第105話 紫天ノ戦乙女
「ぐがっ――ッ!?!?」
腹部を打たれた魔族は、体を九の字に曲げて吹き飛んでいく。
「行け……」
それを逃がすまいと空けた左手に氷の
「人間風情に、誇り高い魔族であるこの俺が……! ふざけるなァァ!!!!」
「全身が肥大化した……。流石に一筋縄ではいかないか」
ノイズ混じりの声。
巨大な体躯。
眼前の少年は、さっきまでの不釣り合いな腕に見合うだけの巨人と称して差し支えない大きさに姿を変質させた。
「
高い打点から剛腕の嵐が押し寄せる。
「――ッ!? 滅茶苦茶だな! おい!」
「黙れェ!! この下等生物がァァ!!!!」
一撃一撃は大振りで単調。だが、その効果有効範囲の規模は、並みの巨大ボスモンスターの大技を遥かに凌駕している。
「適当に振り回しやがって!」
左に跳び、回避しながら人間で言う手首の箇所を
この現象から躯体保持は魔力で行われており、実質的には巨大化していない事、奴はこの形態を戦略に組み込めるだけの魔力量を誇っている事は、確実と考えていいだろう。
(体を破砕し続けて魔力切れを狙うのは、かえってリスクが高いか。向こうも気になるし、あまり時間をかけていられない。出来れば、もっと情報を引き出したいところだが――)
それに加えて、凄まじい火力と機動力。生け捕りを狙って手加減できる相手じゃないというのは明白――。
「手っ取り早く、頭を潰す。文字通り!」
牽制の為、氷結の槍と風の刃の発動体勢を整えると共に、
狙いは、大振りの後の
「不完全生命体の人間風情が、この俺に剣を向けるなんて、万死に値するよねェ!! 手足を千切り取った後に痛めつけて殺してやるよォ!!!!」
繰り出されるのは、両手を組んで上段からの叩き付け。その威力はこれまでの比ではないが、迎撃ではなく回避を選べば、正しく絶好の攻撃機会。
(以前闘った魔族、狂化モンスター、それぞれとの差異。奴の目的。なんにせよ、まずは一撃加えてからだ)
その強さと目的。
キュレネさんと一部の人間以外知りえていないであろう、彼女の親族の情報を握っていた事。
知りたい事は多くあるが、現状を考えれば即時決着が及第点だろう。
(こっちも長期戦をやる余裕はなさそうだしな。今までと違って――)
「――ッ!?」
「な――ッ!? どこからだァ!?」
俺達の間に割り込む様に闇光を纏った物体が飛来し、互いに攻撃を中断。
砕けた大地に突き刺さるのは、刺々しい装飾が成された紫色の得物。槍の穂先に斧を混ぜ合わせたような異質な武器。
「くそっ!? これは……セラスの!?」
それは奴にとっても予期したものではないようで、何やら喚き散らしている。
そして、俺達の攻撃を止めたであろう存在が、目の前に降り立った。
(女の、魔族? 新手か――?)
現れたのは、紫光の美女。毛先の白銀が特徴的な瑠璃色の長髪はポニーテールに束ねられており、その顔立ちは不気味なくらい整っている。
まるでそこの景色だけが切り取られたかのようであり、さっきまでの殺陣と背後の巨人が意識の外に飛んでしまいそうになる程だった。
しかし、それも一瞬。
「■■――!」
「戦闘中に横から
女性が乗ってきたであろう
やはり、この女性は魔族側の所属で間違いないようだ。
しかし――。
「――何をやっている……は、こちらの台詞だ! 独断専行など、お前こそ何を考えている!?」
「はん! マルコシアス様が中々開戦に踏み切らないから、ちょっと人間同士を潰し合わせて遊んでいるだけじゃないか!! そっちこそ、この僕に指図するんじゃァない!!」
「お前こそ、いい加減にしろ! 我ら相克魔族は――」
「我ら“相克魔族”は、自ら領域を逸脱してはならない――そんな腐った風習は、もううんざりなんだよ!!」
「アドア!!」
「うるさぁい!!!! 進化を止め、不完全な群体と成り果てた人類に代わって、完全生物である僕たち魔族が地上を支配する……それの何が悪い!? それこそが正しい世の理じゃないか!! どうして僕の言う事が分からないんだ!? お前はァァ!!!!」
癇癪を起した子供の様に両腕が振り上げられる。だが、それは子供の細腕ではなく、大地を砕き飛ばす巨人の闇腕。
新手を加えて再び始まろうかという戦闘を受け、柄を持つ手に力を込めるが――。
振り返り様の空色の瞳に射抜かれ、迎撃態勢を解いた。
それは恐怖からじゃない。
「“デュアルダークフィスト”――ッ!!!!」
「いい加減にしろと――言っている!」
「がぁ!?」
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