第109話 初恋泥棒?

「お祖母ちゃんが居なくなった――って、どうして!?」


 キュレネさんは目を見開いて、彼女らしからぬ狼狽ろうばいっぷりを見せている。


「戦闘が終わるまでは、母が付いていたのですが――流れ弾で大穴の開いた屋根を修復している間にどこかに行かれてしまったようで……本当に申し訳ございませんッ!」

「いえ、貴方とノーチェさんが悪いわけではないわ。あの状態・・・・で歩き回れるだなんて、誰も思わないもの。それよりも、お祖母ちゃんを探しましょう」

「はい!」


 イリゼは目を伏せて頭を下げ、キュレネさんは焦燥に駆られている。


「――乗り掛かった舟です。俺たちも手を貸します」

「うん。このままじゃ、寝覚めが悪いしね。私達でも力になれる事はありますか?」


 俺たちは、そんな彼女達に協力を申し出た。


「二人共、ありがとう。なら、イリゼと一緒に通りと裏道をお願い。私は、森の方を探すわ」

「了解です」


 そして、俺たちは、少しばかり落ち着いたキュレネさんの指示を受け、彼女の祖母を捜索する為に二手に分かれる事となった。



(――帝都の近くとあって交通の便はいいが、あまり栄えているとは言えないな)


 イリゼから訊いた特徴を持つキュレネさんの祖母らしき人物を探しながら、家々の間を渡り歩く。寂れたメインストリートは、帝都はおろか、マルドリア通りとすら悪い意味で比較にならない程、人の通りがない。

 しかし、そんな中でも人間を探すのは予想以上に手間がかかるようで、半分を超えても未だに手掛かり無し。住民から聞き取りを行っているが、同様に成果を得られてはいない。


「そういえば、そのお婆さんは、あまり体がよくないと聞いていたけど、そんなに遠くまで動き回れるものなのか?」

「一応、杖を使えば、それなりには……。毎朝散歩という事で、体を動かしてはいますし……」

「今までもこういった事は?」

「ごく稀に……。でも、年に一度あるかないかです。それに、普段なら私か母が絶対に気付くはずなので……」

「なら、行く先の心当たりもなしか……」

「はい、前例がないものですから」


 探し人と親しいイリゼですらこの状況では、人海戦術も視野に入れなければならないだろう。

 最悪、連れ去られたという可能性も――。


「それとなく事情は訊いてるけど、出歩ける程度には具合がいいって認識で良いのか?」

「いえ、御身体よりも精神的な要因が大きいので、ご自分の体調が良くないという認識すらない・・・・・・というのが正しいでしょう。勿論、後者の比率の方が大きいというだけで、良い状態でない事には違いないですが……」

「――よくそんな状態で出歩けたもんだ」

「ええ、襲撃と相まって大きな誤算でした。未だ出歩ける状態である事を喜ぶべきか、悲しむべきか……」

「改めて訊くと状況の悪さが際立つな。どっちもこっちも……」


 取り敢えずキュレネさん側の事情は把握出来たが、やはり有効打が導き出せない。芳しくない状況を誤魔化すように肩を竦めた。


「――そういう意味では、お二人の存在は嬉しい誤算でした。貴方達が居なければ、今頃――」

「いや、もう巻き込まれてる。感謝されるような事じゃない。それに、ある意味では俺達が火に油を注いだようなもんだしな。その上、最後まで付き合ってやれるかもわからない。だから――」

「それでもですよ。本家が攻めて来るタイミングは、貴方達の有無とは関係なかったでしょうし」


 イリゼは柔和な笑みを浮かべた。ある種、ここまで事態を大きくしてしまった俺達とは違って、理不尽に巻き込まれたにも拘らずだ。

 キュレネさんが身内を預けている所からも、彼女はきっと信用に足る人物なんだろう。


 そうやって会話しながら、人の居そうな場所を探していると――。


「――二人とも! あの家の男の子が、それらしい人影が森の方に歩いて行ったのを見たって!!」


 長い髪を躍らせながら走ってきたルインさんの証言によって、お婆さんの手掛かりが舞い込んできた。どうやら、予想しうる最悪の事態にはなっていないようだと、内心胸を撫で降ろすが――。


(ん? あの子供……どうした?)


 情報を提供してくれたと思われる少年から注視されている事に気が付き、足を止めた。


「ここから北西方向みたいだよ!」

「了解しました。森には低級ですがモンスターも居ますし、可及的速やかに捜索しましょう!」


 しかし、女性陣は、そんな事など気にもせずに走り去ってしまう。それを追う少年の視線。


(あぁ……ルインさんの被害者が一人増えたのか)


 頬を紅潮させ、ぽけーっとしている少年を見れば、何があったかは一目瞭然。


(残念だ少年。いくら想っても、あの人は脈無しどころか意識すらしてないぞ)


 大方、ルインさんが、あの少年の目線に合わせる形で屈み、コテンと可愛らしく首を傾げながら聞き込みをしたんだろう。


 恐ろしく整った顔。

 妖しく輝く真紅の瞳。

 服の内に押し込められた我儘ワガママボディ。

 短いスカートから覗く長い脚。


 最後、情報を得られた時に、花開いた薔薇ばらのような微笑を浮かべた事だろうも、想像に難くない。


 それは思春期前の少年にとって、いやらしい意味ではなくとも、刺激的過ぎる光景だったという事だ。


「アーク君、行くよ!」


 初恋泥棒――なんて考えていると、随分と先に進んでいた無自覚なお姉様に御呼ばれしてしまい、幼い仄かな憧れを胸い抱いてしまった少年を不憫に思いながら、二人の後を追った。


 この後に待つ、凄惨な現実の形を知ることもなく――。

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