第104話 Freezing at Moment

「その不遜な言い様。ホントにムカつくよ! この人間風情がァァ!!!!」


 闇色の拳が振るわれ、地面が砕け跳ぶ。


「理由は知らないが、沸点低すぎだろ。お前」

「虚弱で! 脆弱で! 無能な人間風情が、俺と対等な口を利くんじゃねぇよ!!」


 肩口辺りから肥大化した腕は、俺とそう変わらない体躯から見れば酷くアンバランス。だが、重量を感じさせない勢いで拳が振り下ろされる。


(さっさと押すか、情報を引き出しながら足止めするか……。どっちにしても、こう暴れられると不用意に突っ込むのは危険だな)


 そんなことを思考しながら拳戟を躱すが、更なる魔の手が迫り来る。


「――■■!!」

「ちっ、上空からの息吹ブレスか、厄介だ」


 奴を乗せて飛んできた飛竜ワイバーンの口から、闇色の火球が打ち放たれた。


「狂化飛竜ワイバーンってとこか……」

「どうしたァ!? 人間!! もっと逃げ惑えェ!!!!」

(片方は、虎の子の魔族。もう片方は、主兵装到達距離メインレンジの外。さて、どう攻めるか……)


 普段なら上空の敵を叩き落とす事自体は出来なくもない。とはいえ、流石に魔族を相手にしながらでは、少々骨が折れる作業となるだろう。

 陸・空に立ちはだかる強敵を前に、俺の思考は刀工の手で熱せられた剣の様に鋭さを増していく。


「とりあえずは、上からか……。試したいこともあるしな!!」

「何を、言ってる!?」


 判断は一瞬。


 即座に答えを導き出すと、回避から一転、一気に攻勢に出る。


「逆巻け――剣群ッ!!」


 地中に冷気を流し込み、氷剣の群れを呼び覚ます。


「な――ッ!? こんなものが俺に通用すると――」

「足が止まれば十分だ。舞い上がれ、旋風――ッ!!」


 奴は迫る氷剣に向かって肥大化させた両腕を差し向けて迎撃。しかし、それよりも早く、上空に向けて風刃を撃ち放った。


 同時に牙を覗かせた口から燃え盛る火球が飛来する。


「■■――!!」

「――ッ!」


 吹きあがる鎌鼬かまいたち

 飛来する息吹ブレス


 行き交う二つの攻撃は互いに擦れ違い、目標物に炸裂。火球は地面を砕き、風刃は根元から翼を断ち穿った。


「■■、■■――!?!?」


 片翼を失った飛竜ワイバーンは、錐揉きりもみしながら墜ちて来る。しかし、それで終わりじゃない。

 狂化の影響で、降下しながらも翼の再生は始まっているからだ。


 だからこそ、再生よりも早く攻勢に出る。


「凍て付け――ッ!!」


 目の前の魔族は完全無視。鬱陶うっとうしい方から処理するべく、落ちて来た飛竜ワイバーンに刀身を突き刺し、一気に冷気を流し込む。


「何を――ッ!?」

「■■、■■――!?!?」


 憮然とする魔族。

 狂い悶える飛竜ワイバーン


「はっ! そんなものが効くわけ……」

「それはどうかな?」


 目の前の魔族は、再生能力を持つ狂化モンスター相手に、そんな攻撃は意味を成さないとばかりにほくそ笑んだ。

 だが、それでいい。今必要なのは、攻撃力ではない。


「――我らの下僕が、こんな!? 何が起きている!?」

「■■――!?!?」


 散漫な動きと、鈍重な再生速度。

 驚愕に目を見開く奴の眼前で、地に墜ちた飛竜ワイバーンは、ほぼ無抵抗で凍り付いていく。


「体内に直接魔力を送り込んだ。それだけさ」

「馬鹿な!? そんな程度で!」

「所詮は生き物だ。狂化しているといっても不死身じゃない。最低限の理屈は通用する」


 いくら外部からの衝撃に強かろうと、いくら欠損を補う速度が速かろうと、血が通っている生物には変わりない。決して何の攻撃も効かない完全生物というわけでもないという事。

 そう、攻撃が効かないのではなく、身体損傷の回復速度が異常に高すぎるというだけ――。


 だからこそ、これまでの戦いでは再生速度を超える攻撃を叩き込み続けて倒せて来たわけだ。ならば、今回もそれを行うだけだ。より効率的に、より手早く――。


「悪いが、魔力攻撃コイツが通用するのは実証済みだ」


 その為の方法が属性変換した氷の魔力を直接体内に送り込む事。

 結果、飛竜ワイバーンの血液が、筋肉が、細胞の一つ一つが凍結し、その役割を放棄していく。

 あの時、ルインさんの雷光が狂化モンスターの脳信号や筋組織を内側から焼き切った時の様に――。


「だから、俺の意図しない行動をするんじゃねェよ!!」


 凍結間際、肥大化した両腕が迫り来る。だが、時すでに遅し。


 闇の両腕は標的ターゲットである俺を捉えず、内側から全身凍結した飛竜ワイバーンを打ち砕くのみに留まる。

 そして、再生の可否を確認することもなく、俺は魔族目掛けて一気に飛び出した。


「腕の内側に入ってしまえば、こちらの――」

「させるものかァァ――!!」


 黒閃を叩き込もうと奴の懐に飛び込んだが、突如として闇の腕は四散。そして、再構成。突貫した俺目がけて振り下ろされる。


 凄まじい圧力。

 本能が拒む。


 あの闇色の光を――。


 だが――。


「――アイツらほどじゃないか」


 脳裏を過るのは、暴力的な深淵。神聖な聖光。

 黒の魔神と白い騎士。


 迫る脅威に絶望は感じない。


 氷結の槍を連射し、風の鎧を纏いながら闇腕の間をすり抜けるように駆けて行く。


 そして、遮蔽物を潜り抜け、とうとう奴の眼前に躍り出た。


「死ね死ね死ねェェ!!!!」


 四散する巨大な腕。奴の掌に残ったのは、凝縮された闇の波動。撃ち放たれるであろうソレに対し、俺の心には波紋一つ起こらない。

 ただ冷静に、処刑鎌デスサイズの柄を滑らせ、刃側に持ち手を変える。


「“ダークブラスト”――ッ!」

「そいつは、近距離クロスレンジで撃つ技じゃないな――ッ!!」


 最初に見せた処刑鎌デスサイズによる斬撃を警戒しながら、右腕の魔力砲を撃ち放とうとしている奴に対し、一気に肉迫。

 刀身ではなく、処刑鎌デスサイズの石突に魔力を収束し、奴の土手っ腹に理外の打突を叩き込んだ。

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