第86話 グラディウスの剣

「――セルケさん……どうして帝都に?」


 俺はいきなり遭遇した恩人の存在に呆気に取られながら、その張本人に疑問を投げかける。何を隠そうセルケさんは、自分で店を構えている経営者。本来帝都に居るはずのない人間だ。

 しかも、ジェノア王国付近の武器屋と、この帝都は日帰りどころか一泊やそこらで往復できる距離でもないんだから、驚くのは尚の事。


「まあ、偉い人達にお願いされちまったからってとこだねぇ」

「偉い人?」


 その問いへの回答は、快活なセルケさんらしくないはっきりとしないモノ。そんな彼女に対し、思わず首を傾げてしまう。

 そんな時、隣のアリシアが一歩前に出て、セルケさんに声をかけた。


「――ダイダロス殿、お待ちしておりました」

「んー、アンタは?」

「私は、アリシア・ニルヴァーナ。貴方宛に書簡を出したランド・ニルヴァーナの娘です。このような形で、顔を合わせる非礼をお許しください」

「そうか、アンタが……。って、止めとくれよ! お偉い様んとこの娘さんに頭を下げられるなんて、きまりが悪いしさ! 呼び方だって殿なんてつけずに普通にしとくれよ!」


 二人の会話を聞いている中で、それとなく事情は把握できた。

 だが、それは事情の把握が出来ただけであって、どうしてセルケさんが帝都に来ているのかの理由の解明になっていない。怪訝そうな表情を浮かべながら二人のやり取りを見守っていると、そんな俺を見てキョトンとした表情を浮かべたアリシアが声をかけて来る。


「二人が知り合いだったという事には、驚いたけれど……もしかしてアークは、ダイダロスさんがどれだけ凄い人か知らないのかしら?」

「凄い人?」

「そうよ。セルケ・ダイダロスなんて言ったら、“巨獣殺し”の異名を持つAランク冒険者。今でこそ積極的な活動をしていないけれど、その筋じゃ有名な一流冒険者なのよ。何でも、ギガースを片手で振り回しただとか、オーガを素手で殴り倒しただとかっていう逸話が……」


 気概の良い女店主だと思っていた恩人の裏の顔を思わぬ形で知ってしまい、ギョッとして張本人に視線を向けてしまう。


「もう、昔の事を蒸し返すんじゃないよ!」

「あ、本当の事なんですね……」


 セルケさん照れくさそうに笑う。

 確かに女性としては、かなり体格の良い部類に入るであろうセルケさんだったが、流石に三メートルを超える筋骨隆々な巨人をぶん投げる姿を想像すると、少々現実味に欠ける気がしないでもない。


 だが、言われた事を否定しない辺り、アリシアの証言は真実だという事なんだろう。


「結局、セルケさんはどうして帝都に? 冒険者ギルドが関わっているみたいですけど……」

「ああ、それについては……」


 セルケさんは、アリシアに目配せし、視線を受けた彼女は無言で頷く。その呼ばれた事とやらの内容に緘口かんこう指令でも敷かれていたんだろう。大通りから路地裏に外れ、人影のない場所に移動した後、セルケさんの口が開かれる。


「まあ、この国がどんな状況にあるのかっていう事は、アタシもギルド総本部から知らされた。決戦に備えて、アンタら冒険者や騎士団がピリついてるってのもね。だからこそ、アタシはここに来た」

(――なるほど、“巨獣殺し”の本領発揮か)


 その発言を受け、途中まで想像していたギガースを放り投げるセルケさんの姿が鮮明なものになる。


「勿論、武器屋としてね。何考えてたんだい、アー坊?」

「いえ、何でも」


 そんな不埒な考えを感じ取られたのか、ジト目を向けられながら指先で頬を小突かれる。


「コホン!」


 ムニムニと頬を弄られていると、走り去っていった緊張感を呼び戻す様にアリシアの咳払いが響き、弛緩しかんしてしまった真面目な雰囲気が返って来た。


「今回アタシが依頼されたのは、冒険者、騎士の装備のメンテやなんかがメインだよ。この辺りは、どうしても消耗品だからねぇ。これだけ多くの戦闘員が実戦や訓練に全力で取り組む事なんて今までなかっただろうし、人手が多いに越した事はないんじゃないのかねぇ」

「……当然、理由はそうですが、父は武器職人としても一流であるダイダロスさんの腕を見込んで直接声をかけたのです。そんじょそこらの職人とは、扱いが違うと思っていただいて問題ありません」

「――まあ、そこまで言われちゃやるしかないさねって事だよ」


 そして、二人の会話によって、ひとまず疑問は解消された。直接剣を執るのは戦闘員だが、“戦い”はそれだけでは成立しない。武器や防具を実戦で使えるレベルに整備する事や、兵站へいたんの充実、医療設備の確保。戦闘員を陰で支えてくれるバックの存在が不可欠だという事。


 上の連中がその辺りの事をちゃんと考えてくれている事に安心する反面、セルケさんもこの戦いに巻き込まれるのかと、内心複雑な思いだった。


「――ったく、なんて顔してんだい。どうせこの大陸のどこに居たって危険なんだから、逆に考えりゃ帝都に居る方が安全さね。それに、これだけ人が居るんだ。精々一儲けさせてもらうさ」

「セルケさん……」

「というわけで、“ダイダロスの武器屋”帝都出張店ってとこさ。明日くらいには開店するから、アンタ達も武器や防具を持ち込んでくれて構わないよ。格安にしとくしさ」


 そんな俺を励ましてくれるかのように、セルケさんは快活な笑みを浮かべていた。ランドさんの時も思ったが、頼りになる大人という存在に慣れていない俺は、戸惑いながらもむず痒い感情に襲われてしまう。


「では、早速私の方から構いませんか? 勿論、買取は明日以降でいいのですが、価値が気になる武器がありまして……。良いものでしたら、ちゃんとした所で売りたいですしね」

「ああ、とりあえず見るだけなら構わないよ」


 そんな時、空気を断ち切る様にアリシアが口を開いた。何となくではあるが、彼女なりに気を使ってくれたのが分かって、一瞬固まってしまう。


「コレ、なのですが……」

「――ッ!?」

「ほう、これは大した業物――」


 そして、アリシアからセルケさんの手に渡ったのは一本の長剣。その剣は、素人が見ても上質だと分かる位、洗練した出で立ちをしており、名剣という言葉は、この為に存在するのかと思ってしまう程だった。


 だが、俺を驚かせたのはそんな所じゃない。その長剣に見覚えがありすぎた・・・・・・・・・からだった。


「よく良いこんなモン売る気になったねぇ」

「私の主兵装は弓ですし、持っていても宝の持ち腐れになるだけですから――」


 最早、二人の会話も上の空。俺の視線は、目の前の剣だけに注がれてしまう。


 何故なら、それは――。


 マルドリア通り攻防戦で喪われたはずの、グラディウス家に伝わる宝剣――“ミュルグレス”に違いなかったのだから――。

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