第106話 紫天ノ語ライ

「ぐっ!? このぉぉ……!」

「……」


 巨大な体躯を喪失してひざまずいた少年。

 それを見下ろす女性。


 仲間割れ、派閥違い、増援――。

 様々な状況を想定し、警戒態勢のまま両者のやり取りに目を向ける。


「――少しは、頭が冷えたか?」

「何をォォ!!!!」

「半人前がよそ様にちょっかいをかけるなと言ったんだ。自分の立場と力を自覚しろ」

「――!?」


 容赦無しの火の玉ストレート。少年は立ち上がって抗議しようとしたが、ぐうの音も出ないでいる。

 事情は良く分からないが、あれだけ減らず口を叩いていた少年が完全に言い負かされていた。


 そして、その女性は、高度を下げてきた飛竜ワイバーンの背に首根っこを掴んだ少年を放り投げて搭乗させると、くるっと向きを変え、正面から向かい合う形になった。


「こちらに戦闘する意思はない。出来る事ならば、このまま矛を収めて欲しいのだが――」

「――退くというのなら、追撃はしない。だが、お前たちの目的は何だ?」

「私と同じ勢力の者が均衡を犯し、お前たちの領分に割り込んで人々を陽動した。生憎と状況を把握しきれておらず、今はそう答えるしかない。今更、謝って済むものではないと思うが――すまなかった」


 魔族の女性は、敵であるはずの俺に向かって頭を下げて来た。


「いや、状況を把握しきれていないのはこちらも同じだ。俺への謝罪は必要ない。それよりも、お前たちは一体……」

「――出来る事なら上の馬鹿者に懇切丁寧説明させた後、情報を共有したい所だが……そちらは押し問答している場合ではないのだろう? 先程も言ったが、こちらに戦意は無い。行ってくれ」

「その言葉を信じろと?」

「そうして貰う他に道はない。お前達に誠意を示す術を持ち合わせていないが、出来る事なら、私は戦いを望んではいないと信じて欲しい。情けなく、無責任な話だが――」


 予想外過ぎる行動に思わず呆気に取られていた俺を尻目に、女性の口から突いて出たのは不戦の言葉。


 一貫して人間を蔑んでいたこれまでの魔族からは考えられない言動と態度には、瞑目せざるを得ない。虚言という可能性も大いにあるだろう。

 その言葉を良く咀嚼した後、俺なりに結論を導き出した。


「了解した。こちらは離脱する」

「良いのか?」

「少なくとも、お前はさっきまでのやかましい奴とは違う。今はそれでいい。対等な目線で話してくれるんだとすれば、この機会を逃すのはちょっと勿体ない気もするけどな」


 魔族の情報は惜しいが、今は先に向かわせた二人と合流するのが先決。


 しかも、男はともかく、女の方はさっきの立ち回りと全身から放たれる威圧感からしてSランクオーバーは必至。

 故に撤退ではなく、殲滅を選べば、未だ御しきれていない虎の子の最終兵器を引っ張り出さなければならなくなる。


 ここは決死の覚悟で戦う局面ステージじゃない。俺達のたおすべき敵は、あくまでマルコシアスなのだから――。


「そう、か……感謝する」

「俺は何もしていない」


 俺達人間がそうである様に、魔族も一枚岩ではない。それが分かっただけでも十分な収穫だろう。


「戦局は終幕へと向かっている。今暫しの休息と戦闘配備が終わり次第、我らは帝都に攻め上がらざるを得ないだろう」

「迎えるのは、全面戦争か。回避は出来ないのか?」

「我らの世論は、マルコシアスに掌握されている。残念だが不可能だろう」


 目の前の女性は、沈痛そうな面持ちで首を横に振った。


「私は、セラス。セラス・ウァレフォル。出来る事ならば、君とは戦場ではないどこかで出逢いたかったものだ」

「アーク・グラディウスだ。互いにな」


 そうして、互いに反転。


 背後から撃たれる可能性は考慮しない。出会ったばかりのセラスを全面的に信頼するつもりは毛頭ないが、少なくともその一点だけは信用してもいいと感じていたからだ。

 そして、セラスを乗せたであろう飛竜ワイバーンの羽ばたきを背中で感じながら、俺も新たな目的地へ向けて足を速める。


 頼りになるのは、帝都近郊という場所、サゴマイザーという地名、森の中の集落という情報のみ。一度帝都に戻るか、足を使って探すかは悩む所だが、どちらにせよ今は最短距離で目的地まで走るしかない。


(キュレネさんのあの様子は尋常じゃなかった。ルインさんに行ってもらったが、向こうもどうなっているのやら……)


 状況が把握しきれていないのは相変わらずだが、あの少年魔族の口ぶりからして、何かしら戦闘になっているであろうというのは確実。

 セラスとの問答に応じる事が出来なかった理由もここにある。まあ、あちらもあちらであまり時間がある風じゃなかったってのもあるが――。


(何事も無いのを、祈るばかりだな――)


 そして、ほんの僅かな不安と焦燥を胸に、薄い黒光を纏いながら大地を駆けた。

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