第108話 犠牲の選択

 サゴマイザー地区・カスタリア邸――。


 特に成果を得られなかった尋問を終え、残った連中を帝都騎士団に引き渡した後、俺達はカスタリア邸のリビングに居た。


「それで、一体何があったんです? いくら帝都から近いとはいえ、こんな集落にあんな大人数で襲撃だなんて……」

「そうねぇ……ラセットに関しては、私目当てにお祖母ちゃんを人質にしに来たってので、想像通りだったけれど……」


 互いに別行動を取っており、情報の共有の必要があると感じた俺達は、一室の傍らで意見交換を始めた。

 因みにイリゼは奥に引っ込んで、別の使用人と片付けやらなんやらをしている様だ。


「そういえば、さっき聞きそびれましたけど……どうしてランサエーレは、ここまでキュレネさんに執着を?」

「あの後継者二人には、ランサエーレを継ぐに足りる魔法の素養がなかったから、少しでも血の入っている私を跡継ぎを産む母体として取り戻そうとした。殺された母さんと同じでね」

「大方の予想通り、当主か跡継ぎのキノコヘヤーと子作りしろと……。それでもって――」

「私も夜の相手をしろって事みたい。勿論断固断ったし、戦い始めてからは向こうもそんな余裕はなかったみたいだけど……」


 まず明らかになったのは、ランサエーレの真の目的。

 厚化粧妻とアホ二人の口ぶりからして、そんな事じゃないかとは思っていたが、名家内での血の入れ替えがこうも間近で行われたとなれば、多少なりとも憤りを抱いてしまうのは自然な反応だろう。

 しかも、欲望にかまけて無関係のルインさんや、この周辺に住んでいる人々まで巻き込んでいるのだから尚更だ。


「とりあえず、状況は理解しました。でも、どうしても分からない事が一つ。ラセット・ランサエーレについてなんですが……」

「ええ、それは多分、こっちも疑問に感じているのと同じ事。あの男が本来は使えないはずの魔力属性を扱っていたという事についてよね?」


 俺はキュレネさんの言葉に首を縦に振った。


「あれは、魔族が使っていた“闇”の属性魔法。やっぱり見間違えでも、勘違いでもなかったって事ですね」


 脳裏を過るのは、奴が撤退する際、爆炎の隙間から見えた薄い闇色の光。


「自由自在って感じじゃなかったけど、確かにあの属性の魔力を使って私達に向かって来たよ」

「六属性以外の魔力変換。あんな辛うじて属性魔法が発動出来るだけの全盛期Cランクおじさんが、扱えるはずは無いと思うのだけれどね。それに、私の記憶よりも格段に戦えるようになってたから、純粋に驚いたわ。とても鍛え直した様には見えなかったけれど……」

「後天的な習得? それとも使えるのを隠していただけ、か?」

「いえ、それはないと思う。もし、あの時にあれだけ闇の属性魔法が使えていたのなら、私が無傷で逃げる事なんて出来なかったでしょうしね」


 理由は良く分からないが、闇の魔法を使っていた奴の基本スペックは、その当時よりも格段に上振れているようだった。

 明らかに物事の辻褄があっていない。


 サゴマイザーの戦いで得られた情報は、小さくとも貴重なものだ。だが、まだ真実に辿り着く為の入り口にも立てていないといった所だろう。


「こっちの収穫はこれ位かな。アーク君の方は一体どうなったの?」

「ああ、俺は――」


 ルインさんに促され、俺もまた、自分自身の戦いと意図せぬ遭遇について彼女たちと情報を共有した。


 アドアと呼ばれていた少年魔族とランサエーレが繋がっている可能性があるという事。

 魔族全体がまだ、戦う準備を整えている最中である事。

 そして、セラス・ウァレフォルという女性魔族との利害の一致によって、ほぼ無血で戦域を離脱できた事。


 かなりインパクトのある情報に、二人の表情は複雑そうなものへと変わっていた。


「ランサエーレは、昔から魔族と繋がりがあったのか……? でも、あの魔族の口ぶりだと、それほど古い付き合いという感じではなかったが……」

「――真実は分からないけれど、少なくとも力を手にしたのは、ここ最近の事だと思うわ。昔からあれだけの力があるのなら、そもそも私を欲しがるわけがないし、とっくに身柄を抑えられてるでしょう」

「そう、だね。直接、襲撃に来たわけだし」

「――という事は、やっぱりラセット・ランサエーレは、アドアとかいう魔族にそそのかされてこの場所を知り、襲撃に走った」

「情報を統合すれば、きっとそういう事だね」

「でも、どうしてラセットが、あの魔力属性を使えたのか……。アドアの目的も気になるが、一番問題なのは、そこか……」


 二つの戦場での出来事を統合し、事態の大枠は見えて来た。だが、やはり核心に迫るには至らないとあって、俺たちは一様に首を捻らざるを得ない。


 そんな状況――。


「――いつまでも分からない事を考えててもしょうがないよ。この家は相手に割れちゃってるわけだけど、これからはどうするの?」

「移動するのがベターだとは思いますけど……。この件は、騎士団も知ってるわけですしね」


 重苦しい空気を断つように発せられたルインさんの声音を受け、僅かばかり四散。

 そして、俺たちの視線はキュレネさんに向く。


「ええ、移動出来れば……ね」


 対する彼女は、歯切れの悪い口調で答えた。


「家のお祖母ちゃんは、健常じゃないから早く動けない。何より、あの連中なら、私たちが居なくても、この集落の人達を殲滅――なんていう可能性もあるわ。口封じも兼ねてね」

「まあ、確かにさっきも周りへの被害なんてお構いなしだったし、否定はできない。それに現地の人たちも戦い慣れてなかったから、避難もまともに出来てなかった」

「そうなると、帝都かギルドに身柄を引き取ってもらうしかないわけだけど、それも難しいわ。一応、両方に掛け合ってもらってはいるけれど……」


 確かに、いくら他に比べれば少ないとはいえ、集落全員を移動させるとなると、民間人の安全確保は容易じゃない。具体的にいえば、きちんとした衣食住を提供できるだけの引き取り先がないわけだ。


(帝都もギルドも大戦前の緊張状態。正直、あまり余裕はない。キュレネさんの身内だけならともかく、近所のお友達――それも、こんな中年と年寄りばかりを抱え込むメリットがあまりになさ過ぎる。冒険者や武器商人、追加召集された名家の連中まで続々来ていて、宿もパンパンだしな)


 ランサエーレ側も一般市民襲撃を多数の人間に目撃された以上、後がない。再襲撃は、間違いなく行われる。それこそ、今日や明日にでも――。


 だが、受け入れ先を見つける事や、足の遅い老人たちを説得して引き連れて行く事は、今日明日でどうにかなる問題じゃない。ましてや移動中に襲撃なんてされでもすれば、いくら俺たちが居ても全員を守る事は不可能。

 間もなく追加人員が到着するだろうが、被害の大小が変わるだけで、結局大きな変化はない。


 やはり最善策を取るのなら、身内を助けて周囲を見殺しにするしかない。キュレネさんにとっても、助けられる方にとっても辛い選択だろう。


 俺たちの間に、再び重苦しい雰囲気が立ち込める。


 そんな時――。


「――キュレネ様! 大奥様が! 大奥様の姿が消えてしまいました!」


 血相を変えたイリゼが駆け込んで来た。

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