第107話 戦場への吶喊

 帝都の近くでありながら木々の生い茂る森林の中をただひたすらに走り続ける。目指す先は、遠方からでも視認できる程の閃光が立ち昇った場所。


(あの雷鳴……よっぽど、派手にやってるようだな。帝都に戻る手間は省けたが……あまり歓迎したい状況じゃない)


 捜索時間が短縮された反面、やはり戦闘が行われている――いや、今も尚、続いているのは確実。


「……間に合ってくれよ!」


 想像通りの芳しくない状況を受け、自分の声が硬くなるのを感じながら、一気に加速――切り拓かれた道ではなく、直接森林を突っ切って戦闘域に乱入した。


「アーク君!?」

「な――ッ!? お前は!?」


 そんな俺を出迎えたのは、村と呼ぶには小さな過ぎる集落を背にして立つルインさん達

とメイド服を着込んだ少女、ランサエーレ家の当主と奴の手の者――。


「――まあ、案の定……てとこか……。でも――」


 正しく、混戦状態。


(多勢に無勢で不殺とは……。流石だな)


 しかし、ルインさん達は相手の武装のみを破壊する戦い方を貫いていた。骨の二本や三本は折れている奴はいるだろうが、重症者は皆無。

 不殺を貫くのと脳死で倒すのとでは、難易度と労力は超が二つ程付くレベルで段違い。つまり、戦線維持が出来ているという事。


「頑張って走って来た甲斐は、あったみたいだな」


 処刑鎌デスサイズを展開し、敵の長槍の柄を切り落としながら戦域を見回す。


「くそぉ!? 状況が悪すぎる! 撤退しろ!!」


 すると、ラセット・ランサエーレは、即座に後退の指示を下した。まあ、約三十人がかりでたったで三人に抑え込まれていたんだから、タイミングとしては妥当か。


「こいつらに関しては、逃がすわけにはいかない……な!」


 しかし、この事態の元凶の一人であるラセットをみすみす取り逃がすのは、正直好ましくない。だからこそ、戦闘している両勢力の中間地点に飛び込む形となっていた俺は、処刑鎌デスサイズを手にラセットに迫る。


「う、うわあああぁぁぁ――ッ!?!? 皆、私を守れ!! さっさと動くんだよ! この愚図共が!!」


 対して長槍を手にしている奴は、何とも情けない及び腰。実戦経験に乏しいというのは、火を見るよりも明らか。

 問答無用で一気に肉薄しようとしたが――。


「ちっ、またか――ッ!?」


 上空から降り注ぐ火球によって踏鞴たたらを踏まざるを得ない。上を一瞥すれば、空を舞う飛竜ワイバーンの姿。


「さっきの魔族と繋がっているのがランサエーレだったとはな――ッ!?」


 少年魔族のしたり顔が脳裏をチラつき、思わず顔をしかめるが、そんな俺に魔力槍が飛来する。

 攻撃自体は大した威力じゃない。マルコシアスやセラスはおろか、上空からの火球にすら遥かに劣るほど貧弱なものだけあって、迎撃は容易い。


「今のは……!?」


 しかし、問題だったのは、飛来して来た槍がの魔力を纏っていた事。


 そして――。


「何故、奴が……この魔力性質を……」


 飛来する火球群の間から垣間見えたラセットの穂先に、闇色の魔力残滓が見て取れた事。


「ここで、二頭目か!?」

「う、うぉぉおおぉぉっ!!!!」


 だが、当の本人は新たに出現した飛竜ワイバーンの足に肩を掴まれて飛び去って行く。その上、降り注ぐ火球も勢いを増し、目の前が爆炎と噴煙に包まれてしまった。


「――逃がした、か」


 その間に、ラセットは射程外に離脱。何とも締まらない体勢で、ぷらぷらと足を揺らしながら飛行中だ。

 今から足で追っても間に合わないし、今まで戦っていたルインさん達の事もある。一先ずはここで戦闘終了だろう。


「今は、手がかりをくれそうな人間を当たるしかないわけか」

「ひ、ひっ!?」


 事後処理はキュレネさん達に任せて、まずは逃げ遅れたお仲間さんと楽しいお話をしなけばならないと肩に処刑鎌デスサイズを担ぎながら連中に向き直れば、その顔が恐怖に引きっていく。

 少々不機嫌な自覚はあるが、ここまで怖がられるのは心外だ、なんて思っていると――。


「アーク君ッ!?」

「お、おう……」


 気付けば視界一杯にルインさんの整ったお顔が広がっている。


「怪我はない!? あの人は何だったの!? あれからどうしてこうなったの!?」


 ズイっと詰め寄られ、一歩下がる。すると、金色の毛先がふわっと舞って近づいて来る。


「あの……一応、無傷です。それから、込み入った事情はこれから説明しますし、こっちから訊きたいこともあるんですけど……」

「ですけど、何!?」


 また下がる。ルインさんが近づいて来る。

 そんな事を何度か繰り返していると、大きなお友達を縛り上げたキュレネさんともう一人の少女が接近してきた。


「えっと、こちらの方は?」

「むぅ……」

「ほら、ルインさんだって気になっているでしょう?」


 俺はルインさんのジト目を避けるように、朱色の髪をボブカットにした女性に視線を移す。その行動は、情報共有をしようという意図を言外に示す意味合いを込めてのもの。


「これはご紹介が遅れました。私は、イリゼ・ヴェルヴェーヌ。カスタリア邸で母と共に使用人を務めている者です」


 その意図を汲んで――くれたわけではないだろうが、メイド服の少女――イリゼは、俺達のやり取りを見ながら上品な微笑みを浮かべていた。

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