第89話 開幕を告げる氷結

 衝撃の試合を終え、一群十人はそのまま残り、下がった二群と俺達三群の四十人が入れ替わる。

 僅かばかりのミーティングを終え、次に戦う両隊が陣形フォーメーションを取る為に周囲に散っていく。


 だが、健闘を称え合う事もなく涼しい顔の一群とは対照的に、三群の顔付きは悲観に曇り切っていた。


 十人対四十人――単純換算しても戦力は四倍。普通に考えて有利なのは、圧倒的に三群だ。

 しかし、三群の面々は知ってしまっている。二群相手になら、数に物を言わせてワンチャンスあったかもしれないが、一群相手には勝てる見込みが始めから無いという事を――。


 その上で自分達よりも強いはずの二群が、見事に瞬殺されたのを目の当たりしてしまった。完全にお通夜ムード。戦う前から戦意喪失しているのと同義だった。


「第二戦――一群対三郡、始めッ!!」


 そんな俺達を尻目に、審判が試合開始を宣言する。


「――ッ!」


 先ほどと同様の陣形で一群が駆け、散らばった三群は恐怖に身を固くした。


 怯えが出ている時点でさっきまでの二の舞。このままぶつかれば、戦いではなく狩りになってしまう事だろう。


 その予感が的中するかのように、散らばった七人が三群を蹂躙し始め――。


「なッ――!? 何だ、この魔法は――!?」


 ロレルが叫ぶ。


 戦場の誰もが顔を上げ、一群連中に向かって飛来する蒼黒を纏った氷結刃を呆然と見上げた。

 この戦いの中、初めて一群の表情が変わった瞬間だった。同時に彼らの進撃を阻む様に氷結刃が大地で炸裂して、刺々しい氷柱つららの壁となる。


「アーク、君!」


 それを受け、ルインさんの表情に僅かばかりの焦燥が滲んだのだ見て取れた。


 “アブソリュートアポカリプス”――今打ち放ったのは、俺が使役出来る最強の魔法。


 だが、ルインさんはその魔法が完成に至っていないという事を知っている。それどころか、制御すらままならず、一撃放てば術者である俺自身にも多大な負荷がかかるという事も――。


「生憎、外側だけで魔力は空っぽなんだ……よな!」


 およそ模擬戦で使うような魔法ではないし、ましてや開幕から撃ち放つものではない。だからこそ、見せかけだけの虚仮威こけおどしでしかない。未完成なのも、ノーコンなのも変わってないしな。


 そして、心配してくれるルインさんには悪いとは思いつつも、俺はいつも通りの速さで山脈の断面を疾走する。


「迎撃――ろ、ロレル君ッ!?」


 俺が飛び出したと同時に、ジェノさんが目を見開く。


 出鼻をくじかれた一群は、カウンターで飛び出してきた俺に即座に対応。落ち着いた様子で陣形を組み直そうとしているようだったが、長剣を構えたロレルが単身で突出して来た。

 周囲の反応からして、明らかに向こう側が意図していない行動のようだ。


「さあ、君の力を見せてみろ!」

「お前と遊んでいる時間はない」


 壁を疾走していると、そのままロレルと相対する。だが、端兵に付き合っている余裕はないと完全スルー。猛然と目指す先は――。


「狙いは、大将首だ! 皆戻れ!!」


 ブレーヴが叫び、一群が反転しようとするが、そんな彼らの動きを阻害するかのように水流の矢が次々と飛来した。


「これは、アリシアの!?」


 弾数、狙い、共に正確無比な矢の雨を受け、それを偃月刀で切り払っているルインさんの顔つきが若干険しくなる。

 しかし、そんな彼らに追い打ちをかけるかのように、色とりどりの魔法が強襲した。


「あらあら、エリルもやってくれるわねぇ」


 更なる攻撃を受けてキュレネさんは、僅かばかりの動揺を見せる。


 “ブレイズボール”、“グランドクエレ”、“リオートランサー”――火・土・氷の属性魔法が入り乱れる連射攻撃。これこそが、Sランク魔術師の真骨頂。

 サポート職でありながら、その火力は並の冒険者を優に凌いでいる。


 理想的な完璧な足止めだった。


「ちぃ! あの子供を迎え撃て!」

「逃がすか! アーク・グラディウス!」


 二人のアシストを受け、俺と遅れて来たロレルは大将の眼前へと到達した。


 俺の作戦は至極単純。開始直後に俺が大将目がけて特攻。アリシアとエリルが遠距離攻撃で、それをサポートする。

 他の三十七人は完全な囮――。


(まあ、このまま後ろで震えてられるのも困るんだけどな)


 開幕からの大出力魔法でリズムを乱された所での、弾幕攻撃。既に一群は、二つほどテンポが遅れている。

 立て直すには、残りの連中を戦力外と判断して、俺たち三人を最優先で潰す為に散るしかない。誰もがそう思っているであろう瞬間――。


「い、行くぞおぉぉ――ッッ!!!!」

「何――!?」


 けたたましい声が戦場に響く。


「漸くやる気になったみたいだな」


 俺は一群へ向かって方に迫っている一団を見て、思わず笑ってしまう。何故なら、一塊となって戦場を駆けているのは、誰もが早々に戦力外と判断したであろう三群の残り全員――三十七人の大部隊だったからだ。

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