第85話 捨てた筈の日々

――帝都アヴァルディア。


 時刻は正午過ぎ、昨日の夕暮れからダンジョン探索に赴き、見事に半日と少しが経過していた。


「帰って来た、か……。しかし、一体何だったのやら……」


 帝都の西門前に戻って来た俺は、嘆息交じりに呟く。脳裏を過るのは、白銀の大聖堂での一幕。それは通常のダンジョン探索とは明らかに異なる、何か超常の力が働いたとしか思えない現象。

 多分、一生忘れる事はないだろう。色んな意味で――。


 いずれはあの場所について調べるのもいいのかもしれないと考えながら、俺は帝都のメインストリートに繰り出した。


「まあ、一息ついたら、またダンジョンで特訓だな」


 一睡もせずに一晩中動き回った俺だったが、身体の調子はすこぶる良い。きっと、白い女性が回復させてくれたんだろう。それこそ、あのダンジョンに赴く前よりも快調と断言できる位だった。

 そのおかげか、このまま睡眠を取らずに活動可能出来そうなのは嬉しい誤算だ。


「――お帰り、アーク」


 そんな風な思考にふけっていると、突如声をかけられる。視界に入って来るのは、風になびく銀色の髪。


「お、おう。ただいま?」

「ええ、本当に待たされたわ。こんな美少女を置いて、夜中に外に繰り出すなんて酷い人ね」


 細められた空色の瞳は、困惑する俺を非難するかのような光を帯びている。


「何か、用だったのか?」

「用事……という程の物ではないけれど、せっかくの休みだし一緒に出掛けようと思ったのに……」


 どこか不貞腐れたような口ぶり、一見すればつんけんした態度としか思えないが、アリシアの行動の裏側にあるものを感じ取った俺は、条件反射で口を開いてしまった。


「心配、してくれたのか?」

「ふん……自意識過剰も良い所ね。どうして、この私が……」


 考えなしに口から突いて出た一言によって、アリシアの頬が赤く染まった。そんな感情を向けられてむずかゆい思いはあるものの、それ以上に珍しい彼女の態度に笑ってしまった。


「何よ、もぅ……」


 そうこうしていると、アリシアはぷくぅっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。完全に拗ねてしまった。

 彼女に対しては、フリーズドライだのミステリアスだのと近づき難いイメージを抱いていたからか、こういう年相応の反応をされると、正直俺もどう返していいか分からない。


「いや、サンキュ。でも、大丈夫だから」

「大丈夫に見えなかったのよ。バカ」


 まあ、こうして反応してくれる辺り、本当に怒っているわけではないんだろう。どこか気恥ずかしさを感じながら、俺達はメインストリートに向けて足を進める。


「それで、どっか行きたい所でもあるのか?」

「いえ、特にここがというのはないのだけれど、せっかくだし帝都を見て回りたいなってね。曲がりなりにも大陸の中心なわけだし、見て損って事はないでしょう?」


 “気晴らしに付き合ってあげるから、一緒に来て”――アリシアの言葉は、きっとそういう意図があってのモノ。普段、棘の多い彼女にここまで言わせているんだから、流石に拒否という選択肢は俺にはなかった。


「――確かに、これは活気があるとかいうレベルじゃないな。地元の大通りが霞んで見えるよ」

「この大陸の中心だもの。物資も、人並みも、他の比じゃないわよ」


 飲食、服、雑貨、土産、ちょっと怪しい露店――目の前の大通りには、両手でも収まり切れない規模で色んな店が押し込まれており、人間の往来も凄まじい。


「なるほど、これが真の大都会。栄えてるって言葉の認識を改めた方が良さそうだ」

「ふふっ、あんまりキョロキョロすると田舎者丸出しって目立っちゃうわよ」

「いや、流石にこれは目移りするだろ」


 それこそ目の前の光景は、記憶に新しいマルドリア通りなど、路地裏の細道かと思えてしまう程の営みが繰り広げられており、その圧巻な様に思わず酔ってしまいそうだった。


「それじゃ、行きましょうか」

「ああ、そうだな。案内よろしく」

「りょうかーい」


 色々事情を抱えているとはいえ、俺もアリシアも本来なら遊び盛りの若者。豪華な店舗がこれだけ繁盛している様を見せつけられたんだから、興味と魅力を感じるのは当然の事だろう。


 俺達は道すがら気になった店に寄りながら、帝都でのショッピングに興じ始めた。


「和菓、子? ねぇ、アーク。こんな名前のお菓子訊いた事ある?」

「いや、全く……」


 アリシアは、甘い香りを放つ珍しい風貌をした菓子に興味津々。こういう所は、ちゃんと女の子してるようだと隣で見ていると、当の本人は俺の視線に気付く事無く、円型の饅頭まんじゅうに視線を注いでいた。


 そんなこんなでアイテムボックスから金銭を取り出そうとしているアリシアを制し、スマートに奢ってみせる。いくら女性との付き合いが薄い俺とは言え、ここが男の甲斐性の見せ所だというのを理解出来たからこその行動。


 そもそもアリシアとは同じパーティーなんだから、厳密に言えば奢ったことになるのか微妙なのはここだけの話だ。


「んー、甘すぎなくて美味しいわ。極東の島国発祥のお菓子らしいのだけれど、かなりイケるわね!」

「まあ、味は確かに……。その国、クオンだったか? 中々の繊細な食文化をしてるみたいだな」

「ええ、この国の料理は大味で濃い目だものね」


 しっとり柔らかい生地と中の黒い甘みを頰張るアリシアは、宛ら餌を口に詰め込んでいるリスの様。嬉しそうに笑う彼女の意外な素の姿に、思わず顔が綻ぶのを感じた。


 その後も、服やアクセサリー用品を扱う店舗、軽食店、娯楽用品店など、目についた店を片っ端から回っていく。それは多分、無職ノージョブだと知らされた時に切り捨てたはずのあたりまえの日々。

 こうして誰かと普通に街を遊び歩く日々が来るなんて、正直思ってもみなかった。少々気恥ずかしくもあるが、それ自体がきっと尊い感情なんだろうと、今この時を噛み締めるように天を仰ぐ。


「ん? アー坊じゃないか!?」


 そんな俺だったが、背後から聞き覚えのある快活な声音を受けて思わず振り返る。


「貴方は……!?」


 長い翡翠色の髪に、起伏に富み過ぎた女性らしい肢体をこれでもかと見せつける薄着。年齢を感じさせない若々しい様子と相反する包容力。


 セルケ・ダイダロス――。

 俺の職業ジョブに対応する武器――処刑鎌デスサイズと出会った場所、“ダイダロスの武器屋”の女店主が、あの時と変わらぬ豪快な笑みを浮かべていた。

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