第83話 禁忌纏フ聖域
帝都アヴァルディア近郊のSランクダンジョン――黄昏眠ル白夜ノ霊峰。
この切り立った山々は、帝都とそこまで距離が遠くないながらも人の手を離れた僻地として独立しており、中腹辺りからの山面が水晶の様に透き通っているのが特徴的だ。
「Sランクダンジョンって割には、モンスターの影が無さ過ぎる。一体どうなってるんだ」
警戒を厳に周囲を見渡して呟く。だが、それに対する返答はない。無機質な水晶壁が俺の横顔を鏡のように映しているだけだった。
何故、返事を返して来る者がいないのか、それは誰ともパーティーを組まずに行動しているからだ。しかも以前の様に、ルインさんが遠巻きに見守っているという事もなく、完全なソロ。
「まあいい。ここで足を止めるなんて選択肢は、最初からない」
Sランク認定されているダンジョン――そこは大陸の中でも指折りの危険地帯。如何に冒険者ランクSでも、余程の事でもない限り実際に挑む者は殆どいない。
はっきり言って、こんな所に自分から来るなんて、完全に頭がどうかしているとしか思えない。そう断言しても、驚く者はいないだろう。
では、どうして俺が、こんな危険地帯で単独行動を取っているのかといえば、単純に明日の訓練が休みだからに尽きる。つまり今は、訓練を終えて寝たら、翌日が休みという華の仕事帰りだという事。
しかし、それは状況の説明であって、本質的な理由は別にある。
「危険でなければ意味がない。無理でも無茶でも貫くしかないんだからな」
何故、俺が周囲の人間を連れずにここにいるのか――それは、俺自身の力をもっと高める為。
この一週間、皆横並びになって訓練に取り組んでみたが、全く強くなっている気がしない。ルインさんと出会ってから帝都に来るまでの日々に比べれば、あり得ないくらいの進展の無さだった。
(俺も他の連中のことを悪く言えないな……)
こんな事をやっている場合じゃない。訓練中は
確かに騎士と冒険者の共同戦線は勝利のために不可欠だが、それを取りまとめるのは指揮官連中に任せておけばいい。それらを繋ぐ潤滑油として最低限動く事に異存はないが、自分の道の妨げになるのなら話は別だ。
俺は俺なりの目的と覚悟を持って、この戦いに参加する事を選んだ。他人の都合でそれを曲げるなんてありえないのだから――。
(――それにしても本当に静かだ。これじゃ危険なダンジョンどころか、壮観な絶景スポットだな)
さっきから眼前に広がっているのは、相も変わらず水晶壁で彩られた光景。これまでの武骨なダンジョンとは打って変わって、どこか神秘的ですらあった。
人間はおろか獣の姿も見られず、自然の中にありながらどこか不気味なまでに――。
「――こんな山の中に、神殿? いや、聖堂……か?」
緊張を滲ませながら暫く歩いていると、程なくして山頂付近に到着。そんな俺の目の前には、純白の建造物が
「何がどうなっているんだ……」
ダンジョンだというのに全くモンスターに遭遇しなかった事。
どこか神聖さを感じさせる大聖堂。
いくら危険地帯のSランクダンジョンとはいえ、これは明らかな異常事態。今すぐ引き返すべきだろう。
だが、俺の足はその場に縫い付けられたかのように止まってしまう。
「これ、は……?」
眼前の大聖堂が薄い光を放った。俺は何があっても対処できるように待機状態の得物を出現させ、目を細めて残光に耐える。
『――汝、何故ここに来たのですか?』
光が収まり、大聖堂の前に現れたのは一つの影。
髪、瞳、肌、そして着ている服までもが白、もしくは白銀という様な色で構成された“白い女性”。美しいを通り越して神々しくもあるその女性は、能面の様な表情のまま首を傾げた。
『汝、何故戦うのですか?』
押し問答というわけなのか、白い女性は矢継ぎ早に言葉を飛ばして来る。決して大きくないはずの無機質な声には、どこか有無を言わせない迫力があった。
この問いに何の意味があるのかは分からない。この問いに対して計算高い答えを返す術も、正しい答えを導き出す術も知らない。
ただ、胸の内にある想いを口に出す事しか出来ない。
「譲れないものがある。貫き通すには力が必要だ。世界に負けない力、誰も否定できない程の力が――」
誓いを果たせていない。何も護り通せていない。
そして、今のままでは間違いなくそれを覆す事は出来ない。
その状況は、俺にとって決して許せない事だ。
例え自分の命が危険に晒されようと、自分が成している事が他人から非難されようとも関係ない。立てた誓いを貫く事が出来ないのなら、俺に生きている資格なんてないのだから――。
「それを得る為に、俺は此処に来た」
そう答えると、無表情だった女性が、悲嘆と微笑が入り混じったかのような表情を浮かべた気がした。
『――ようこそいらっしゃいました、強き意思を持つ者よ。
女性の言葉と共に大聖堂の扉が開かれ、白い建造物がより一層存在感を増す。
『こちらへ』
そう言いながら、白い女性は大聖堂の中に入っていく。
「正解……だったのか?」
今すぐ離脱するべきだ。この地点なら辛うじて脱出用のアイテムも使えるはずだし、これからの事を考えれば、こんな超常現象を真に受ける必要なんてない。
だが、目の前の光景に軽く呆けていた俺は、意を決して前に踏み出した。
俺達が討つべき相手は、常識の
ならば、リスクを背負ってでも前に進むべきだ。
欲求を棄て、心を殺し、物事を俯瞰的に見ようとし続けて来た俺にとって、ありえない選択。感情が理性を上回った、数少ない瞬間だったのかもしれない。
白い女性の後を続くように長い石畳を数分歩き、大聖堂の扉へと辿り着く。
すると、何をするでもなく一人でに扉が開いた。
『ここが“クレイス・アウローラ大聖堂”、その中心です』
「入れって事か?」
女性は無言で頷き、扉の向こうへと消えていく。
「今は夜更けのはずなのに夕陽? それに女神の像……? 」
目に入る情景は、不気味なほど神秘的。
広い聖堂には豪華な装飾が施されており、最奥の大窓から差し込む黄昏の光が白い女性と、彼女と瓜二つの女神像を照らしているのが印象的だった。
『……』
女神像の前まで来ると、先に着いていた女性がこちらへと振り返り、口を開く。
『強き意思を持つ者よ。ここで貴方の想いを、覚悟を、示して下さい』
女性がそう言うと、俺の目の前に蒼白い球体が現れた。
「な――ッ!? これは!?」
その球体が強く輝くと共に衝撃波が発生し、俺の体が吹き飛ばされる。
「ぐっ!?」
地面に叩きつけられる寸前に受け身をとった。そのまま
未だに輝き続けている球体へ目を向けると、ソレは一際強く光を発し、俺と同じくらいの大きさへと変化した。
「剣士……いや、白騎士?」
それは細く引き締まった体躯をした青年――。その風貌は、俺を誘った女性と近いものがあり、携えられた純白の長剣と相まって、恐らく敵である相手に高潔さすら覚えていた。
『彼は守護者。そして、裁定者。貴方の想いを示してください』
警戒を滲ませながらもどこか呆けていた俺だったが、女性の言葉を聞いて自分の中で一気に戦意が膨れ上がるのを感じ、自らの想いを貫く為、
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