第84話 想い、貫いて

「行くぞ――ッ!!」


 “虚無裂ク断罪ノ刃”を構えた俺は、先手必勝とばかりに正面から突っ込んだ。


「はああああああ――ッ!!!!」


 “真・黒天新月斬”――突っ込んだ勢いをそのままに加速斬撃を打ち放つ。だが、渾身の一撃は左手に携えられた白い剣によって受け止められ、そのまま斬り払われた。


「ちっ!」


 力任せに弾き飛ばされた俺は、空中で体制を立て直し、天井を蹴る。その勢いと重力によって加速したまま、もう一度同じ斬撃魔法を叩き込む。今度は片手では防げないと判断したのか、白騎士は柄を両手で握ると剣を一閃。自分の魔力と天井蹴りの二段加速をかけて魔法を放ったにも拘らず、通常の斬撃によって弾き返される。


 着地寸前で受け身をとるが、殺しきれなかった勢いの所為で火花を散らしながら聖堂の床を滑った。


「やっぱり、一筋縄じゃいかないか……」


 圧倒的な迫力を放ってそこに佇んでいるにも拘らず、それと相反するように希薄な存在感。幽鬼の様にも思える眼前の白騎士は、清廉な気高さと実体のない不気味さの二律背反で成り立っているようだった。

 無機質にして硬質――不確定要素の塊。理解できる事柄は殆ど無い。


 ただ一つ確信を持てたのは、奴の規格外イレギュラーのまでの強さ。一連の攻防で感じ取れたのはそれだけだった。


「攻撃してこない?」


 追撃に備えて即座に体を起こすが、肝心の白騎士はさっきの場所に留まったままでいる。絶好の攻撃機会だったはずなのにと、困惑しながら女神像の傍らで佇んでいる白い女性に目を向ければ、相変わらずの無表情。


「裁定者――あくまでコイツが知りたいのは、俺の力と胸の内……?」


 モンスターでも人間でもない存在――。何の確証もないはずなのに、俺は目の前の彼らをそんな風に認識していた。


「まあ、いいさ。お望みどおり、全力でぶつかるだけだ!」


 まだ様子見という可能性もある。向こうから攻撃されないと安直に判断するのは危険だと情報の更新も程々に、再び気を引き締めながら聖堂内を駆けた。


「逆巻け、剣群――!」


 “凍穿幻境とうせんげんきょう”――凍結させた地面から無数の氷の刃を突き出させ、具現化させた剣群が白騎士を強襲する。


『……』


 範囲攻撃を目の当たりにしても白騎士は微動だにしない。希薄な存在感のまま佇むのみ。それを目の当たりにした瞬間、俺は奴の横に回り込む様に方向転換しながら刀身に漆黒を灯す。


 氷の剣群は相手の目を逸らすための陽動。本命は、俺自身からの直接攻撃。レオンに対してと同様の攻め方。


 しかし、この白騎士はレオンとは格が違う。迫る剣群に一切動じることなく、力の乗った剣戟を繰り出して来る。


「斬る――ッ!」

『……』


 氷の剣群は瞬時に斬り払われ、今度は互いに大技をだすことも、距離を取ることもしないで十合、二十合とひたすらに打ち合いが続く。だが、重量級の長物である処刑鎌デスサイズと中重量の長剣では、間合いも攻め方も違い、狙いも異なる。


 俺は白騎士の剣戟を極力回避、もしくはコンパクトな振りで捌きながら懐に潜り込まれないようにある程度距離を保ちつつ、自分の斬撃や氷結の槍を相手の首や胴、肩、腕といった装甲の薄い部位を狙い繰り出していく。

 対して白騎士は、やはり積極的に攻めてこないのかカウンター主体。しかし、自分の戦い方で攻め続けている俺の攻撃は、完璧にシャットアウトされている。


 いつ終わるとも知れぬ斬撃の応酬だったが、その均衡は唐突に崩れた。


『“スペクトルイノセント”……』


 白騎士が初めて言葉を紡いだ瞬間、今までの剣戟とは桁が違う出力で魔力が付与された斬撃が繰り出された。


「――ッ!?」


 回避は不可能。

 後手に回れば確実に消し飛ばされる。


 神聖な光を放ちながら迫り来る斬撃に対して瞬時にそう判断すると、突貫作業で生成した氷結の槍を射出。その後、刀身に蒼黒を纏わせて斬撃魔法で迎撃した。

 だが、相殺しきれなかった斬撃の大部分が襲い掛かって来る。


「がっ!?」


 “黒天氷刻斬”と“ブリザードランサー”で二重迎撃しても尚、相殺しきれない凄まじい熱量と衝撃――。

 さっきの斬撃の比じゃない威力で力任せに吹き飛ばされた俺は、広いホールの端――自分の入って来た大扉に背中を叩き付けられた。


「はぁ、はぁ……くっ……」


 今の俺は、処刑鎌デスサイズの柄を支えにどうにか立っているような状態。さっきの斬撃で体力の殆どを持っていかれたと言っていい。

 どうにか凌ぎ切って、自分が五体満足で立っていられる事に驚いてしまう程の威力だった。


 だが、それ以上に俺が驚愕したのは、その魔力性質。


「何だ、今の斬撃……」


 これまでの旅や帝都での一幕によって、現存する魔力属性は一通りた。しかし、あの白騎士が放った魔法は、そのどれとも異なる未知のモノ。

 唯一の例外は魔族が使う“闇”属性だが、それとも一致しない。


 “闇”と相反する力、高潔にして神聖――それは“光”の魔法。


 神話の時代に現れた、勇者だけが使えたと伝わっている魔をはらう浄化の光。実際に、その属性が存在するかも分からないのに、本能がソレを理解しようとしていた。


「――やはり追撃してこない。まだ俺を見定めてくれる気はあるって事か……。しかし、突破口が見当たらない」


 そんな不思議な感覚と同時に俺に圧し掛かって来るのは、手札を一つずつ潰されていく絶望感。この相手に対して、活路が見いだせていないというのが正直な所だった。


「でも、そうじゃなきゃここに来た意味がない、か……」


 だが、この感覚こそ俺が求めていたモノだったんだろう。


 心臓が激しく鼓動を刻み、全身の血が逆流しているかのような感覚。

 途方もない絶望によって、自分の刃が研ぎ澄まされていく感覚。


「今を乗り切れば、俺は更に前に進むことが出来る。まだ、立ち止まるわけにはいかない」


 狂化オーガ、マンティコアやマルコシアスとの戦闘を始めとして、明確に自分が強くなったと実感できた裏には、常にこの感覚があった。

 今の俺に必要なのは、きっと――。


「どの道、小細工が通用する相手じゃない。なら――」


 持てる全力を正面からぶつける事。


 為せることを総動員し、自分の限界に挑み続ける。無理でも無茶でも貫き通す。

 俺に出来るのは、いつだってこれしかないんだから――。


「黙示録より来たれ……氷獄絶刃――ッ!!」


 氷の属性変換と共に、ありったけの魔力を全面開放。

 ペース配分も何もない無茶な魔力行使の余波で大聖堂の床は凍結し、表面から鋭利な氷柱つららが出現する。俺自身までもが、抑えきれずに溢れ出した冷気で凍り付いていく。


『……』


 無言で佇む白騎士を尻目に、全魔力を氷のとげを纏ったかのような巨大な結晶体に収束、最大の一撃を放つ為の準備を完了させる。


 これだけが唯一の突破口――俺自身を覆う氷の殻を破り、漆黒で刀身を巨大化した処刑鎌デスサイズで結晶体を斬り裂く。


「“アブソリュートアポカリプス”――ッ!!!!」


 氷の結晶は、蒼い魔力を発しながら鋭利な刀身と化し、螺旋の様に纏わり付く漆黒の魔力と共に飛翔する。


『“スペクトルイノセント”……』


 眼前からは極光の斬撃が迫り来る。


 互いの魔法が正面激突。余波だけで身体が吹き飛びそうな程、凄まじい衝撃が大聖堂を吹き抜ける。


「貫け――ッ!!」


 思わず消し飛びそうになる身体と意識を抑え込みながらも限界以上の魔力を捻り出し、撃ち放った氷結刃が光波を裂くように突き進む。


『……』


 限界突破と一点集中。

 刺し穿った氷結刃が炸裂し、白騎士諸共、眼前の大聖堂を凍結させた。


 今の実力に見合わないグラディウスの奥義。もし御しきれなけば俺自身が吹き飛んでいただろうし、照準が狂わずに正面激突に持ち込めたのも嬉しい誤算。押し勝てたのも限りない僅差。どれか一つにでも狂いが生じていれば、俺は間違いなく死んでいた。

 生き残れたのは奇跡とすら言っていい。


 でも、それでも――生き残った。


 緊迫した戦いを切り抜けて安堵したからだろうか、戦闘中に分泌されていたアドレナリンの為に感じていなかったであろう、それらの重圧による疲労が一気に押し寄せて来る。


 かといって倒れるのは……というちっぽけなプライドからか、“虚無裂ク断罪ノ刃”の柄を支えに寄りかかる。


「はぁ……」


 そうして一息ついていると、俺と白騎士が闘っている最中もずっと女神像の前に佇んでいた女性が近寄ってきた。


『強き意思を持つ者よ。貴方の想い、確かに受け取りました』


 そこで一区切り置き、女性は微かに微笑んだ。それと同時、周囲が閃光に包まれる。気づけば、氷柱つららや斬撃痕、戦闘の形跡が消え失せ、聖堂は元の状態に戻っていた。

 呆気に取られながら張本人に視線を向ければ、彼女の傍らには、件の白騎士が何事もなかったかのように佇んでいる。


『その想いに答え、貴方に相応しい器を授けます。貴方のこれからの旅路に、聖なる加護が有らん事を――』


 女性がそう言うと、彼女を中心に大聖堂が再び光り輝き、目の前で発せられた眩い光の影響で思わず目を閉じてしまう。


 閃光は一瞬――。


 目を見開けば、女性も白騎士も姿を消しており、戦闘中は閉め切られていた背後の扉も開け放たれている。

 きっと立ち去れという事なんだろう。

 俺という存在を見極め終えたのか、あの閃光を浴びて以降、戦闘中で負った怪我や倦怠感も消えていた。


「――確かにコイツ程、俺に相応しい器は無いのかもな……」


 そんな中、唯一残されているのは、多少格好は違うが見覚えのあるシルエットをした物体――。


 漆黒の柄、金色の刃、白銀の装飾で形作られた流麗なソレ・・は、確かに俺だけ・・・に相応しい器だと、この手を伸ばした。

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