第95話 模擬戦終結

「誰かに強いられた戦いでは、皆が自分の事だけを最優先に行動してしまう。連携とは名ばかりの足の引っ張り合いとなってしまい、最悪自滅などという可能性も往々おうおうにある」


 味方同士で足を引っ張り合うという騎士団長の言葉を受け、昨日までの俺達の姿を連想してしまった。


 立場、階級、プライド、年齢、各々の思惑――。様々なものが絡み合った結果、昨日までの俺たちは、間違いなくそうやっていがみ合いながら足を引っ張り合っていた。


「烏合の衆に未来はない。どれだけ大きな力にも綻びが生じてしまう。それを証明してくれたのもお主じゃよ」

「ええ、そうですね。僕たちも決して調子が悪いわけではなかった。戦力数値も圧倒的に上回っており、寧ろ潤沢に整っていた。であるにも拘らず、自分の力を出し切れなかった。それどころか一時的とはいえ、彼らの勢いに圧されてしまった」

「うむ、皆の心持を大きく変えてくれた。大したものじゃ。そういう所は、母親・・譲りかのぅ――」

「――ッ!?」


 騎士団長と話に入ってきたジェノさんに無我夢中でやっていた自分の行動を褒められ、どこか照れ臭く感じていたが、会話の中で出てきたワードに思わず全身が強張った。

 事の真意を騎士団長に問おうとしたが、思わぬ形で俺の行動は強制中断される。


「あらぁ、褒められて照れちゃったのね。可ぁ愛い!」

「ちょ――ッ!? キュレネさん!?」


 背中に押し当る弾力と暴力的な柔らかさ。

 首に巻き付いてきた白い腕。


 それは間違いなく“水流の舞姫”こと、キュレネさんのもの。


「あ、貴女はまたそうやって!!」

「ルインちゃんは、さっきまでイチャイチャしてたんだから別に良いじゃない」

「い、イチャイチャなんてしてません!!」

「ふーん、へぇー、そっかぁ」

「な、なんですか!?」


 理由は分からんが、ジト目のルインさんとキュレネさんが睨み合っている。


「男女が絡み合うみたいに剣を交えてて、すっごくいやらしかったわよ。それも公衆の面前であんな剣音を立てちゃって……。ボウヤと話せなくて寂しかった反動かしらぁ?」

「うっ!? そ、そんな事、ありません! 早く離れて下さい!」

「嫌よ。私だって久々なんだしぃ」


 キュレネさんの発言に一瞬言いよどんだルインさんだったが、例に漏れずこっちに向かって来る。結果、前後から押されて揉みくちゃされてしまった。


(毎度の事ながら、俺を挟んでじゃれ合うのは止めて欲しいんだけどなぁ……。二人とも物騒だし……)


 俺は少しばかり懐かしいやり取りに振り回されながら、そんな思考に至っていた。まあ、前後からの柔らかい感触に理性をゴリゴリ削られていくから、気を散らしてないとヤバいってのが、やっぱり最大の理由だが――。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ!! 雨降って地固まる。一歩間違えば空中分解するかもしれん大きな賭けだったが……漸く、共同戦線らしくなって来たじゃないか」

「ええ、敵対していがみ合っていた者達が、アーク君のおかげで同じ目線に立つことが出来た。本当の意味で、新体制スタートですね」

「うむ。一つ一つは小さくとも、皆の力と心を合わせれば絶望的な状況も切り拓けるかもしれん。いや、切り拓かねばならん。あの、小僧のようにな」


 騎士団長とジェノさんは、そんな俺達を含めた辺りの面々を見回すと満足そうに頷いていた。


「なんか良い話風に終わらせようとしてますけど、爆心地のど真ん中で、もう一回戦争が起こりかけています! 死人が出る前にお姉さん二人を早く止めてくれませんかねぇ!?」

「いやいや、仲が良いのは良いことじゃないか! あのキュレネが、こんなに他人と距離を縮めるのは稀だしね!」

「ほぉ……つまり、その特盛おっぱいサンドを変わってくれるという事でいいのじゃな!?」


 雷電で長い髪が揺らめき始めたルインさんと、中空に水の球体を漂わせ始めたキュレネさん。流石に手に負えなくなって助けを求めたが、この場を収められそうな二人は全くの戦力外。


「――嫌です。なんか顔がムカつくので、やっぱり近づいて来ないで下さい」

「うぅ! しぃどい!! 儂のピュアな感情を一刀両断!」

「いや、下心しかないでしょうが!?」


 しかも、片方に至っては、鼻の下が通常の三倍くらい伸びている。


「というか、さっきからずっと手に持ってる人、早く降ろして上げたらどうですか? 流石に限界かと」

「うぬ……おぉぅ!? ヤッマーダが死にかけておる!?」

「巻き込んだのは俺達ですけど、止めを刺したのは騎士団長ですね」

「誰か回復魔法を! 衛生兵を寄越さんかぁ――ッ!!」


 まあ、色々あったが、騎士団長達が言う通り、この模擬戦が良い方に作用したのは事実だろう。

 まあ、自然と肩を並べている騎士と冒険者たちを見れば、“共同戦線らしくなって来た”という一言が眉唾物じゃないという事を、これ以上ないくらい理解できる。


(決戦への備えは着々と整い始めている。後はそれまでに、どれだけ力を付けられるかだ。俺自身も、早くアレ・・を御しきらないとだな)


 こうして共同戦線が入り乱れた大規模模擬戦は、皆の心に何かを残しながら終了した。


「……」


 騎士団長が俺に向けている視線の意味に気付かないまま――。

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