で集落から離れるわけにはいかないのは当然だし、騎士団にも話は通してある為、帝都に戻る必要もない。

 イリゼ達が作った夕食もそこらの店より断然美味かったし、家の掃除も行き届いていて普通に過ごす分には、快適な環境が形成されていたから不満もない。


 唯一、不満点を上げるとすれば、キュレネさんのお婆さんに刺激を与えない様、周囲の環境を出来るだけ変化させたくないだとか、部屋数の兼ね合いを経て、俺とルインさんが同室になってしまったという事だけだ。


 勿論、俺も男だ。この展開を嬉しい嬉しくないで表すのなら、圧倒的に前者だと断言出来る。


 だが、ルインさんの出で立ちは、下乳丸出しの超ミニタンクトップに、太腿の付け根付近までという丈の短いショートパンツというあられもないモノ。湯上りなのか、髪もしっとり濡れていつも以上に艶があり、雪の様な白い肌も幾許か上気して紅くなっている。引き締まった腹部も丸見えだ。


(今更とはいえ、いくら何でも無警戒過ぎるんだよなぁ……)


 この状態のルインさんと同室で一晩過ごすのは、ある種の拷問に等しい。

 これまでの旅で耐性はかなり付いていたつもりだったが、一つ屋根の下どころか同じ部屋で一晩というのは、やっぱり心持も大きく変わってくるようだ。


 しかも、胸の揺れ方からして、明らかにブラを付けていない。あまりにも、けしからん格好と言わざるを得ない。


 これは由々しき事態だ。何故なら、俺とルインさんの間にそういった浮ついた関係性は、ないし、そんな予定もないからだ。


(いっそ、ルインさんも、同じ部屋になるのは嫌だと言ってくれれば、後腐れなかったんだがな。まあ、この情勢な上に人の家でハッピージョブやラブエンゲージなんて桃色展開になんてなるはずないし、それだけ信用してくれてるんだろうけど……)


 だが、この部屋割になったのは、客人は客人同士で――という場を和ませようとしたであろう冗談を、ルインさんが承諾してしまった事による所が大きい。まあ、舞い上がりすぎだとか、考え過ぎだとかと言ってしまえばそれまでだが――。


「……」


 しかし、時折感じるルインさんの視線に居た堪れなくなってすくっと立ち上がる。


「――アーク君?」

「ちょっと、風に当たってきます」


 その行動を受け、寝台ベッドに腰かけているルインさんが小首を傾けながら声をかけて来るが、苦し紛れに笑顔で答える。


「適当に戻って来るので、先に寝ててもらっても大丈夫です。今日は色々あったから、お互い疲れてると思いますし……。勿論、変な事なんてしませんから、安心して――」

「良いよ、変な事しても……」

「は?」

「あ……アハハ、ごめんごめん。ちょっとボーっとしてた。アーク君の事はちゃんと信用してるから、安心して行ってきていいよ」

「は、はぁ……了解です。お休みなさいかどうかは分かりませんが、ちょっと行ってきますね」

「うん、いってらっしゃい」


 いつもと変わらないトーンで話しているはずなのに、お互いにイマイチ調子が出ない。

 まあ、俺も居た堪れなくなったという理由自体が一人になる為の言い訳だというのを自覚し、ルインさんも今日の出来事に思う所があるという事が、空気感が噛み合わない原因なんだろう。


 だからこそ、明日の朝に今まで通りの関係に戻る為には、お互いに考えを整理する冷却期間が必要だ。事態の渦中に居ながらも、蚊帳かやの外である俺達では、決して答えが出せない事が分かっている問いなのだとしても――。


 そう思って、俺は今日泊まる部屋を後にした。


「ちょっとくらいなら別にいいんだけどなぁ……」


 部屋を出る時にルインさんが何かを呟いた気がしたが、ベッドの上で膝を抱えた彼女の声音は、扉の開閉音に掻き消されて俺の耳に届くことはなかった。

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