第102話 悲劇の残照
「お父さんを……それってさっき言ってた……」
ルインさんの顔が強張った。俺も同様。
そんな俺達の気持ちを揺らぎを感じ取ったのか、キュレネさんから放たれる雰囲気も重苦しさを増す。
「――その当時、私にも家族が居た。両親と一回り下の弟、それから父方の祖母。まあ、ちょっと良い家に生まれた普通の親子だったわね」
剣呑な空気の中、天を仰いだキュレネさんは力なく呟いた。
「仲の良い両親が居て、いつも後ろをついて歩いて来る弟が居て、おばあちゃんの作るお菓子が大好きで――。あの頃は、本当に幸せだった――」
上に向けられた瞳は空虚を捉え、悲し気な光を帯びている。
「でも、そんな日常は、ある日突然終わりを告げた。母さんが
ラセット・ランサエーレ――明かされたあの男の名を内心で
「連中の目的は、さっきの通り――母さんをランサエーレの世継ぎを残す最適の母体だと判断して、本家に向かえ入れる為――。でも、母さんには
「じゃあ、その時……お父さんを?」
「いえ、向こうが連れていたのは護衛数人だけだったし、その時は追い返したわ。腕っぷしならうちの両親の方が遥かに上だし、成人の儀の前だったとはいえ、私もいたしね。でも、それからだったわ。あの連中が付き纏ってくるようになったのは……」
まあ、キュレネさんの母親がとった選択は、感情的に言えば分からなくはない。それが許されるかどうかは、別問題だが――。
「家の周囲には常に奴らの監視の目が光ってた。実際、母さんや、私、弟は何度か
本家と分家では立場が違う。
ラセット・ランサエーレからすれば、お願いではなく、命令したつもりだった。だが、当然の命令を無為にされた。
だからこその執着。
だからこそ、家の力をフルに使って脇を固めて追い詰めていくわけだ。
地位と権力、過去の名誉。平時において、それが無類の力を発揮するという事は変えようのない事実だった。
(――らしい手だな)
名家のやり口を受け、内心で吐き捨てる。
「――そんな中でも、毎日必死に過ごして来た。でも、母さんが家を空けた一瞬を突かれ、弟が人質に――。そして、奴らの手の者によって父は殺された。その断末魔の叫びも、巻き散る鮮血も、私達の記憶に焼き付いてる」
「無念……だったでしょうね。護るべき家族を残して、先に逝くだなんて……」
過去の出来事とは言え、キュレネさんの父親の事を思うとやり切れなさがこみ上げる。
「――これで母さんは未亡人。同時に次は別の家族も……という警告でもあった。当時の私は実戦に出た事なんてなかったし、他の二人は論外。当然、母さん一人で家族を守れるわけも無し。私達の選択肢は、一つだけ」
「それで、ランサエーレの家に入る事になったと?」
「ええ、でも祖母だけは心も身体を悪くしちゃって、信頼出来る人に引き取って貰ったけどね」
「なら、どうして二人も一緒に? お母さんと一緒に居たいっていう気持ちは分かるけど……」
「ランサエーレからの要求よ。私も弟も魔法の適性が高かったから、利用価値があると思ったんでしょう。そういう意味では、祖母の事は見逃してくれたって事なのかも」
「でも、さっきのあの人たちとの会話だと……」
「おかしな話……って、思うわよね」
俺達の会話を静観していたルインさんが割り込んで来た。まあ、これだけの手順を踏んで手に入れたキュレネさんの母親と家族を殺した……だなんていう話を訊いたばかりなんだから無理もないだろう。
それは俺も同様だ。
「ランサエーレに引き取られてちょっと経った後、私は成人の儀に参加せざるを得なくて、直接見たわけじゃない。だから、屋敷勤めの信頼できる人に訊いた事なんだけど……」
「手に入れたはいいものの、利用価値がなくなった……という事ですか?」
「――ッ!」
キュレネさんは、拳を固く握った。
「そう、ね……私が出て行ってから、状況が大きく変わった。というか、そもそもあの男の妻は、母さんの事を受け入れる気がなかったみたい」
「キュレネさんの母親が子供を
「本人じゃないけど、耳の痛い話ね。でも全く、その通りだったみたいで、言う事を聞かない私が居なくなったのを見計らって、うちの一家を排除しようとしたのよ。卑劣な罠を使って……!」
抑えきれない激情。
硬質な声音。
彼女の声から、激しい怒りの感情が溢れ出す。
「結果、母さんは毒殺。弟は……あの子は、ランサエーレに取り入った娼婦の息子として扱われ、その立場を妬む人間達の手によって死ぬまで痛めつけられ、殺されたのよ!!」
キュレネさんの慟哭が響く。
「そん、な……そんな事って……」
「それを揺動したのは、当然、あの女――!」
ルインさんは、悲痛に瞳を揺らしている。
「――父親は、止めなかったんですか?」
「ええ、そうよ! 子供の出来にくい体質だった、あの女に新しい世継ぎが出来たらしいから、もう私たち家族は必要なくなったって事ね!! あの男からすれば、自分が使う前にスペアがなくなった程度の事だったんでしょう!?」
父親からすれば、惜しい人間とオマケを亡くした。だが、自分達の立場を考えれば、切り捨てても惜しくはない。そんな程度の心持でしかなった。きっとそういう事だったんだろう。
元あった幸せな家庭をぶち壊し、自らの懐に抱え込んだにも拘らず、使い道がなくなったとばかりに一方的に棄てる。いや、殺し尽くした。人道外れた最低最悪の行為だ。
当事者じゃなくとも、赦せるはずがない。
「そして、戻ってきた私は、ある人に真実を知らされて絶望した。そんな事なんて、露知らないあの男は、私に向かってこう言ったのよ。“どれ、お前も大人になった。母親の代わりに私を愉しませろ。今夜部屋に来い”ってね!!」
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