第93話 怒涛戦禍のAwakening

「ふふっ、やっと二人きりになれたね。アーク君には、訊きたい事も、確かめたい事も、沢山あるんだぁ」

「お、おう……」


 鋭利な偃月刀を輝かんばかりのニッコニコの笑顔と共に差し向けられ、思わず頬が引きつる。


「アリシアとデートして、エリルとは訓練場でイチャイチャして、最近では朝帰り? アーク君は、いつから不良になっちゃったのかなぁ?」


 穏やかな声音とは裏腹に、剛裂な勢いで偃月刀が振るわれ、銀閃が空を引き裂く。


「あの……! 光の無いで偃月刀をぶん回されるのは俺も困るというか……。そもそも、そんな情報どこから仕入れたんですか?」

「アーク君は、自分が思ってるより人に見られてるんだって自覚した方がいいと思うよ。色々と噂になってるしね!」

「これでも、人畜無害な一般市民のつもりなんですけど!? というか、デートもイチャイチャもしてません!」

「へー、非番の日に二人っきりでショッピングしたり、訓練場で抱き合ったりしてたのを色んな人が見てたらしいけど?」

(目撃証言って事は、発信元は三群のオッサンたちか!?)


 刃が交わる。


 相変わらず、あの細腕のどこにそんな力があるのかと思わせられる勢いで振り回される偃月刀。素の攻撃を受け流すのに、こっちは刀身に魔力を纏わせなきゃいけないという事もあって完全にジリ貧だ。


「それと、朝帰りだけは否定しないんだァ?」

「別に浮ついた理由じゃないんですよ。ただちょっと、訓練後にも体を動かしたくなったというか……」


 そもそも、俺は一体何に対して弁解しているのだろうか。自分でも理解できていないが、それを吹き飛ばす程の威圧感が前から押し寄せて来る為、対応せざるを得ない。

 だが、このままでは、いずれ押し切られるのは自明の理。


 俺が取るべき手は――。


「こんな物騒な中、一人で出歩くなんて危ないし、こっちは色々心配してたんだよ!」


 剣圧が俺の前髪を揺らす。

 凄まじい一撃だが、こっちも手をこまねいているわけにはいかない。


「また、武器を消した? それに――」


 俺は正面からかち合う事を避け、バックステップ。更に後ろに下がる動作と並行して属性変換した魔力を放出しながら、処刑鎌デスサイズを再び引っ込める。

 しかし、武器を引っ込めても、俺が無手になることはない。


「氷の――槍!?」


 特徴的な得物が消えた俺の手に収まっているのは、氷に変換した魔力で形成されている二振りの長槍。畳み掛けるように、左右の槍を突き出していく。


「ぐ――ッ!?」

(ちっ! 抑え込まれるか!? それでもここは、臆せず攻める!)


 上手い事虚を突いたつもりだったが、右の穂先を偃月刀の柄で受け止められて奇襲を防がれる。だが、漸くこっちにも流れが来始めた。攻勢に出るなら、ここしかない。


「心配させてしまったんなら申し訳ないですけど、これも朝帰りの成果……ですよ! 伊達に夜遊びしてたわけじゃないので!!」

「そんな付け焼刃ッ! 私には効かないよ!」

「――でしょうね!」


 二槍を以て攻め立てるが、瞬間の内に対応されてしまう。しかし、それは想定の範囲内。俺は刀戟で砕かれた左右の槍を即座に破棄し、処刑鎌デスサイズを展開。迷いなく魔力を変換する。


「――ッ!? あれは、セルケさんの武器屋にあった……」

「でも、振り切れるように頑張ってみますよ!」


 魔力がまたたき、またも引っ込めた処刑鎌デスサイズの代わりに手に収まったのは、長めの柄と刺々しい球体が鎖で繋がれた特徴的な武器――氷の魔力で形成されているモーニングスター。

 勢いをそのままに、鎖で繋がれた球体をルインさんへと撃ち飛ばした。


「打ち砕く! はああぁ!!!!」


 剛裂一閃。


 氷結のモーニングスターは偃月刀によって砕かれる。それを受け、処刑鎌デスサイズを即時展開。次に魔力変換で生成するのは、両刃の超ショートソード――苦無くない


「射抜け、剣群――ッ!!」


 それを模した氷結小剣を投擲とうてき。加えて、“ブリザードランサー”を連続射出。


処刑鎌デスサイズを魔力の発生装置に見立てて、戦闘中に武器を生成。それを換装かんそうしながら戦うなんて……!?」


 俺のしている事にルインさんが驚くのも無理はない。自分でも非常識な戦闘スタイルだという自覚はある。


 遥か昔の戦士たちは、武器に魔力を付与する事で魔法の威力が爆発的に上がるという現象に名前を付け、各々の武器ごとに区分分けをした。それが職業ジョブ

 天啓の儀の果てに、世界によって示された自分だけの特定の武器に愛着を持ち、誇りを感じるのは一般的な事なんだろう。


 それ故に、状況に応じて武器を使い分けるなんてあり得ないし、自ら職業ジョブ補正がかからない武器を使うなんて発想自体、頭がおかしいと指差されて当然だ。


(他の連中にとっては使えて当たり前の武器や魔法も、九年間無職ノージョブだった俺にとっては、後付けの要素にしか過ぎない。だからこそ――)


 だが、異常イレギュラーな経緯で職業ジョブを手にした俺にとっての武器は、魔法チカラの象徴、かけがえないものではあっても、決して絶対の存在じゃない。


(自分にとって足りないものを常に模索することが出来る。武器の領域外からも――。いつまで経っても、処刑鎌デスサイズを振り回すだけじゃ芸がないしな)


 武器がなければ、まともに魔法が使えない。それは事実だ。

 だが、正規の通りに魔法を発動させてしまえば、そこから先の現象に武器の有無は関係ない。


 武器を武器としてだけ見るのではなく、魔法を発動させる媒介トリガーとして割り切って運用する。それは騎士団の訓練後にダンジョンに潜り続ける中で掴んだモノ。


きらめけ、雷光!!」


 しかし、ルインさんの全身から放たれた雷撃によって氷の弾幕が砕かれ、一射も通らない。


 それでもと、続けざまに新たに生成した苦無くないを投擲。更に、長槍、二槍、氷盾、鉄槌――状況に応じて武器と魔法を組み合わせて攻め立てる。


「これだけ攻めても押し切れないか――」

「反応も悪くない。動きもいいし、魔法も凄く上達してる。この戦い方も、かなりビックリしてるけど――」


 一合、また一合と刃を交える度に思考が研ぎ澄まされ、灼熱をぶちまけられたように脳が熱を帯びていく。

 それは死線の中でしか味わえない、あの感覚。俺が求めていた、あの――。


「“ガイアブレイク”――ッ!!」


 激しく打ち合う中、偃月刀が大地を引き裂き、巨大な地割れを引き起こす。それは“雷”・“炎”に続く、第三の属性魔法。


 戸惑いながらもどうにか回避は出来たが、強烈過ぎる一撃からは“そんな小手先は、私には通用しない”と言わんばかりの想いが言外に伝わって来る。


 そして――。


「終わりだよ――」

「――ッ!?」


 完全初見である“土”の属性魔法に気を取られた一瞬を突かれ、俺はルインさんの殺戮領域キルゾーンに捉えられてしまっていた。

 つまり、さっきまで俺がやり続けて来た事を、そっくりそのままやり返されたわけだ。


(飛び道具や生成した武器では火力不足。恐らく処刑鎌デスサイズの斬撃でも、正面から捻じ伏せられる。あちらに事前情報がある以上、魔力加速では振り切れない。そして、大規模魔法アブソリュートアポカリプスは、発動が間に合わない。ここまで、か――?)


 それは刹那の思考。


 刺突、斬撃、雷、炎、土――。

 今の俺には、そのどれが来ても防ぐ手立てがない。もしかしたら、まだ俺の知らない手札もあるのかもしれない。


(常に先手で奇襲……ね。確かに、これをやられる側は堪ったもんじゃないな)


 激烈な勢いで迫っているはずの刃が、何故かコマ送りの様にも感じる。

 体は動いてくれない。正しく絶体絶命――。


(まだ俺は、足を止めるわけにはいかない! それだけは許されない!)


 剥き出しの牙。

 禍々しさを放つ魔力を纏った剛腕。


 絶体絶命の最中、狂気の合成獅子マンティコアとの戦いが脳裏を過る。


(俺は――ッ!)


 そして、頭の中で何かが切り替わったかのような感覚と共に漆黒の突風・・・・・が吹き荒び、俺の体は殺戮領域キルゾーンの外へと大きく吹き飛んだ。

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