第97話 宿命の再会

「さぁ、張り切って回って行こー!」

「何がどうなってこうなるんですか?」


 今俺達が向かっているのは、帝都の大通りの一つ。この間、アリシアと回った所とは違う通り。


「まあ、細かいことは気にしない。気分転換と、頑張ったボウヤへのご褒美よん」


 俺とキュレネさんは、ついさっき“ダイダロスの武器屋”で偶然出会った。

 思わぬ遭遇に驚きこそしたが、どうしてこんな状況になっているのかは俺にも分からない。


「さぁ、欲しいものがあったら言って頂戴ね。私に出来る範囲でボウヤに必要だと思ったら、買ってあげるから」


 今の所分かっているのは、キュレネさんに右腕をがっちりホールドされて帝都探索ツアーにご招待されたという事だけ。


「――私がやりますから、そんな必要はありません!」


 そんなやり取りをしていると、キュレネさんの反対側から不機嫌そうな声が発せられる。


「あらあら、ルインちゃんはどこまでついて来るのかしら?」

「キュレネさんが離れるまでです……」


 対して俺の左腕を胸に抱き込んでいるのは、キュレネさんのすぐ後に武器屋で出会ったルインさん。あれよあれよと街に駆り出した俺達に、どこか不貞腐れたような顔つきをしながら付いて来ていた。


(三人横一列で道の中央を歩くのは止めて欲しいんだけどなぁ。ただでさえ目立ってるのに隠れる所もないし、道行く人たちからの殺気が居たたまれん)


 そんなこんなで帝都の大通りを歩いているわけだが、はっきり言って居心地は最悪だ。特に両サイドに超絶美人を引き連れている所為で市民、特に男性からの視線が凄まじい事になっている。


(羨ましいんなら遠巻きに睨んでないで、さっさと声をかけて来ればいいのに……。色んな意味での地獄に耐え切れるなら、だけど……)


 ただ佇んでいるだけで、各所から浴びせられる視線の雨に辟易しながら内心溜息をついていると――。


「キュレネ!? キュレネじゃないか! 少し前に騎士団の訓練場で見かけたと聞いて飛んで来たんだ!」


 突如として通路の間から出てきた一団に声を掛けられた。尤も、その対象は俺達ではなく、キュレネさん一人だけであるようだが――。


「まさかこんな所で会えるなんて……!」


 その内の一人である小柄で肥えた男性は、濁った瞳を輝かせながら、どこか覚束おぼつかない足取りで迫って来る。両腕を突き出し、ヨロヨロと近づいて来る様は、そこらのモンスターよりもホラーだ。


 だが、男性の視線がある一点を捉えて離さない以上、警戒はしても迂闊うかつに動くことは出ない。いつの間にか右腕の重みも消えている。


「――ッ!?」


 俺達は困惑しながら話題の中心人物へ視線を向けたが、目の前に広がった光景に思わず目を見開いた。


「ひぃ!?」


 尻餅をつく男性。怯えたような彼の右腕から鮮血が滴っている。


 そして――。


「――それ以上、近づかないで……。全身を穴だらけにされたくなければね」


 当のキュレネさんは、感情を感じさせない冷たい瞳で崩れ落ちた男性を見下ろしている。まるで胸の内にある怒りや憤りを押し殺すかのような表情。これまでの余裕がある優しいお姉さん然とした態度を崩さなかったキュレネさんからは、到底考えられない能面のような表情だった。


(キュレネさん……?)


 彼女の周囲には水流の刃を生み出した球体が滞空しており、目の前の男性に向けていきなり魔法を放った事に対して驚きを禁じ得ない。


 だが、大きな疑問はあれど、下手に手を出して状況を悪化させるわけにいかない以上、俺達は静観するしかない。


 結果、俺とルインさんは警戒を滲ませながら黙りこくる事となり、同時に男性と現れた中年女性と彼女が連れている男子は顔を強張らせ、もう一人の女の子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


 静寂は一瞬――。


「ひ、久しぶりに再会したパパに向かって酷いじゃないか!」


 しかし、俺達の警戒心は男性が放った一言によって完膚なきまでに叩き壊された。


「ぱ、PA・PAァ!?」


 その発言を受け、俺とルインさんは素っ頓狂な声を上げてしまう。


「ぱ、パパって言った?」

「ええ、言いました……多分……」

「パパって事は、Fatherファーザーって事? 父親って意味だよね?」

「恐らくは……」


 信じられないものを見てしまった俺達は、周囲に聞こえないように顔を突き合わせて小声で話す。

 デジャヴを感じるやり取りではあるが、今回も俺達が驚愕している理由は至極単純――。


(父親……。父親って、頭の先から爪先まで見ても、似てるパーツが一つたりともないんだが……。ゴリマッチョのランドさんですら、よく見ればアリシアに投影できる部分が無くはないってのに……)


 片やスタイル抜群の超絶美人。

 片や短足肥満の小太りおっさん。


 キュレネさんむすめ男性ちちおやの共通点が、あまりにも皆無過ぎるからだ。それこそ美と醜だけじゃなく、目元や髪色に至るまで欠片も相違点が見受けられない。

 以前、アリシアの父親であるランドさんに、はち切れんばかりの筋肉を見せつけられた時とは、また別ベクトルでの衝撃だった。


(それに……世渡りが上手そうなキュレネさんが、ここまで敵愾心ていがいしんを表に出すなんて……本当に何が起きてるんだ?)


 とはいえ、やはり衝撃を受けた一番の要因は、俺達七人の中でも落ち着いていて人当たりの良いキュレネさんらしからぬ行動の数々。


「さ、さぁ、意地を張っていないで家に戻っておいで、今ならパパもママも怒ったりしないから……」

「――ッ!!」


 俺達は、出血している腕を抑えて及び腰の男性と、激情を抑え込むかのようなキュレネさんに困惑と怪訝の視線を向ける事しかできない。


「私に家族はいない! ましてや、あの子と母さんを殺したお前達は、家族どころか家畜にも劣る畜生よ!!」


 だが、キュレネさんの言葉は、そんな俺達に更なる衝撃をもたらした。

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