第80話 ビックバンサイズ

「ああ、手短に済むなら別に構わないけど……」

「感謝する」


 見た感じ年齢も同じくらいだろうし、敬語を使う必要もないだろうと判断した俺は、目の前の少年騎士に向き合う。


「――と、その前に……そこの彼女は別の所に行っていてくれると嬉しいんだが」

「ん?」

「はぁ、んはぁ……」


 突然声をかけられ、騎士団に知り合いなんぞいるはずがないと困惑していたが、少年騎士は息を荒くして俺を背もたれにしているエリルを見ながら、言葉を濁した。


(なんか、急に押しが弱くなったな。それに顔真っ赤だし……。もしかして、照れてるのか?)


 ルインさんやキュレネさんのように人間離れした美貌って感じじゃないが、エリルも十分人目を惹くスレンダー美少女だ。そんなエリルが熱に浮かされ頬を染め、半開きの口から艶めかしい吐息を漏らしながら男によりかかっているというのは、それなりに刺激が強い光景という事なのかもしれない。


(いやー、そんな頃が俺にもあったのかも。最初はルインさんの顔見るのも恥ずかしかったりしたしなぁ……。今となっては、色々ありすぎて耐性がついてきたけど……)


 そんな少年騎士の初心な反応に、心なしか穏やかな気分になったのはここだけの話だ。もしかしたら相手の方が年上の可能性もあるが、それは気にしない方向でいこう。


「ちょっと、ダーリン。私はどうすればいいのかしら?」

「何がダーリンだ。というか、相変わらずその猫撫で声はどうやって出してるんだよ」

「さぁね、知りたいのなら確かめてみる?」

「いや、止めとくよ。俺だって命は惜しい」

「あら、それは残念」


 隣に居たアリシアは、普段の涼しい表情から一転、時折見せる悪戯っ子のような一面を見せて擦り寄って来る。手持ち無沙汰になって遊び始めたアリシアに対し、相変わらず懐かない猫みたいな奴だと内心呆れてしまう。


「――お、お前は、じ、女性を二人も侍らせているのか!? それも公衆の面前でなんてふしだらな!?」

「いや、どう見ても片方は背もたれ扱い、もう片方は茶化しに来てるだけだと思うんだけど」


 いつの間にか蚊帳の外になっていた少年騎士は、変わらず赤い顔をしながら俺達を指差して来た。


(女遊びは、そっちの専売特許な気もするんだけどな)


 こういっちゃアレだが、騎士なら女性なんて選びたい放題だろうし、実際そう言った理由で騎士団に入った人間も一定数居るはずだ。

 実際今でこそグロッキーなものの、挨拶の時には女性陣に下賤な視線を向けている者も多かった。ルインさんと戦った相手だけが下心全開ってわけじゃないんだろう。

 まあ、冒険者もモラル的に拙い面も多いから、あまり人の事は言えないわけだが――。


「い、いや……。だが……」

「楽しそうな事話してるわねぇ。 ふしだらお姉さんズも話に混ぜてよん!」

「ちょっ!? 私も仲間に入れないでください!!」

「あ……えぇ、っ!?」


 そうこうしていると、ルインさんと肩を組んだキュレネさんが俺達の間に割り込んで来た。訓練後だからか頬を上気させているふしだらお姉さんズ歩く十八禁の出現に、少年騎士は耳まで赤くして俯いてしまう。


 だが次の瞬間、キュレネさんが言い放った一言で少年騎士どころか、周囲に途轍もない混沌カオスの渦が巻き起こる事となる。


「あら? だって部屋じゃ、随分とセクシーだと思うけど? おっきなおっぱい半分以上放り出して歩き回ってるじゃない!」

「なんてこと言うんですか!? 別に普通の格好しかしてません!」


 それは秘密の花園女子部屋での出来事の大暴露。しかし、まだ序の口。


「大体、裸で歩き回ったり、私がお風呂に入ってると突撃してきたりしてるんだから、キュレネさんの方がおかしいじゃないですか!? 泊ってる部屋も違うのに!」

「やーねぇ、コミュニケーションよ。コミュニケーション! それにしても、ルインちゃんのおっぱいは凄かったわねぇ! 全然手に収まんないどころか、大きく過ぎて零れて来ちゃったしぃ! 大体、ひゃく――」

「わー! 人前で何を言い始めるんですか!!」


 顔を真っ赤にして反論するルインさんと妖艶な表情を浮かべるキュレネさんの会話は、美女同士の百合百合しいやり取りを赤裸々に、そして艶めかしく明らかにしてしまうものだった。


「ま、マジか……。あのお堅い感じから、そんなスケベな部屋着を……。そして、三桁越えのビックバンサイズ!!」

「ぜ、全裸……!? それはつまり生まれたままの姿!!」

「あの二人が、風呂場で絡み合う……だとォ!?」

「あ、間に挟まれたいィィィィ!!!!」


 しかも、キュレネさんがわざと聞こえるような声で話し始めたせいか、周囲の野郎連中は内股で前屈みになりながら恍惚そうな表情を浮かべている。最後に叫んだ奴は色々危険そうなので、今すぐクビにして牢にでもぶち込んでおいた方がいいのかもしれない。


「アハハハハハ……。どういう生活してたら、あんな風になるんだろうね」

「こちとら腹回りしか肉が付かないのに……」

「はぁ……お姉様ぁ……」


 それと並行して、死んだ魚のような眼をした女性陣は自分の胸元をペタペタと触りながら呪詛の様に何か呟いている。後、中に交じってる変なのは、叫び散らかしている変質者と一緒に隔離しておくべきだろうと内心感じた。


「フフフ……面白いお話ですねェ」

「ええ、後であの二人に確かめに行かないと」


 因みに近くに居るエリルとアリシアも他の女性に陣に漏れず、凄まじい形相でルインさん達を睨み付けている。そもそもアリシアに関しては平均以上なんだから、そんなに目くじらを立てる必要もないだろうに、と思ってしまったが胸の内に留めて置くことにした。

 俺だって命は惜しい。


「――というか、世界の危機を前にしてあれだけギスギスしてたのに、おっぱいで意思統一されるのは、流石に釈然としなさすぎる……」


 何より、さっきまで致命的なまでに意識が低く、バラバラだった面々がルインさんのバストをきっかけに、よくわからない連帯感をかもし出し始めた事に頭痛が止まらない。

 結果、他の事を気にするのが馬鹿馬鹿しくなって来てしまった。


「何ィ! 若い娘同士で湯浴みなど、生産性がないではないか! 生産性が!! 今日は儂も混ぜてくれいィ!!!!」


 というか、ルインさんに関しては、下手をすれば娘や甥っ子なんかと同年代という団員もいるだろうし、本気で興奮しているのは流石に――なんて思っていたら、どこから聞きつけてきたのかホクホク顔の騎士団長がお姉さまズに向けてサムズアップしながら近付いて来た。


「死ね、ジジイ」


 そして、苛立ちがピークに達した俺は、阿呆な事を言い喚く騎士団長の足元に氷結の槍を叩き込んでいた。


「え? 今死ねって言った!? 儂に向かって死ねって言ったよね!?」

「ええ、言いましたけど」

「そこは嘘でも、冗談と言う所じゃろうが!? 老い先短い老人にWビックバンを体験させてくれるくらい、いいじゃろう!? ははぁん。まさか、その二人も囲って貴様一人酒池肉林ライフと洒落込もうなんて、そうはいかん――」


 無駄にうるさい騎士団長の足元を、二撃目の氷槍で抉り取る。。


「生憎、囲うような女性ヒトは誰もいないし、そんな桃色ライフは送っていません。というわけで、三枚におろされるか、凍らされてトイレの置物にされるか、選んでください。それが嫌なら仕事して下さいね」

「は、はいィ!!」


 騎士団長は凍結した足元と俺の顔を見比べると、額からダラダラと汗を流しながら妙に素直に退散して行く。何故かは知らないが、近くに居た連中は青い顔して震えている。突然、どうしたのやら――。


「な、ななななな、ぁ――ッ!?!?」


 そんなアホ全開なやり取りをしていると、顔全体を紅潮させたルインさんが再びキュレネさんとじゃれ合い始めていた。


「――?」


 爆弾を落としていったであろう当の本人は、こっちを見ながらニタニタしているし、顔を真っ赤にしたルインさんも同様だ。それに、さっきまで震えていたはずの周囲の連中には殺気の混じり視線を向けられるしで、状況が呑み込めない俺は首を傾げていた。



 こうして、冒険者と帝都騎士団の合同訓練は、地獄の様な辛さと頭の悪いやり取りの所為で何とも締まらない滑り出しと相成った。


 ただ一つ――最初に話しかけてきた少年騎士から、周囲とは別種の敵意を向けられていることに気付かないまま――。

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