第103話 漆黒ノ強襲
怒りと悲しみをぶちまけるかのようなキュレネさんの言葉に、俺達は声をかける事が出来ない。
「私は言われるがままに奴の
「え……?」
「渾身の右ストレートでね」
だが、思った以上ぶっ飛んだ答えに思わず目を丸くしてしまう事となった。手より先に口で相手を捻じ伏せそうなキュレネさんからは、全く想像もつかないアグレッシブさを知らされたんだから無理もないだろう。
「これでも旅立つ前には、母さんから手ほどきを受けていたし、一応属性魔法も使えてた。成人の儀が終わった時には、実力的にBランク位かなって感じだったのよ」
そんな俺達の様子を受け、キュレネさんの表情が僅かに軟化する。
「比べて、あのおじさんは、ランサエーレ主体のパーティーに寄生して冒険者ランクAを取っただけ。一対一なら、負ける道理はない。まあ、衛兵を呼ばれちゃって、屋敷を飛び出して逃げるしかなかったんだけどね」
「――屋敷から逃げ出せた所まではいいとして、その後はどうなったんですか?」
「どうにか追手を振り切って祖母と匿ってくれてる人と合流した後は、冒険者になるしかなかったわ。真っ当な仕事になんてつけるわけもなかったし、一ヶ所に留まらない冒険者は何かと都合が良かったの。おばあちゃんをその人に託して、ね」
「でも、追手を考えれば、今みたいにギルド本部で冒険者を……なんて状況になるとも思えないんですが……」
「我武者羅に頑張ってたら、ギルドの目に留まったから……としか言えないわね。それまでは身を隠してたけど、そもそも旅をしてるわけだし、こっちにはギルドの
会話も峠を越えたのか、全体の雰囲気も落ち着きを取り戻していた。
「そういえば、さっきのあの人たちとの話だと家族はいないって……」
「ギルドにも事情を説明して匿って貰ってるとはいえ、あんな連中の前で馬鹿正直に話すわけにはいかなかったの。いない事にしておいた方が都合がいいと思ってね」
「なら……」
「おばあちゃんは、まだ存命中よ。一応、ね――」
だがルインさんの問いに対し、キュレネさんの瞳に一抹の悲しみが宿ったのが、いやに印象に残った。
そして……満を持して、ランサエーレの連中が接触してきた理由を訊こうとした、その時――。
「――ふぅん。確かに生きてるみたいだけど……
丘の向こうから魔力弾が飛来した。
突如現れた気配を受け、俺達は即座に戦闘態勢に入る。
「――ッ!?」
(これは……まさか……!?)
四散していく
「おやおや、人間にしては、良い反応をするじゃないか」
「お前は、何者だ?」
各々武器を構える俺達の前に現れたのは、
「ふふっ、誰でしょうか?」
「魔族……だな?」
「ほうほう、今の一撃でそこまで分かっちゃうなんて……。君、中々見どころがあるねぇ」
「闇の魔法を使えるのは、お前たちだけだろうしな」
ニタニタと楽しげに
「目的は――」
「帝都近郊、サゴマイザー、森の中、集落、一生懸命に作ったあの人の為の家――。今はどうなってるのかなァ?」
「ま、さか……!? くっ――ッ!!」
それもつかの間、少年が発した言葉を受けて顔を青ざめたキュレネさんは、血相を変えて駆けていく。
「キュレネさ――ぐ、ッ!? もう、なんなの!?」
突然の行動に俺たちの意識が逸れた一瞬、走り出したキュレネさんの背中目がけて闇色の魔力が飛来し、射線軸に割り込んだ偃月刀によって叩き斬られた。
「ふふっ、良い顔をするじゃないか! そう来なくっちゃねぇ!!」
「貴方たちの目的は何!? どうして、いきなり攻撃してくるの!?」
「目的ぃ? 決まってるじゃん! そんなの……。遊びだからに決まってるさァ!?」
相も変わらず気色の悪い笑みを浮かべる魔族は、右腕に纏わせた闇の魔力を肥大化させ、拳のような形状に変化させると、
「“ダークアームフィスト”――!!」
「青龍―」
偃月刀から発せられる金色の魔力。
ルインさんは迎撃態勢に入ったが――。
「“真・黒天新月斬”――ッ!!」
「がぁ!? ちぃ!」
降下する奴の真横から黒閃を叩き込む。
「全く、今のは僕たちが打ち合う流れじゃないか……。ちょっとは脚本通りに動いてくれないかなァ?」
「悪いが、演劇や芸術はからっきしなんでな」
闇の腕に防がれたが、目算通り奴を大きく吹き飛ばすことには成功した。
「アーク君!?」
「ルインさんは、行ってください。ここは俺が引き受けます」
「でも、一人じゃ危険だよ!」
「キュレネさんは、冷静さを欠いている。危険なのは、向こうの方です。今ならまだ追いつける。だから……」
俺たちの
その事象において、キュレネさんの離脱――戦力の分断は、奴の様子からして規定事項に思える。目的は定かじゃないが、本命がそちら側だという可能性は高いだろう。
だが、同時に足止めをしようとしたという事は、ふざけているなりに理由あっての事のはず――。
もしくは、俺たちがキュレネさんと行動を共にしていた事が奴にとってのイレギュラーだったのかもしれない。
「――行ってください。全てが手遅れになる前に……」
なら、奴の想定した脚本とやらを超える動きをこちらが取れば、まだ間に合うはず。いや、それ以外に道はない。
「大丈夫。こんな奴にやられたりはしません。それは、ルインさんが一番よく分かってるはずでしょう?」
凍てつく氷獄。
轟く雷光。
吹きすさぶ疾風。
燃え上がる灼熱。
全てを包む大地。
そして、交わした剣戟。
それが、俺たちが紡いできたモノ。
決して消えない確かなモノ。
だから、俺を信じてくれと背後を一瞥して、笑みを浮かべた。
「――分かった。気を付けてね」
視界の端で金色の髪が翻る。
「だから、勝手に動くなって――!?」
少年は不機嫌そうに眉間に
信じてくれているんだ、俺を――。
「――させないさ」
黒閃を煌めかせ、魔力弾を掻き消す。
「お前なんかと遊びたいだなんて欠片も思わんが、暫く付き合ってもらうぞ。魔族さん?」
「ムカつくね。お前……」
ここは、俺の戦場だ。
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