第79話 新体制始動!

「はぁ、はぁ……。し、しんどいわね」

「み、右に同じです」


 俺の左右では、アリシアとエリルが肩で息をしている。この最悪な雰囲気の中にあって、それが気にならない位には疲れ切った表情を浮かべていた。


 何故この二人が生まれたての小鹿のように膝を震わせているかと言えば、今俺たちは予定通りに帝都騎士団の訓練に参加しているからだった。


「それにしても、あの頭のおかしい人たちはともかく、よく貴方は平気そうな顔をしていられるわね」

「まあ、色々あって、昔から魔法を使わない基礎訓練だけはアホ程やってたからな。人並みには疲れてるけど、これ位なら十分余裕だ」


 アリシアは自分たちとは打って変わって息一つ乱していないルインさんたち四人を一瞥し、比較的余裕のありそうな俺の方へジト目を向けて来る。気持ちは分からないでもないが、こればっかりは基礎体力がものをいう。よって、苦笑を返すことしかできなかった。


「ふにゃぁ……」

「おいおい……」


 そんなやり取りをしていると、暫く無言だったエリルが脱力しながら倒れ込んで来る。

 条件反射で背中を支えると、柑橘かんきつ系を思わせる香りに鼻腔びこうくすぐられ、手のひらにもジワリと汗ばんだ柔らかい肌の感触が伝わって来てしまい、心臓の鼓動が若干不規則になった。


「おいおい、どうなってんだこれは……!」

「し、知るかよぉ……!」

「も、もうむりぃ! おえ……っ!」


 だが、そんな俺たちもこの集団の中ではかなりマシな部類に入るだろう。現に、俺達の傍らではグロッキー状態の騎士団員たちが半死半生といった様子でのたうち回っている。


 皆に共通しているのは、酸欠と疲労で顔が土色になっているという事。立ち上がれなくなっているのなんて当たり前、胃の中身をリバースさせている者も続出している。

 それも男女問わずとあって、正しく地獄絵図だ。


(まあ、初日からハードだとは思わなくもないが、この程度じゃ物足りないな)


 今行っているのは、魔法を使わない基礎訓練。走り込みや筋トレに始まり、武器の扱い方、その為の効率的な体の使い方を再確認するといった初心者向けのメニューだ。

 正直、俺たちを含めたここにいる者たちにとっては、今更感溢れる内容となっている。


 尤も、その内容が濃すぎてほぼ全員グロッキー状態なわけだが――。


(しかし、後衛のアリシアやエリルはともかく、本家本元の騎士団員に先に根を上げられるのは想定外だったな)


 冒険者はその性質上、初歩中の初歩を覚えた後は、各々パーティーに分かれて独学で技術を身に着けていく為、こういう形式の堅苦しい訓練を受けることはまずない。それを考えれば、後衛バックの二人はよくやってる方だろう。


「くそ……ぉぉっ!」

「なんで俺たちがこんな事……」


 それに引き換え、普段から訓練をこなしているはずの騎士諸君は少々不甲斐ないように思えてしまう。まあ、新騎士団長就任で訓練方針が大きく変わった事で振り回されているのが原因なんだろう。


(なんで俺たちが……ね)


 そして、三人と四人で分かれている俺達に非難の視線が集中する。いくら帝都騎士団と言っても、騎士という立場に誇りを持って人々を守るために命を捨ててもいいという人間ばかりじゃない。

 どちらかと言えば、騎士団所属というステータスを目当てにしている者の方が多いんだろう。所属しているだけでチヤホヤされるし、給料だって高い。だから適当に訓練をこなして、出来れば戦いたくなんてない。そんな風に思うのは、誰だって同じだ。


(まあ、俺たちさえ来なければ、今まで通りにふんぞり返ってられたわけだからな)


 そんな時、外部から冒険者が乗り込んで来た。挙句完敗し、トップが交代。翌日からこんなにハードな訓練――それも何の面白みもなく辛いだけの基礎訓練を強要されているんだから、仕事で騎士団をやっている彼らからすれば迷惑以外の何物でもない。給料は変わらないのに業務内容だけが辛くなったようなものだ。


(今は四の五の言ってられる状況じゃない。それに元の基準が低すぎたのが一番の原因なわけだし、有事の時に役に立たない騎士団に価値はない。今まで殿様商売やってた分、ちゃんと動いてもらわないと困るからな)


 だが、そもそも帝都騎士団が史実通りの無敵集団だったのなら、俺たちの出る幕なんてなかったはずだ。冒険者相手に圧倒され、基礎訓練にも耐えきれないという醜態を晒した自分たちの身から出たさびだと思って死ぬ気で頑張ってもらうしかない。

 死ぬ気ではなく、本当に死なないためにはそれしかない。俺たちに残された時間はそう長くないのだから――。


「――ところで、いつまで支えてあげてるのかしら?」

「ん? いつまでって言われても……いつまででしょう?」


 そんなことを考えながらグロッキー状態の騎士団を見ていると、心なしか威圧感の増したジト目をアリシアから向けられる。


「はぁ、はぁ……」


 エリルは重たい武器をもって走り回ることも多いアリシアとは異なり、完全な最後衛フルバック。俺たちの中では一番体力も少ないだろうし、休憩時間もあまり残されていない。

 休憩スペースも騎士団に占拠されており、アウェー過ぎてとても休めるような状態じゃない。エリルの消耗具合を見ても、一度座ったらもう起き上がれそうにもないよう見える。


 つまりどうしようもない。


「――ッ!?」


 突然、アリシアの後方で雷光がスパーク音を奏でた。恐る恐る視線を向ければ、真紅の瞳を細めて俺たちを射抜くルインさんの姿――。

 怖いくらいの無表情。長い金色の髪は雷の影響か、ゆらゆらと揺らめている。


(ば、バチバチしてるけど、また何かやらかしたのか? いや、そんなことはないはず――。うん? 何だ、口パク?)


 頬を引き吊らせながらルインさんを見る俺だったが、生憎とそんな視線を向けられる心当たりがない。内心で首を傾けていたが、視線の先で形のいい口が開かれ、無言で言葉が紡がれる。


(あ・と・で・へ・や――。おいおい、一体何言われるんだ……。後は、せめて来いまで言って欲しかったなぁ……)


 理由はよく分からないが、後でありがたいお話を訊かなければならないようだ。美人のお姉さんに夜の部屋に誘われるという、男なら興奮極まりないシチュエーションだというのに、全然テンションが上がらないのは何故なのだろうか――。


 まあ、ルインさんの無防備な部屋着以外は健全極まりないイベントだからだろう。


「ちょっといいか?」


 帝都に来てからの日々に気疲れを感じ始めていた頃、さっき騎士団長の前で発言していた少年騎士が声をかけてきたことによって、それまでの流れが断ち切られた。

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