第82話 罪と罰と

 今日の訓練も終わり、俺たち三人は帰り支度を進めている。


「本当に大丈夫なの? 今日はちょっと様子がおかしかったけれど……」

「別に大丈夫だって。訓練はちゃんと受けてただろ?」

「それはそうですが……」


 武器を格納し、装備を解除。訓練場の出口に向けて歩き出した時、アリシアたちから怪訝と気遣いが入り混じったような視線を向けられた。

 核心を突かれた感は否めないが、これは俺の問題。二人の前では、極めていつも通りに振舞おうとしていたが――。


「すまない。少しいいだろうか?」

「この間の……。まあ、別にいいけど」


 そんな時、見覚えのある少年騎士に声をかけられた。この間の件もあり、アリシアに目配せすると、彼女は肩を竦めながらエリルを連れて立って先に宿へ戻っていく。


「それで、何か? 正直、声をかけられるほど仲良くなった騎士の人はいないと思うんだが?」

「確かに冒険者の事を好意的に思っている騎士団員はいないさ。正直、俺も君達が来た事に対しては、懐疑的になっている」

「……だろうな」

「でも、俺は君たち冒険者の真意を訊きたいと思っている。何のために戦うのか、何を思って帝都に来たのか、君たちの口から直接訊きたかったんだ。そうでなければ、とても背中なんて預けられるわけがない」


 少年の口から紡がれるのは、帝都にやって来て状況を引っ掻き回している俺たち冒険者へ向けた言外の糾弾。流石にこういう形で接触されるとは思っていなかったが、それを向けられる覚悟自体は出来ていた為、動じることはない。

 後で陰口を叩かれたり、訓練中に妨害されるよりはマシかと少年騎士に向き合った。


「蘇った神話の魔物に対処するには、全ての力を結集するしかない。その為の共同戦線の申し入れ――基本的には、新騎士団長から伝えられた通りだと思うけど?」

「本当にそれだけなのか? 正直、帝都に来てからの冒険者たちを見ていると、とてもそんな高尚な目的があるようには思えない」

(は、反論出来ない……。よく考えたら最初にコイツと顔を合わせた時も、散々ふざけてたしなぁ)


 俺達の視点からは名前負けしてる騎士団の情けなさに目が行きがちだが、彼らからすれば冒険者の行動にも思う所があるんだろう。


 しかも、ギルドの推薦を受けた冒険者とはいえ、やはり騎士へのコンプレックスは少なからずあるようだし、俺達が模擬戦で勝ってしまった事によって増長している面も少なからず見られる。


 実際、冒険者と騎士の小競り合いは激しさを増している。取り返しがつかなくなる前に、何かしらの手を打たなければならないのは事実だろう。


「個々がどう思っているかは知らないが、冒険者全体としてはさっき言った通りだ。じゃなきゃ、リスクを冒してまで帝都に乗り込んだりはしない。今の団長とだって、この間が初対面だしな」


 ここまでスムーズに共同戦線を取り付けられた今の状況は、偶然の産物。俺からは、ありのままに事実を伝える事しか出来ない。

 少なくとも向こうから危害を加えてこない限りは、敵対するつもりなどないのだから――。


「まあ、冒険者側にも非はあるのは否定しない。でも騎士団員の振舞いにも十分問題あると思うけど?」

「それについては、申し訳ないと思っている。だが、兄さ――騎士団長の代戻りの強行と、タイミングを合わせて冒険者の帝都参入。これが君達の描いたシナリオ通りだとするのなら、いずれ騎士団を乗っ取られるんじゃないかと疑心暗鬼になっている者も多いんだ。現にたった一週間で騎士団は様変わりしてしまったし、冒険者も増えている」


 俺は少年騎士の発言に二重の意味で驚いていた。


 一つ目は、騎士団内部の動きについてだ。この間、アリシアが言っていた通り、冒険者と騎士は水と油。似て非なるものを無理やり混ぜ合わせるんだから、最初から上手くいくはずがないと思っていたが、まさかそんな捉え方をされているなんて正直予想外だった。


 もう一つは――。


「兄さんって?」

「――俺はロレル・レグザー。元騎士団長のレオンの弟だ」


 さっき彼が口走った単語に端を発するものだ。


「そう、か……。それは済まなかった」

「いや、謝らないでくれ。余計に惨めになるだけだ。それに良くも悪くも破天荒な新団長殿は、俺をあの兄の親族という理由で冷遇したりというのはなかったし……」

「お兄さんは……?」

「……」


 俺が傲慢な態度の男を思い返しながら固い声で呟くと、ロレルは無言で俯いてしまう。騎士団の腐敗に刃を入れるのだとすれば、その象徴であるレオンがどうなるかなんて想像するまでもない。

 追放どころか、これまでの横暴な振舞いの中で犯した色んな罪に問われている事は容易に想像がついた。


「さっきも言ったが、謝罪は必要ない。元はと言えば、兄に大きな問題があったわけだからな」


 それに権力者の親族から大転落したロレルも、フェルゴ団長以外からは冷たい目を向けられて社会的制裁を受けている真っ最中なんだろう。


「正直、まだ俺も色々割り切れていない。逆恨みというわけじゃない。でも、一度君と話してみたかった。それ位は、許されるだろう?」


 彼の沈んだ表情が、辛い現状を物語っている。


「――他の冒険者達はともかく、あの場で戦っていた君達は信用してもいいのかもしれない。語らう中で少しずつそう思い始めているよ」

「どうしてだ? お前からすれば、俺達は外敵でしかないはずだ。それもとびっきりのな」

「君達の力は本物だ。下賤な想いでここに来たわけじゃないというのも、あの戦いとこの一週間の中で徐々に分かって来た。少なくとも、足を引っ張り合う者達とは比べるまでもない」


 しかし、そんな表情を浮かべながらも、兄を廃したはずの俺への敵愾心をぶちまけるのではなく、自らの原動力にして前に進み始めているようだった。


「それに――本当なら、兄を止めるのは僕の役割だった。君の様に力と才能があれば、こんな風に致命的な破滅を迎えなかったのかもしれない。君達よりも自分の無力さが恨めしい」


 だが、そこからの会話は殆ど上の空だった。


「才能? 俺が?」

「俺と変わらない歳で、兄を相手にあれだけ堂々と戦い抜ける奴なんて大陸を探したってそうはいない。正直、羨ましく思うよ」


 ロレルの抱いている想いは、今の、そして嘗ての俺に近いものだったから――。

 何より、グラディウスの名以外は取り柄がないどころか、何もできない無能だと言われ続けて来た俺にとって、誰かから本質的な羨望を向けられたのは初めての事だったから――。

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