第101話 悲しき叫び

 俺は聞き覚えのないファミリーネームを耳にして、一瞬硬直する。だが、同時に噴出した疑問を解消する為、キュレネさんに質問を投げかけた。


「カスケード? ランサエーレではなく?」

「ええ、キュレネ・カスケード。それが私の本当の名前。今名乗ってるカスタリアは、母方の姓なの」

「えっと、まだ状況が呑み込めていないんですけど――要するに、さっき突っかかってきた連中は、キュレネさんの血縁であって、実の家族じゃないという事でいいですか?」


 家族はいない。離れていても家族だった。

 分家と本家。

 父方のカスケード、母方のカスタリア。

 槍を冠するランサエーレ。その血を引いている。


 であれば、自ずと答えは見えて来る。


「ええ、そういう事よ。理解が早くて助かるわ」

「事情はそれとなく把握出来ました。ですが、血縁関係にあるというのなら、どうしてあの連中は、キュレネさんを探していたんですか? あの様子からして、居場所は互いに把握していないように見えましたし、あまり良い関係にも見えませんでしたけど……」


 これまでの事情を加味し、事態の全体像は分かってきた。だが、分からない事はまだある。

 その最たるものは、ランサエーレの主流であり、本家を冠するあの連中に対し、分家だというキュレネさんがあれだけ明確に叛意はんいを見せた事。互いに詳しい身辺事情を把握していなかった事。


 立場上は、あちらの方が明確に上であるはずなのに――。


「そうねぇ……。まず、私の身の上から話しましょうか」


 キュレネさんの言葉を受け、俺たちは首を縦に振った。


「まず私だけれど、さっきも言った通り、ランサエーレに連なる分家の人間。正確に言うのなら、ランサエーレの血を引く母と、そこそこの名家出身の父の間に生まれた人間と言った方がいいかしら」

「――えっと、質問してもいいですか?」

「あら、いいわよ」


 話し始めて数秒、ルインさんはおずおずと手を上げた。


「どうしてお母さんの姓は、ランサエーレじゃなくてカスタリアなんですか? まあ、本家と分家っていうのもピンと来てないんだけど……」


 そして、噴出した疑問を投げかける。

 時折こちらへ視線を向けて来るルインさんには申し訳ないが、その内容は俺にとっては常識的に理解出来ていた事だった。

 だが、仰々しい名家の仕来しきたりについて知らない人間からすれば、当然の疑問なのかもしれない。


「ランサエーレに限らず、当主は一人。それは分かるわよね?」

「はい。その辺りは、色々あって直に見た事ありますし」


 ルインさんの脳裏に浮かぶのは、恐らくグラディウス家での一件。


「なら、当主になれなかった兄弟姉妹は、どうするのかしら? その子供は?」

「うーん――あ、その人たちが結婚したり、子供を作ったりして出来た家庭が分家?」

「そういう事ね」

「なるほど……でも、どうしてキュレネさんのお母さんはランサエーレを名乗ってなかったんですか? お話を訊く感じからして、絶対に残したい姓だと思うんですけど?」


 問いかけは更に派生する。


「確かに、ランサエーレを名乗ることのメリットは大きいし、何事もなければ名前を残すでしょう。でも、逆もまた然りという事よ」

「――?」

「この国は、一夫多妻も一妻多夫で家庭を作るも自由。でも、その全てと上手い関係を築けるわけじゃないし、中には家庭から追い出される人もいる。要は捨てられた後に実は子供が出来てただとか、身体だけの関係だった相手ともそういう事になってしまうケースもあるわよね? 当然、名家の人間だってそういう可能性はゼロじゃない」

「名家の姓を、名乗るに名乗れない人が出て来る……って事ですか?」

「ええ、勿論、血が薄くなってきたり、権力闘争に巻き込まれるのが嫌で名前を捨てる人もいるけどね。母さんはそっちの人間」


 可愛らしく小首を傾げていたルインさんも、その回答に納得したのかひとまず頷いた。


「――キュレネさんの立ち位置は理解出来ました。でも、どうしてあの連中とあそこまで剣呑な関係になってたんですか? 話を訊く限り、もうランサエーレの本家とは縁を切ったも同じだと思うんですが?」


 話が纏まったのを見計らい、俺も疑問を投げかける。それは、先ほど遭遇でキュレネさんが言っていた誰かの存在について尋ねるという事態の確信に迫るもの。


「それは、さっきも言った後継者問題に端を発するものよ。まず、二人が会った夫婦には、ランサエーレに見合うだけの魔法の才能がなかった。何とか跡継ぎを残して、生まれてきた子供に期待するしかない……そんな状況だった」

「――そうか、分家の女性の中で魔法の素養に優れている者を妻として引き入れ、少しでも優秀な跡継ぎを……」

「ええ、それが私の母だった。冒険者ランクA、本家から距離が離れた血筋だから連中の権威を脅かす事もない。その上でランサエーレの血を引く美人。あの厚化粧のスペアにするには、これ以上ない適格者だったわけ」

「そうだったんですね……。でも、それならどうして……」


 あの時、“殺した”なんていう言葉が出てきたのだろうか――。そんな俺の疑問は、すぐに解消される事となった。


「あの男は母さんを我が物とする為に父を殺したの。私の目の前でね」


 キュレネさんの血を吐くような声音によって――。

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