第94話 絶刃交錯のAerial Blizzard

「――ッ!?」


 振り下ろされた青龍偃月刀が空を切り、大地を打ち砕くに留まる。その事を受けてか、ルインさんの顔が驚愕に染まり、一瞬ではあるがその体を硬直させた。


 何故なら、俺が殺戮領域キルゾーンを脱した要因は、今初めて発動した“風”の属性魔法に起因するものだったからだ。


「皮肉なもんだ。まさか、咄嗟に出てきた第二の属性が父さんあの人と同じ“風”だとはな――」


 無意識下で自分の取った行動と起こした現象に、思わず苦笑が漏れる。


 だが、属性魔法の切り替えが、俺にとって新たな境地である事には変わりない。

 複数属性の習得は、まずは“氷”を極めてからだと思っていたが、正直嬉しい誤算ではある。


 これを使わない手はない。


「風よ……嵐を呼べ――ッ!!」


 そして、その一瞬を突くように処刑鎌デスサイズを振るい、漆黒の鎌鼬かまいたちを撃ち放つ。それは、グラディウス本邸で受けた“風”の魔法を見よう見まねで再現し、無理くり放った我武者羅の一撃。


「爆炎よ、来たれ!」


 しかし、風の刃は、炎たぎる一撃で四散する。それについて驚きは無い。たった今、発現した練度の低い属性魔法が通用する相手じゃないなんてのは、初めから分かっている事だからだ。

 だとしても常に思考し、攻撃を放ち続ける。


 それが今、俺がすべき事――。


「それなら――これで――ッ!!!!」


 処刑鎌デスサイズを振り下ろし、再び鎌鼬かまいたちを撃ち放つ。同時にその刀身で地面を刺し貫き、氷の魔力を流し込んだ。

 飛翔した風の刃とに具現化するのは、氷の剣群――。


切り替え・・・・じゃなく、二つの属性魔法を同時・・に――!?」


 理由はよく分からないが、目の前のルインさんが息を呑んだのを確かに感じた。これもまた、嬉しい誤算――。

 二つの属性魔法を行使も程々に、俺は全力で地を蹴り飛ばしてルインさんの元へ駆けた。


「薙ぎ払う――ッ!!」


 雷轟纏いし一振りによって、二つの魔法が力任せに掻き消される。だが、確実に動きは止まった。


「それでも――」


 次々と打つ手を挫かれても、同時に魔法を放ってから思考が焼け付くような感覚に襲われていようとも足を止めない。前へ進み続ける。


 大地から天へ向かって突き出すかのような処刑鎌デスサイズの刀身は、宛ら竜の逆鱗。その刃は、過剰供給された漆黒を纏って爆発的に出力を上げていく。

 竜の口から漏れ出す息吹のような魔力の波動と、巨大化した刀身が地面を抉り取っていくが、構う事なく突っ走る。


 狙うは、一瞬の硬直――。


「させないよ――ッ!! 疾風迅雷――ッ!!」


 目の前で雷鳴が轟く。

 体をじりながら引き戻された偃月刀に宿るのは、途方もない魔力が収束された雷神の刃――。


 そして、俺たちの魔法が激突して周囲一帯を消し飛ばす――。



「ちょおおおぉぉぉ――っと!! 待たんか!!!!」


――かに思われたが、騎士団長が突如乱入してきた事よって、お互いの動きが止まる。


「ウェイウェイウェイ! お主らやりすぎじゃ! 本気で殺り合うんじゃない!! これは模擬戦じゃぞ!」


 珍しく本気で焦った様子の騎士団長が漏らした“模擬戦”――という言葉を受けて、頭の中を駆け抜けていた熱が引いていく。


「終わりじゃ終わり! 模擬戦は終わりじゃ!! だからこれ以上、暴れるんじゃない!」

「模擬戦……」

「終わり?」


 俺とルインさんは、呆けながらオウム返しの様に言葉を紡ぐ。


「ほら見るのじゃ! 審判のヤッマーダも全身ズタボロじゃよ! お主らの余波に呑まれて上半身埋まっちゃってるから! もう、止めたげてぇ!!」


 騎士団長が地面から何かを引っこ抜けば、その手に収まっているのは天地逆さのメイン審判。皆の前で勇ましく試合開始をコールしていた審判は、何ともみすぼらしい姿へと変わり果てていた。


 つられるように周囲を見回せば、広がっているのは地獄絵図。巨大な地割れ、各所に点在するクレーター。地表から突き出た氷の剣に、焼け焦げた大地。

 それから、無数の斬撃痕――。


 竜巻や地震の後でもこうはならならないだろうという悲惨な有様だった。


「ゴメン、耐え切れなかったわ」

「面目ないです」


 そんな時、騎士団長の影から、アリシアとエリルが姿を覗かせる。

 アリシアが両手を上げて降参ポーズ、エリルがペコペコ頭を下げている所からして、大将であった前者が討ち取られてしまったという事なんだろう。


「いや、二人は作戦通り動いてくれた。おじさん連中もな。敗因は大将を討てなかった俺にある」

「でも、私達もルインさんをそっちに行かせちゃったわけだし……」

「コレコレ、そう悲観するものではないぞ。確かにスコアの上では一群の勝利だが、誰もそんな事を思っておらん。その証拠に、周りの連中を見てみよ」

「周りって……」

「みんな、どうしたのかしら?」


 アリシアと話していると、騎士団長が割って入ってくる。その穏やかな声音に誘われ、さっきまで気にもしていなかった相手方にも目を向ければ、一群の面々が浮かべているのは、どこか悔しそうな表情。

 俺達は、思わず首を傾げてしまう。


「“戦況をひっくり返しきれなかったわけだし、何を納得出来ない事がある”――。まあ、お主らの気持ちは尤もだな。じゃが、そうはならなかった。小僧、何故か分かるか?」

「戦力差の割に、こっちが健闘したから、ですか?」

「そういう事じゃ。一群からすれば、三群相手に勝負・・になった時点で負けみたいなもんなのじゃよ。例え、三群にお主ら三人が居たとしてもな」

「でも、一群は全員前衛なんていうバランスの悪い編成。遠距離攻撃も使わないっていう縛りがあったんですよね? こっちの方が数が多いんですし、そんなに気にする事じゃないと思うんですけど?」

「ほう……気づいておったか」

「まあ、何となくですけど」


 明言こそされなかったが、一群の編成に色々と縛りが付いていたのは、近接一辺倒な様子とルインさん達が頑なに飛び道具を使って来なかった事からも明白だった。

 まあ、一群にはあれだけのメンバーが揃っているのに、遠距離攻撃を一切してこないってのも逆に違和感マシマシだったしな。


「ふっ、それでも一群からすれば、三群相手にほぼ全力を出してしまった時点で負けみたいなもんなのじゃ。縛りを付けても余裕で勝てるはずじゃったし、儂自身もそれだけの手解きをしたつもりじゃしのう」


 確かに一群に集結しているのは、帝都騎士団と冒険者の上澄みだ。ルインさんと竜の牙ドラゴ・ファングの三人は言わずもがな、騎士団長が遠征に連れて行った面々も戦場を支配しきっていた。


「一群は大粒揃いで上手く纏まっています。冒険者と騎士団員の軋轢あつれきも薄く、動きも噛み合ってますし、士気も高い。そりゃ強いんでしょうけど……」


 つまり今の一群は、以前ローラシア王国の冒険者たちが見たがっていたドリームパーティーに帝都最強クラスの騎士が追加合流したようなものだ。エリルこそ抜けているが、間違いなく大陸最強集団と言っていいだろう。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ! それを差し引いたとしても、お主らは大健闘したという事じゃ。胸を張っていい。特に、お主はな」

「俺……ですか? でも……」

「お主が放った氷の大規模魔法――。あの開幕の一振りが全てをひっくり返した。その証拠に、皆良い表情かおをしておるじゃろう?」


 騎士団長に諭され、再び周囲に目を向ける。


「あの局面、戦力の内訳が間違ってたんじゃないか? 急に攻められたからって、安易に二分割ってのは、流石に拙かっただろう?」

「そうだな。十人も引き連れないで、大将に付けるのは何人かに絞るべきだった。残した連中を散らせば、すぐに全滅はしなかっただろうし、挟み撃ちだって出来たはずだし……」

「――オッサンたちも意外とやるじゃん!」

「ああ、正直面食らった感はあったかな」

「よせやい! 照れちまうだろうがよ!」


 俺の目に飛び込んで来たのは、この場で戦った面々が真剣な顔で話し合っている姿。それも、互いに罵り合っているというわけじゃない。

 冒険者と騎士が入り乱れ、それぞれの階級も関係なしに健闘を称え合い、情報交換している。


「――なんで、仲良くなってるんだ?」


 それは、つい数時間前まで蔓延していた殺伐とした雰囲気とは真逆。絶対にありえない状況を受け、思わず目を見開いてしまう。


「お主の戦いが心折れて腐り切っていた者達を奮い立たせ、最強の牙城をえぐったから――。さっきも言ったじゃろう? お主のおかげ、じゃとな。おかげで、少しだけ希望が見えたかもしれんのぉ」

「希望?」

「ああ、帝都決戦に向けてのな。それこそが、儂の求めていたモノ。世界を救う事になるかもしれないものじゃ」


 そう言って、騎士団長は柔和な笑みを浮かべた。

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