第87話 剣の継承
「それでどんな感じなんですか?」
「んー、もうちょっと調べてみないと何とも言えないけど、かなりの上物さね。ちょっと鍛えなおして本来のポテンシャルに戻してやれば、Sランクでも全然通用するレベルの名剣さ」
「Sランク……」
困惑する俺とは裏腹に、目の前の二人は白い剣を興味深そうに見つめながら言葉を交わしている。
「お嬢ちゃんみたいな娘が、こんなモンを一体どこで……。まさか自分で取りに行ったのかい?」
「いえ、帝都に来る少し前にジェノア王国に滞在していたのですが、その移動中、森林に落ちていたのを拾ったんです。その直前、街にモンスターの襲撃があったと聞いていたので、その時に誰かが落としたものかと……」
ジェノア王国、街へのモンスター襲来、消えた“ミュルグレス”――アリシアの発言には、思い当たる節しかない。
「当時のパーティーメンバーでは扱える人間もおらず、かといって落とし物を届ける先もないので、ひとまず手元に置いていたわけです。どうせなら、ちゃんとした人の手に渡った方がいいと思いましたしね」
「まあ、これだけの業物だ。確かにその辺の武器屋に管理を任せるには、ちと勿体ない品だねぇ」
マルドリア通り攻防戦――その中で俺たちは、知らず知らずのうちにアリシアたちとニアミスしていたという事なんだろう。
彼女たちと遭遇した時期や頻度を考えれば、同じようなルートでローラシア王国まで来ていたというのも納得の話だし、よく考えれば驚くようなことでもないのかもしれない。偶然の果てに“ミュルグレス”を手にしていたことを除いて、だが――。
「ん? どうしたんだいアー坊? さっきからこの剣を見ながら黙りこくっちまって……」
「何か気づいた事でもあるのかしら?」
「えっと、それは――」
会話していた二人は、呆然自失といった様子の俺に気が付いたのか、怪訝そうな瞳を向けて来る。まあ、今更隠すようなことでもないし、ありのままを打ち明ける事にした。
と言っても、明かせるのは、その剣がグラディウス家に伝わる宝剣だという事。
“ミュルグレス”の性能を引き出すには、グラディウスの血が必要だという事。この位のものだ。
それを訊いて神妙な顔つきになる二人――。互いに目配せしており、何事かと思った瞬間、衝撃の一言が飛び出した。
「そう……では、申し訳ないですが、売却の話はなかったことにしていただけますか?」
「嬢ちゃんが、それで良いなら構わないよ。まあ、アタシとしても、ちゃんと所有者が居る武器を受け取るわけにもいかないしねぇ」
二人が口にしたのは、“ミュルグレス”の所有権の破棄。
「これは貴方が持っているべきだと思うわ」
アリシアの視線に射抜かれる。彼女の手には、白い剣。
“ミュルグレス”を使って戦ったガルフは、狂化マンティコアに敗れて自分の武器を喪失した。
実際、ダンジョンで武器を失くすなんてのは、ままある事だし、探索中に冒険者が落としていった武器を見つけたなんていう記憶も多い。冒険者の中には、それを拾って換金する者もいるだろう。
街中での戦闘という特殊な例だったとはいえ、ガルフの身に起きたのはそういう事。第一、後継者として剣を執ったのはガルフだし、俺が“剣士”じゃない事にも変わりない。
別に今更、所有権を主張しようだなんていうつもりはなかった。
剣士にすらなれなかった俺と、伝統ある宝剣を守り切れなかったガルフが悪い。次代の頭首は、両方とも出来損ないだった。ただ、それだけなんだから。
でも――。
「――アリシアは、それで良いのか? 本当に……」
「ええ、貴方達の血筋でしか真価を発揮できないのなら、私が持っている意味はないでしょう? 元はといえば拾い物だし、そもそも返すという表現自体がおかしいのかもしれないけれど……」
俺は、その剣を手に執った。
「そうか……。ありがとう」
そして、掌に感じる重みを噛みしめながら、万感の想いを込めて言葉を紡ぐ。
(まさか、こんな形で手にすることになるとはな……)
グラディウス家に伝わる宝剣――“ミュルグレス”。
大陸屈指の名剣であり、武器でありながら美しさすら内包している宝剣。
本当なら俺が手にするはずだった剣。
嘗て、母さんが使っていた氷絶の剣。
巡り巡ってこの剣を手にした俺の胸に去来するのは、悲嘆と感傷と、ほんの僅かばかりの歓喜。我ながら単純な奴だと、内心自嘲した。
正直、これを手にする事に複雑な想いはある。今の俺が持っていても、お守り程度にしかならないだろうし、ある種俺が
例え、どんなに理不尽な目に合ったのだとしても、長男に生まれながら家督を果たせなかった俺には、“ミュルグレス”を手にする資格はないのかもしれない。どう転んだって俺は、“剣士”になれないのだから――。
(運命の
それでも俺は、この運命に感謝したい。
あれだけ苦労して、アホ親父をぶん殴って目を覚まさせたんだ。いつかグラディウスの家に返す時まで、この剣を持つ事くらいは許されてもいいだろう。
母さんの想いが込められた、この剣を――。
差し込む日の光を浴びて輝く白い剣を見ながら、俺は微笑を浮かべた。
「ん、んっ!」
だが、銀の少女の咳払いによって、思考の海に溺れた俺の意識は一気に引き戻される。
「……?」
気持ち半分で目を向ければ、頬を紅潮させたアリシアに、きまりが悪い様子で視線を背けられてしまい、その不可解な態度に疑問を感じざるを得ない。
「へぇ……アー坊もお年頃だねぇ。もうルインから乗り換えたのかい? それとも二人まとめて?」
「は、はぁ……?」
もしかしたら、俺が感慨に
とはいえ、話題に出ている内、片方はSランク、片方は本物のお嬢様という勝ち組代表みたいな人達だ。この間までGランクで
まあ、何はともあれ、帝都決戦に備えて頼もしい仲間が来てくれたことには違いない。俺達は“ミュルグレス”を含めた武器のメンテナンスを彼女にお願いし、ルインさんへの土産話を胸に久々の
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