第92話 アークVSルイン

 偃月刀を片手に俺を射抜く真紅の瞳――。


「――というわけで、三人は離脱してください。アリシアの射程外に出てしまえば、安全地帯なので」

「ちょっ!? 待ってください! 貴方だって消耗しているはずですし、一人では危険です! 俺は残ります!」


 戦況のど真ん中を突っ切って現れたルインさんの指示を受け、大将ともう一人が一目散に駆け出していく中、俺の背後のロレルは長剣を構えて動かない。


「えっと、ここには必要ないので、大将さんを守っててほしいんですけど」

「ですが、まだちゃんと決着を――」


 ルインさんは困ったような表情を浮かべ、ロレルは尚も食い下がる。相手の意識が一瞬逸れたのを感じ取り、俺は目の前の二人を完全無視して相手のトップを追撃する。


「だから、他のヒトを見ちゃダメだって言ったでしょう?」


 だが、進行方向に見覚えのありすぎる起伏に富んだ影が立ち塞がった。


「ここから先には行かせないよ。何日も前から楽しみにしてたんだからね!」

「そりゃありがたいことで……。まあ、流石にこの距離でくってのは、無理があったか。とはいえ、このままじゃ……」


 楽しげに笑うルインさんは大変魅力的だが、全身からバチバチさせている雷と手に持っている物騒な偃月刀で見事に台無しだ。

 しかも、予想外のタイミングでこっちの陣形を引き裂かれた所為で、攻め手が途切れてしまった。状況は最悪。


 しかし、そんな事などお構い無しとばかりに戦況は急速に変化していく。


「それじゃ、こっちから行くよ!」

「あんまりがっつかれると、困っちゃうんですけどね!」

「頑張れ、男の子!」


 繰り出される刀戟を回避しながら処刑鎌デスサイズを振り抜けば、雷轟と黒閃が激突する。


「そんなに期待しないでくださいよ。こっちは楽しむ余裕なんてないんですから」

「ふふっ、ダメだよ。一緒に居なかった間にどれだけ強くなったのか、見せて貰わなくちゃ」


 円を描くように振るわれる湾曲した刃。

 それを受け流すように斬り払う巨大な刀身。


 初撃を皮切りに、処刑鎌デスサイズと青龍偃月刀が幾度も交錯する。


(攻撃は目で追える。ちゃんと反応は出来てる。でも――)


 剣戟を打ち合う中、俺の脳裏を過るのは、神聖な光と禍々しい闇の魔法――。

 あれを経験してから、ちょっとやそっとの事じゃ気をやらなくなったし、戦いの中で自然と体が動くようになっていた。

 それはルインさん相手でも例外ではない。


 一群相手にちゃんと考えた上で突貫するという選択を出来たのも、その副産物だろう。


(俺の手の内は知られてる。チームとしても切れるカードがない。このまま正面から打ち合うのは分が悪いな)


 だが、いくらルインさん相手に善戦できるようになっていたとしても、やはり俺たちの方が圧倒的に不利。


 何故なら、さっきまで攻勢に立てていたのは、相手の意表を突いた電撃作戦だからに尽きる。一群にリズムを取り戻されれば、戦況は一気にひっくり返されるだろう。


 しかも、ルインさんは、俺の戦闘スタイルを知り尽くしている為、十八番の奇襲も出来ない。

 模擬戦という関係上、近距離クロスレンジでは互いに大技は使えず、地力でも劣っている。加えて、潤沢じゅんたく一群向こうと違って、動かせる駒もない。

 状況は、刻一刻と詰みへ向かっている。


「アストリアスさん、交代スイッチを! 今度は俺が! はああぁぁぁ――ッ!!」

(なら、ルインさんの想定を超えるしかないわけだが――)


 背後から切りかかってきたロレルの剣を、処刑鎌デスサイズの刀身の上側を滑らせるようにして受け流す。


「いざ尋常に勝負! たあああぁぁぁ――ッ!!!!」

「やれやれ、一群二人でか弱い三群を屠ろうだなんて、弱い者いじめが過ぎると思わないのか?」

「戯言を! この勝負に、もう水差しはさせない!」

「勝負、ね……。ラスボスを目の前にしている以上、悪いが眼中にない。まあ、二対一っていう状況は、悪くないけどな!」


 勝機がないなら捻り出す。突破口は、このロレルをどうあしらうかといったところだろう。


「受けよ、騎士の剣を!!」


 どう取り繕おうと、やはり急造コンビ。本来遊撃に入るべきロレルが前に出て、大陸屈指の突破力を持つルインさんを後ろに下がっている時点で脅威は七割減。二人の連携のほつれを突けば、一対一よりも上手く立ち回れるはず――。


「だから言っただろう?」

「な――ッ!?」

「ラスボス攻略に頭が焼き付きそうだから眼中にないってな」

「ぬかせぇぇぇ!!!!」


 振り回される剣を受け流しながら、俺から見て対角線上にロレル、奴の背後にルインさんが来る様に小刻みに位置取りを変えていく。


(そうだ、もっと怒れ。そっちの方がコントロールしやすい)


 怒りで繰り出される剣戟は威力を増すが、剣筋自体はどんどん鈍くなっていく。愚鈍にして単調。この程度を躱すなんて、今までの戦いを思えば訳も無い。


「切る!!」

「おっと」


 ロレルが俺を攻め立てる程、二人の連携は乱れていく。現にルインさんも自分の間合いに入ることが出来ず、攻撃に加わって来ない。いや、加われないが正しいか。


(後は、どれだけルインさんを封殺できるかに全部がかかっている、か……。こういう戦いも経験なのかね。何にせよ、ロレルが道化ピエロを演じてくれている間に打開策を見つけなきゃな)


 ルインさんが突っ込んでこないのは、ロレルの思惑や強さ、戦闘スタイルを把握してれておらず、同士討ちになるのを避ける為だろう。ましてや、今のロレルは頭に血が上っていてどう動くか分からないが故に、同士討ちの危険度は跳ね上がっている。

 こんな模擬戦でそこまでリスクを背負って動く必要は無いし、挟撃に来ようにも俺が常に位置取りを抑えている為、動けない。よって、戦況は膠着こうちゃく


 これで条件は揃った。


「せえええぇぇぃ!!!!」

「残念、軌道が丸見えだ」


 上段から振り下ろされる剣を横に反れながら回避。ロレルの目掛けて氷結の槍を撃ち出した。


「何――ッ!? 地面ごと剣が凍結している!?」


 ロレルは剣を振り下ろした体勢で硬直する。そういえば、さっきから全く魔法を使って来ない事については気になるし、レオンの事を思えばこうやってあしらうのは気は引けるが、今はそれどころじゃない。ロレルはあくまで動く壁として、こちらで位置取りをコントロールする。

 本命は――。


「“真・黒天新月斬”――ッ!」

「――ッ!?」


 硬直するロレル身体を盾にし、自ら横に体重移動しながら、向こう側のルインさん目掛けて斬撃魔法を打ち放った。巨大刀身が、先端から外側に大きく突き出る特異形状だからこそ可能な死角からの斬撃。


「やってくれるね! でも――!」

「ちっ!? これにも合わせて来るか!」


 “青龍零落斬”――俺の攻撃は完全に不意を突いたはずだったにも拘らず、カウンター気味に繰り出された斬撃魔法で対処された。まるで城壁を殴りつけたかのような、強烈な衝撃に思わず顔が歪む。

 そして、次の瞬間、身体全体が引っ張られるような感覚に襲われた。


「それだけじゃない。これで、アーク君を捕まえたよ!」


 硬直した俺の動き。

 偃月刀の柄に引っ掛けられた処刑鎌デスサイズの刀身。


 俺の身体は綱引きの要領で、無理やり引っこ抜かれようとしていた。腕力にモノを言わせた力技。これでは、位置取りも何もあったもんじゃない。


 刃を引き戻すのは物理的に不可能。

 このままルインさんの間合いに捉えられたら、完全にチェックだ。


「……それは勘弁、です!」

「――ッ!? 自分の処刑鎌武器を引っ込めた!?」


 だが、俺の行動を受け、ルインさんは驚きに目を見開く。

 まあ、無理もないだろう。戦闘中に自分の武器を引っ込める・・・・・なんて馬鹿は、大陸中探したってそう居ない。というか、どう考えても頭のおかしい行動だ。


 単純に丸腰になるのは勿論の事、武器を介さなければ魔法の精度も著しく低下する。

 武器があるから職業ジョブ補正がかかる。それは常識。

 つまり武器を手放すという事は、力の全てを手放すも同じ。少し魔法が使える無職ノージョブ状態になるという事だ。


 だが、危機を脱することが出来るのならそれでいい。

 必要なものは結果。セオリーは無視して構わない。


 相手は一人じゃない。体勢を立て直す余裕はまだある。


「はあああああ――ッ!!」


 復活したロレルの剣を躱す為に背後に飛ぶ。


「騙し討ちとは卑怯だぞ!」

「まともにぶつかっても勝ち目がないんだから、頭を使うのは基本だろ? さあ、もう一回かくれんぼといこうか」


 着地に合わせて処刑鎌デスサイズを再展開。同時に俺とルインさんの間にロレルが挟まるという状況が出来上がる。


(これで振り出し……。さあ、可及的速やかに次の手を考えないといけないわけだが――)


 よく言えば、翻弄出来ている。悪く言えば、攻め手に乏しいこの状況――。さっきまでと同様にヒット&アウェイを繰り返しながら解決策を模索していたが――。


「ゴメンなさい!」

「え、あ……ちょっと!?」


 突如聞こえてきたルインさんの声と共に、目の前のロレルの姿が消えさった。そう、冗談ではなく本当に――。


「たはは……。邪魔な味方を後ろにぶん投げたのか。型破りは俺の専売特許だと思ってたんだがな」


 厳密に言えば、ルインさんが戦闘機動の障害でしかないロレルを物理的に除去したというのが正しいだろう。文字通り数的有利を自分から投げ飛ばした様には苦笑せざるを得ない。


「アーク君、あ・そ・ぼ!」


 そして、目の前に仁王立ちしているルインさんと、いよいよ対面せざるを得なくなった。彼女の顔に張り付けられているのは、満面の笑み。

 俺は知っている、あの微笑みの意味を――。


(逃げたり、放置したりして、適当にあしらい続けたツケだな。アレは……。見事にキレていらっしゃる)


 それは、出会った頃によく見ていたあの満面の笑みだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る