第81話 無力ノ罪禍
俺たちが帝都騎士団の訓練に参加するようになって、早一週間――。
ギルドから追加派遣された事で帝都に滞在する冒険者も徐々に増え始め、俺たち自身も騎士団の他の大隊と顔を合わせる機会が何度かあった。これだけ聞けば、漸く共同戦線らしくなってきた気がしないでもないが、その実情はかなり悲惨だ。
「ねぇ、こんな事をしていて大丈夫なのかしら? 正直、手応えが全くないのだけれど……」
「同感ですね。連携以前の問題な気もしますし、あまり参加する意義を感じられません」
今日の訓練を終えたアリシアとエリルは周囲を見回し、吐き捨てるように呟く。
一口に帝都騎士団と言っても、数多くの隊列が組まれている。その区分けは、各々の適性や力量を鑑みて役割事にバランスを重視して組まれたものであるが、冒険者の参入と騎士団長変更をきっかけに、帝都決戦を見据えて大きな見直しをかけている最中だった。
実際、この一週間の中でもかなりの人員異動があったし、俺達七人も別の隊に振り分けられている。普通に考えれば当然だが、結果としてこの事が更に事態の悪化を招いてしまっていた。
「まあ、全く得る物がないとまでは言わないが、正直時間の無駄だな。早く手を打って貰いたい所だが状況が状況だ、どうしても時間がかかるんだろう」
「はぁ……悩ましい所よね」
「ああ、俺達に残された時間は数ヵ月かもしれないし、もしかしたら後一日かもしれない。こんな不安定な状況なんだから、少しでも早く反撃体勢を整えなければいけないんだけどな」
俺も熱を帯びる苛立ちや焦燥感を呑み込みながら、今の状況を嘆息と共に吐き捨てる。
「上から押さえつけてどうにかなるものではないですし、やりすぎると除隊者が出ないとも限りません。こればっかりは各々の意識改革……気の持ちようになってしまいますからね」
帝都騎士団は、大きく三階級に分かれている。正式名称は別にあるが、分かりやすく区切るとすれば、優秀な順に一群、二群、三群といった所だろう。
遠征、遊撃、重要施設、重鎮防衛といった花形、これぞ帝都騎士団という役割を持つのが一群。ルインさんと
次いで、二群はそのサポート。今までは主要人員の大多数が不在だった為、実質的な一群待遇をされていた。飛び抜けてはいないが、程々に優秀。そんなポジションだ。
そして、三群は更にその補佐となっている。しかし、補佐と言えば聞こえはいいが、実質的には戦闘員とは名ばかりの雑用。市民の問題を解決する衛兵的な位置付けであり、一言で表せば実戦で活躍できる見込みのない連中の詰め合わせだ。
因みに俺とアリシア、エリルは暫定ではあるが、ここに所属している。
「意識改革ね。それは冒険者にも騎士、多分俺達にも言える事だけどな」
「ええ、問題は山積みですね。まあ、各々の勢力内だけでも意思統一が出来ていないのに水と油を無理やり混ぜ合わせようとしているのですから、最初はしょうがない面もあるのでしょうけど……」
今回の冒険者参入、騎士団長就任と遠征組帰還によって部隊編成が大きく変わったという事は、元々所属していた騎士達の大多数は階級落ちしてしまったという事。
実質的に一群待遇だった二群は本来の立ち位置へ戻ったし、訓練中の動きが悪ければ降格処分。更にルインさんやギルドから派遣されてきた冒険者の参入によって、一群と二群の面々は席を奪われたという側面もある。
決戦に備えて部隊編成を見直しているわけだが、騎士団視点からすれば同僚といがみ合うよりも冒険者参入を恨む方が手っ取り早いとあって、
実際、俺たち三人がルインさん達と分かれたのも、そんな団員への
「じゃあ、冒険者と騎士でそれぞれで分ければいいって単純な話でもないものね」
「ああ、帝都全土が決戦の舞台なんだ。隊が分断されたり、途中合流なんていうのは普通に考えられる。実戦では都度、戦況に応じて臨機応変に対応しないといけない。いざっていう時に、連携出来ないのは致命的過ぎるからな」
「そうですね。個の戦力では負けていますし、これをどうにかする手立てがあるのだとすれば必然的に今の内に慣らしておくのが手っ取り早いですから。実際、現状でも足の引っ張り合いなわけですしね」
個の戦力で負けているから連携するしかない。
その現実は、俺の両肩に重く圧し掛かって来る。
(俺は何をやっている。こんな訓練の真似事をやってる時間なんて無いはずなのに――)
敵の
(奴を討つのなら、もっと力が必要だ。もっと
前回の戦い――俺達は七人がかりで奴に本気を引き出させるので精一杯だった。右腕を奪ったにしろ、奴がこっちを殺すつもりで戦っていたとすれば、あんな正面からの力比べに持ち込めなかっただろうし、それだけ奴が戦い自体を愉しんでいたという証明なんだろう。
つまり、必死に戦う俺達を嘲笑える程度には、手を抜いていたという事でもある。マルコシアスに敵扱いされたのは、ある意味名誉なことだが、奴を討てなかった以上、意味はない。
このままの状態では、マルドリア通り、ポラリス――そして、リュシオルの様に沢山の命が血煙となって失われるのは目に見えている。奴の目的が人類を廃することである以上、遅かれ早かれルインさんたちもいずれは――。
(結局、俺は何も変わっていない。
その無力さで母を殺し、家族を壊したのは誰だ。
力を手にしたつもりになって、ルインさん――仲間たちを護れなかったのは誰だ。
無力は罪。停滞は許されない。
剣を執れ、足を止めるな。
戦え、戦え。
そんな怨嗟の声が俺の脳裏に満ちていく。
(もっとだ。俺はもっと前に進まなければ……。こんなところで立ち止まっているわけには――)
これ以上失うわけにはいかない。今度こそ、絶対に――。
「アーク?」
「――ッ!?」
「どうしたの? 随分と怖い顔をしていたけれど……」
思考の渦に埋没していた俺は、アリシアの鈴の音のような声で現実に引き戻される。声をかけて来たアリシアを見れば、彼女とエリルは不安げな顔を浮かべながら俺に視線を寄こしていた。
「いや、何でもない。ちょっと考え事をしてただけだ」
気持ちの揺れを周囲に悟られた俺は、内心自嘲しながら心配してくれている二人に曖昧な答えを返すことしかできなかった。
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