第90話 漢達の挽歌

「おいおい、あの連中、作戦とか陣形ってもんを知らねぇのか!? というか、これは模擬戦だぞ!!」


 戦場のリゲラは、人の波となって押し寄せる三群メンバーに思わず顔を引きつらせた。何故なら、三群メンバーの動きは、定石も何もあった物ではないからだ。

 それだけに飽き足らず、まるで死地にでも赴くかのような勢いで突っ込む彼らからは凄まじい圧が発せられており、形容しがたい雰囲気の一団に対して、先行した一群の動きが止まってしまった。


 それは、俺が一番望んでいた展開。四人一塊で守りに入った大将連中との戦闘を始めた俺も、余りのやかましさに時折彼らの動きを見てしまう。それほどまでに衝撃的な光景だった。


「行くぞお前ら! 突撃ィ!!」


 硬直した一群達を尻目に、三群メンバーは武器を手に一斉突撃をかける。その結果、遠距離攻撃での対処が出来ない・・・・一群七人に対し、三群所属の三十七名が一気に雪崩なだれ込み、戦場は大混乱に陥る。


「怯むなァ!! どうせ頭の出来じゃ、勝ち目がねぇんだ! 真正面からぶつかっていけぇ!!」


 三群の先頭で音頭を取っている男性騎士――クリーク・アロエは、闘志に溢れる笑みを浮かべている。


「俺達にゃ、失うもんもなんもねぇ! 最後に一花咲かせてやろうじゃねぇか!!」

「おうッ!!!!」


 対するは威勢の良い応答。三群の現場では、訊いた事のない声だった。


「単純な連中だな。だが、悪くはない」


 何やら燃えている三群たちの様子を見て、俺の脳裏に試合開始前までにしていたやり取りが過る。



――開始直後、俺が相手の大将に向けて突っ込みます。アリシアとエリルは、その補助。貴方達は前に出て来る連中を全員一塊になって・・・・・・・・抑えて下さい。


 俺がそう伝えると、他の面々からは、懐疑的――いや、嘲笑するかのような言葉を叩きつけれた。

 彼らにとって俺が言っている事は、所詮夢物語。一から十まで出来るはずがないと確信していたからだろう。


――なるほど、騎士団の爪弾きに相応しい答えですね。でも、せっかく一群相手に有利な条件でぶつかれるのに、それでいいんですか?


 だからこそ、俺は淡々と言葉を返したつもりだった。意気消沈しているクリークたちを励ますでもなく、蔑むでもなく、そこにある事実だけを突き付けるかのように――。


――今も貴方達が騎士団ココに残っている理由を思い出して、感情に従って動くだけでいいと思うんですがね。それは多分、騎士の誇りだとか、市民がどうとか、世界を守る……なんて、高尚な理由じゃないと思いますけど?


 俺には、彼らの心情が理解出来る。多分、彼ら自身よりも――。


――まあ、参加するかどうかは好きにして下さい。俺達のやる事は変わりませんが。


 無職ノージョブだった俺は、何も持っていなかった。才能以前の問題、努力をする段階にすら上がることが出来なかった。

 それでも“剣士”になることを諦めきれなくて、無駄だとわかっていても毎日剣を振り続けた。


 対して、彼らは三群とは言っても、騎士団に所属できるだけの資質は持っている。要は秀才の一歩手前位の実力者。有り、無しで言うのなら、間違いなく才ある選ばれた者達だ。


 同族嫌悪なのか、それだけ恵まれた立場に居ながら腐っている彼らへの苛立ちか、俺はクリークたちに見向きもせずに戦闘準備へ。

 それが、戦いを始める前の俺達のやり取り――。



「騎士団に入れたら勝ち組! 上の連中に比べれば微々たるもんだが、貯金だけしてりゃ一生食っていける! このままダラダラやってるだけでよかったのによォ!! なんで俺は……!」


 クリークのつんざくような大声が離れている俺の耳にも聞こえて来る。


 帝都騎士団の三群――それは最低限の資質を持ち合わせており、街の治安維持などに回す分には問題ないだろうという事で、辛うじて除籍じょせきされていない人員。

 有り体に言えば、騎士団内部における問題者の詰め合わせ。


 しかも構成員は、ほぼ全員が二十代後半から四十歳過ぎの男性。騎士団内で上にも行けず、辞めるタイミングを見失って肉体的にも最盛期を通り越した者達。


「全くだ、永久就職で諦めったってのによォ!」


 自分で商売をやっている人間よりは稼げないが、ある程度の生活水準が約束されている。だから、騎士団の日陰者として周りから後ろ指差をされたとしても、それにさえ耐えきれば――。


 それだけが彼らの心の支えだったんだろう。だからこそ、そうやって現実から逃げ続ける事しか出来なかった。


「なんで俺は、今こうやって走ってんだ!?」


 だが、声を上げているクリークたちは現実を直視したことで気づいてしまった。自分達の原初の想いに――。


(皆も功績を立てて帝都の歴史に名前を刻みたかったんだろう。きっと誰だって最初は、英雄――勇者に憧れて武器を執った。多分、俺だってそうだ。でも、どうにもならなかった。だから、諦めるしかなかった)


 あのおじさん連中だって、好きで三群なんて呼ばれているわけじゃない。野心を抱えて成り上がろうとしていた者もいれば、女性の視線を集めたかった者もいる。武力を鍛えて、最強の称号を手に入れたかった者だっているかもしれない。


 でも、猛者がひしめく騎士団そこで現実を知った。


 職業ジョブの当たり外れ、魔力量の多さ、魔法の習得運用、性格的な適性に身体能力。

 同じ基準、同じ目標を追い求める者達と顔を突き合わせていれば、必然的に自分よりも優れている人間の存在を目の当たりにしてしまう。自分の弱点がさらけ出されてしまう。


 そんな中で成功できるのは、心・技・体・魔を兼ね備えた一握りか、暴力的な才能を持つ者だけだ。それ以外のついていけない者は、下から淘汰とうたされていく。

 あの連中は正しく淘汰されて夢破れた側の人間で、三群という称号こそが、その証明――。


 しかし、彼らが騎士団に残り続けているのは何故か。醜くも必死にしがみ付いているのは何故なのか――。


「でもよォ! 騎士として見捨てられたはずの俺らが、こんなにデケェ舞台に立つのを許されるなんて機会、もう二度とねェだろ!!」

「しかも、あの化け物みたいな連中を出し抜こうとしてる小僧達の戦いっぷりを見せられちゃぁ、黙っていられるわけがないだろうが!」


 三群の騎士達が声を上げる。


 自分はこんなもんじゃない。自分はまだやれるはず。

 どれほど逃げ道を作ろうと、どれほど目を背けようと、そんな潜在的な想いが胸にくすぶっていたからこそ、彼らはまだ騎士を名乗っている。

 誰かに馬鹿にされてもしがみ付いている。


 アリが集っても、象に勝てないことは分かっているはずだ。今更、自分達が成り上がれるわけがない事も分かっているはずだ。

 そのチャンスを不意にし続けてきたのは、他の誰でもない彼ら自身なのだから――。


「だな! 小僧共だけ頑張らせて、おじさん連中が座ってるわけにはいかねぇ!! 俺達にも意地があるんだよォ!!!!」


 それでも、最後の最後ぐらいは自分の力を試したいと思い立ってくれたんだろう。例え、無様な結果になろうとも、ヤケクソだと言われようとも――。


 自分達が見上げる事すら止めた一群相手に、突っ込んで行った俺たちの姿を見て、自分たちも、もう一度――。

 諦めて腐り切っていた彼らを奮い立たせたのは、きっとそんな単純な理由。


「ここでやらなきゃ、おとこじゃねェ――ッ!!!!!!」


 三群の男達は力の限り吼えながら、一斉に魔法を行使した。


「嫁無し! 子供無し! 彼女無し! 後、ついでにモテも無し!! 三十路越えて人生ヤバくなってきたクエイクゥゥ!!!!」


 “アースクエイク”――クリークは手甲で大地を殴りつけ、砕けた辺り一帯の地面をフライ返しの要領でひっくり返した。


「こちとら娘に、“お父さんは本当に騎士なの?”って、本気で疑われて辛いんじゃぁスラッシュ!!」

「筋トレ歴三十年! 魔法には勝てなかったよぉ、ラァァンス!!!」

「アリシア嬢ちゃんはミニスカートで屈むのに、どうしてパンチラしねぇのか不思議でしょうがねぇクエレ!!」

「ついでに、俺達には白い目を向けて来るのに、あの小僧には妙に物腰柔らかいのがムカつくパァァァンチッ!!!!」

「エリルちゃんの地平線のように真っ平な胸が好きなんじゃファイアボール!!!!」


 そして、クリークに続けとばかりに、三群の面々は次々に魔法を撃ち放っていく。


「全く、本当にセオリーが通用しないようだな」

「これじゃ反撃のしようが……」


 ジェノさんは迫る岩壁を斬り払い、リゲラは飛んできた魔力の塊を殴り返しながら、苦々しそうな表情を浮かべている。


 三群の攻めには、何のロジックもない。四十人近い人間が密集しているにも拘らず、味方も敵もお構いなしで、ひたすら全力魔法を放つのみ。

 それこそ、後衛の魔術師職までもが最前線に突っ込んでいる有様だ。


「あら、ちょっと困っちゃったわね」


 キュレネさんもまた、激流の盾を生み出して前方からの攻撃を遮断している。しかし、その表情は、他の面々と同様に決して良いものではない。


 現状は、六人対三十四人+後衛三人という状況であり、戦力差も大きい。だが、これだけ数的有利を取れていたとしても、まだ一群の方が圧倒的に強いはず。


 なら、どうして一群の面々が攻めあぐねているのか――。それは、これが命を奪い合う実戦・・ではなく、勝敗を決めるだけの模擬戦・・・だからだ。


「ちぃ! こんなに密集されてちゃ下手に攻撃できねぇよ!」

「あらあら、ちょっとだけ厄介ねぇ……」


 模擬戦のルールとして、“相手を殺傷させたり、故意に負傷させる行為は禁止”と定められている。つまり、密集しているこの状況では、普段の様に大規模魔法で周囲を焼き払ったりといった大味な戦法が使えない。一撃の破壊力が高すぎるからだ。


 それを防ぐには、一人一人コンパクトに狙いに行くしかない。しかし、陣形も連携もぐちゃぐちゃで何をしてくるのか分からない三群に突っ込んでいくのは、少々リスクが高い。

 攻撃の当て方で下手な判定をされれば自分も即脱落という可能性もあるし、半ば特攻に近い勢いだけは侮れないものがあるはずだ。


 数が少ない上に力を出し切れない一群と、数の多さを武器にして形振り構わず、気持ちと体ごとぶつかっていく三群。


 結果、本当は勝負になるはずのない戦いだったが、ありの軍団が象に対して牙を剥くという波乱の展開と相成っていた。

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