第100話 滅びゆく者達
“ランサエーレ”を名乗る人物たちと遭遇した俺達は大通りを離れ、外壁の向こう側のEランクダンジョン――“流陣ノ丘”付近にやって来ていた。
ここに来たのは、ダンジョン探索の為ではなく場所を変えたかった為。
まあ、あんな事があった後にショッピングに――なんて気分になれないのは、みんな同じだという事だ。
景色のいい丘に並んで腰かける俺達――。
「二人とも、ごめんね。あんな連中とのいざこざに巻き込んじゃって……」
事態の中心にいたであろうキュレネさんは、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「いえ、突っかかってきたのは向こうですし……」
「うん。事情はよく分からなかったけど、キュレネさんも被害者だと思うし、気にしないでいいんじゃないかな」
対する俺たちには、彼女を責める理由はなかった。
確かに、少々理不尽に巻き込まれたのは間違いないが、事の真相を知りえていない以上、どちらかに味方をすることは出来ない。しかし、それと同時に、キュレネさんを糾弾する理由は前者よりも圧倒的に小さかったからだ。
「そう――ありがとう」
そんな返答を受け、キュレネさんは微笑を浮かべる。だが、俺達でもはっきりわかってしまうほどに彼女の笑みには、普段の優雅さが欠けているのが見て取れた。
キュレネさん自身にとっても、これからの戦いを考えても、何もなかったで済ませるというわけにはいかない状況だろう。
「……」
しかし、それを差し引いても尚、重たい雰囲気を纏っているキュレネさんに、俺たちは声をかける事が出来なかった。
丘に腰かける俺達を静寂が包む。
「――何か訊きたいって顔してるわね」
「それは……」
「まあ、当然よね。ルインちゃんなんてモロに巻き込んじゃったわけだし」
しかし、そんな静寂は、他ならぬキュレネさん自身の手によって打ち砕かれる事となった。
「そ、その……話したくないなら、話さなくても大丈夫ですから。私も気にしてませんし……」
ルインさんの口から、気遣いの言葉が発せられる。セクハラを飛び越えて、人権無視とも取れる言葉を叩きつけられたにも拘らず、すぐに相手を気遣える辺り、やはりお人好しだと内心で苦笑を浮かべたのはここだけの話だ。
「多分、あの馬鹿共は今後も私に接触して来ると思う。そうなったら、二人や周りの人も巻き込まれちゃうだろうし、特にルインちゃんは目を付けられちゃったわけだからね。何も知らないのと、そうじゃないのとじゃ危険の度合いが全然違う」
「危険って……」
隣から俺を支えに身を乗り出しているルインさんは、言葉を吐き捨てたキュレネさんの事を訝しげに見る。
(ランサエーレ……騎士団やギルドに介入出来るほどの力を持っているのか? 家の格的に同等のグラディウスやフォリアでも、今の俺たちには手を出せないと思うんだが……)
だが、ルインさんの疑問は尤もだった。
何故なら、今の俺とルインさんは、冒険者ギルド総本部、帝都騎士団双方の庇護下にあるからだ。つまり、以前までの野良冒険者とは立場のレベルそのものが違う。
現に立場を盾に取った俺の発言を受けて、あの連中はそそくさと退散していったはず――。
「ええ、危険よ。でも、それは権力があるだとか、強いからって意味じゃない。何の力もないからこそ危険なの」
「……?」
俺の膝に腕を突いているルインさんが首を傾げれば、甘い香りに
「――二人の想像通り、ちょっとややこしい事情があるんだけど、訊いてもらえるかしら? 正直、あまり気持ちのいい話じゃないけれど……」
そんな言葉に、俺たちは黙って頷いた。
「まずは、あの連中が何なのかっていう事から話さないといけないわね。さっきの感じからして、“グラディウス”のボウヤは、多少なりとも事情を知ってるみたいだったけれど――」
「名前だけです。詳しいことは、全然――」
「そう……。なら初めから話しましょうか」
キュレネさんの声が強張ったのを感じ、俺達にも自然と緊張が走る。
「あの連中は、神話の時代から続く“槍”を冠せられた“ランサエーレ”の者。それも本家の当主一派。それで、あの連中が切羽詰まってるように見えた原因だけれど――」
ここまでは想定の範囲内。
「単純に言えば、後継者がいないという事ね」
「でも、子供を二人抱えてたと思うんだけど……」
ルインさんが素直な疑問を口にした。
「ええ、あの二人が正統後継者であることに間違いはないわ。でも後継者はいない。いえ、ランサエーレの名にそぐうだけの魔法の素養に秀でた後継者は居ない……というのが正しいかしらね」
だが、キュレネさんの言葉を受け、少しずつピースが埋まっていく。あの連中の行動の意図が明らかになっていく。
「つまり、あの家――ランサエーレに未来はない。だからこそ、既に滅んでいるといって過言ではない家を繋ぎ止めるために私に接触してきた。分家とはいえ、ランサエーレの血を引き、今も高い魔力を保持している、この私――キュレネ・
しかし、彼女の紡ぐ言葉は、俺も予想だにしないものを孕んでいた。
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