第88話 最高戦力

 帝都近郊の平野――騎士団大規模訓練場に整列する俺達――。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ! さて、皆の者、頑張ってくれよォ!!」


 俺達の視線の先、帝都騎士団の長は崖の上の岩盤に上に腰かけ、長い髭を撫でながら口角を吊り上げている。

 そして団長が見下ろす先、俺の回りには共同戦線の面々が綺麗に整列しており、人数の多さと相まって中々に壮観な光景だった。


 これだけのメンバーを一同に介させて行おうとしているのは、帝都騎士団第一大隊とギルド総本部から斡旋あっせんされた冒険者たちを三つの隊に分けての模擬戦。


(皆、緊張でガチガチだな。まあ、人の事は言えないけど……)


 長い間大きな実戦が無く、訓練がルーチンワーク化していた騎士団にとっては、これほどの大規模模擬戦は久しい。形式ばった戦いの経験に乏しい冒険者も、当然ながらこんな場に参加するのは初めてだ。


 それも訓練と同様に、一群、二群、三群と両勢力が入り乱れた隊分けになっているとあって、皆の表情には色濃く緊張が表れ出ていた。


「まぁ、これで効かんかったら荒療治になってしまうかもしれんし、少しでも時間があるうちに、皆頑張ってくれると嬉しいのじゃがなぁ……」


 そんな風に開始時間を待っていると、騎士団長が放った小言が耳に飛び込んで来る。


(何をやるつもりなのやら……。それに時間がない、か……)


 既に騎士団長が放った斥候せっこうは、大陸中に散っている。その目的は、各所の情勢や狂化モンスター、魔族の動向を探る為というもの。

 近郊に魔族勢力が出現したのなら襲撃が近いという事だろうし、姿を見せないならまだ余裕があると判断してもいいだろう。


(俺達に後、どれだけ……)


 現状は取り敢えず後者であり、すぐに全面決戦というわけではないはずだ。

 まあ、何らかの手段で全面襲撃に来られたのなら、白旗を振りながらブレイクダンスでもするしかない。ある意味、毎日が綱渡りのような状況だった。


「自分で振るう刃と、誰かに振らされる刃では意味合いが全く違う。今を生きる若人達の真価が問われる時じゃ」


 並ぶ俺達を見下ろす団長の老獪な笑みから垣間見えるのは、獰猛な鈍い光。


 共同戦線の真の意味、冒険者と騎士の力量――。

 この模擬戦は、その全てを白日に下に晒してしまう。例え、それがどんなに残酷な結果になったとしても――。


 自分達で戦える集団となるか、誰かに戦わされる烏合の衆となるかは、今日この時の俺達次第という事なんだろう。



「では、合同模擬戦のルールを発表する! 一群は十名、二郡は三十名、三群は四十名、内一名を大将をとして代表者を選出。チームによる総当たり戦を行って貰う!」


 この間の模擬戦で審判を務めていた男は、良く通る声を張り上げる。


「対戦相手を殺傷、故意に負傷させる事は禁止! これらを破った者、有効打を与えられたものは脱落。演習場の外に出よ! 大将が脱落すれば、問答無用で敗北。第一戦は、一群対二郡とする!!」


 ルールは至ってスタンダードな集団戦。それ自体を疑問に思う者は誰も居ない。

 ある者は怪訝そうな、ある者は不安そうな、またある者は野心に満ち溢れた表情を浮かべて、一群、二郡の面々は言われた通りに平野に散らばっていく。


 他の審判たちも各所での判定の為に分かれ、出番のない俺達は横に反れて自然が作った観客席へ。因みに、アリシアとエリルを隣に座らせようと画策した騎士団長の髭が、先から十センチ程、処刑鎌デスサイズさびと化したのは完全な余談だ。


 そして、当の本人は、不貞腐れて崖の上に戻って行った。


「第一戦――一群対二郡、始めッ!!」


 さっきまで皆の前で話していた主審は、自分の声を魔力で拡散させて試合開始の合図を広範囲に告げる。


「――ッ!」


 同時に一群の面々は、三、七人ずつに分かれ、大将を含めた三人組は防衛、残り七人は相手を一気に攻め立てるべく電光石火の先制攻撃を仕掛けた。


「くそッ! 十と二十人で分かれろ! 十人の組は俺を守れ! 残りは殿しんがりを――ッ!!」


 二群の面々は、開幕から迫って来る格上の敵に怯えが出てしまっているのか、最序盤から守りに入ってしまう。二手に分かれて、とりあえず大将を守れれば、という消極的な一手だ。


「だ、ダメだ!? 来るぞッ!?!?」


 だがやはり、プレッシャーに圧されて完全に腰が引けてしまっており、指示がワンテンポ遅れている。

 その間に足の速い一群数名は、二群の目前に迫っていた。


「は、反げ――」

「“青龍雷轟斬”――ッ!!」


 大岩を蹴り壊しながら高く跳躍したのは、Sランク冒険者――ルイン・アストリアス。太陽に煌めく金色の髪を舞わせながら華麗に宙を舞い、雷を纏った“逆巻ク終焉ノ大刀”を眼下の大地に叩き込んだ。


「な、何ぃぃ――ッ!?!?」

「地面が……!?」


 青龍偃月刀を叩き込まれた半径五メートルの大地が粉塵と化す。その結果、余波に呑まれた周辺の七人がクレーターの中で無様に転がった。


「何て威力だよ!?」

「ま、まだ――ッ!!」


 二群の面々は、ルインさんの一撃に驚愕と恐怖の表情を浮かべてこそいるが、彼らとて騎士団で言えば中の上、同様に冒険者もAランク中位クラスとあって、決して只者ただものではない。何とか起き上がって反撃に出ようとするが――。


「ひっ!?」


 切れ長の真紅の瞳に射抜かれた途端、一様に腰を抜かして立ち上がれなくなってしまう。審判が判断するまでもなく、戦意を喪失してしまっているのは明らかだった。


「ルインさんも滅茶苦茶やるなぁ……。まあ、手っ取り早くはあるんだろうけど……」


 相手への直接攻撃に対する制限が大きいのなら、地形自体を変える程の示威しい行動で戦意を根こそぎへし折ってしまえばいい。一群の講じたその作戦は、それはもう見事なまでに効果覿面てきめんだった。


「“イグニスブレイバー”――ッ!」

「“ハイドロアクエリア”――ッ!」

「“アースルスト”――ッ!!」


 雷の剛撃に続くかのように、炎の斬撃、激流の刺突、大地の拳撃が二群メンバーを強襲。どれも直接相手にこそ当たっていないが、地面や山面を深くえぐり取り、同様に相手の戦意を喪失させてしまう。


 攻撃を放ったのは、竜の牙ドラゴ・ファングの戦闘員――ジェノ・スクーロ、キュレネ・カスタリア、リゲラ・クラックの三名。


 たった四発の魔法――。

 それだけで分断された側の二群部隊は、全滅寸前。残されたのは、奇跡的に逃れた最後の一人のみ。


「悪いが、これで終わりだ!」


 だが、最後の一人も鼻先に剣を突き付けられて脱落。魔法を使わずに・・・・・・・仕留めたのは、前騎士団長の弟――ロレル・レグザー。


 これで殿として残った二十人は、全員戦闘不能となった。


 戦力の大多数を失った二群はさらに混乱。掃討まで時間の問題かと思われたが――。


「ま、参った――!」


 そんな時、手にした槍を弾き飛ばされた二群大将が、悲鳴のような声で降伏を宣言した。


 周囲には、戦う気力を失った九人と、それを見下ろす三人の騎士。

 青年二人――ブレーヴ・バーナ、ハーザド・ディス。女性騎士――ラピス・アダマント。騎士団長が遠征で鍛え上げた凄腕の三人の姿。


「勝者、一群――!」


 これで決着。


 二群全滅までにかかった時間は、僅か二十秒足らず。いくら出鼻をくじかれたとはいえ、ここまで大差がついている以上、勝負にすらなっていないのは明白だ。

 この試合時間と両者無傷という結果を加味すれば、瞬殺と称して差し支えない結果だろう。


「あぁ……確かに本気でやれとは言ったが……。いや、言ったよ……。だがなァ……」


 その試合結果を受け、視界の上端で騎士団長が天を仰いでいるのが見て取れた。


「ここまで本気でやれとは言っておらんぞぃ!!」


 そして、崖の上で頭を抱えながら嘆きの叫びを上げていた。

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