第73話 騎士の矜持

「はぁはぁ……はぁ……」

「……」


 出場者の観覧席で俺たちがじゃれ合っている間に、演習場での戦いは佳境を迎えていた。

 肩を上下に揺らして呼吸を荒げている青年騎士と涼しい顔をしているキュレネさん。戦況は変わらず一方的だものとなっている。


「はぁ……ぐっ! ま、まだだッ! 騎士俺達は、負けるわけにはいかない!! 何があっても……だ!!」


 青年騎士は常にトップギアで戦っていたが為に、魔力も体力も枯渇してしまっているんだろう。外部からのダメージを一切負っていないにも拘らず、既に戦闘不能寸前。


「おいおい……これヤバいんじゃないのか?」

「帝都最強の騎士団が、まさか……こんな!?」


 この惨状を目の当たりにした他の騎士団員や市民たちも驚きよりも困惑が勝り始めているようで、不安そうな表情を浮かべて演習場での戦いを見守っている。


「まぐれは二度続かない。周りの連中も、漸く現状の異常性に気付き始めたみたいですね」

「うん。騎士が冒険者にここまで大差をつけられるなんて本来ならありえないことだから、信じられないんだろうね」


 モンスターを倒す事ばかりがクローズアップされがちだが、冒険者の本質は戦える商人に近い。対する帝都騎士団は、神話の時代から代々伝わる大陸最強の戦士。


「素材を集める為にモンスターと戦う事もある冒険者と、対モンスター、対人戦闘のエキスパートである帝都騎士団。どっちが強いなんて比べるまでもないはずっていうのが、一般常識ですからね。でも――」


 冒険者と騎士――。誰がどう考えても後者の方が強い。いや、強くなければならないはずなのに――。


「さっきもルインさんが頭のおかしい脳筋っぷりを見せつけたもの、皆怖がっちゃったのね」

「どういう意味かなぁ……?」


 そんな事を話していると、ルインさんの逆側から思いもよらぬ発言が飛び出した。それを受け、ルインさんの機嫌は急転直下。


「きゃっ! 助けてアークぅ! 怖いお姉さんに三枚に下ろされちゃうわ!!」

「おい! 俺の後ろに隠れるな。というか、その語尾にハートマークがついてそうな猫撫で声、どっから出してるんだよ」

「んふふ……どこからでしょう」


 思わず身動ぎしようとした時には、俺の背後に気品のある猫を思わせる笑みを浮かべているアリシア、眼前には頬を引くつかせているルインさんという、物騒極まりないサンドウィッチ状態となってしまっていた。


「アーク君は私の味方だよね?」

「いやん、こわーい」


 ルインさんは不満げに唇を尖らせながら迫ってくるし、背後のアリシアは大根役者の如き棒読みをかましながら俺を盾にしている。


「ふふ……楽しそうですねェ……」

(これが楽しそうに見えるのか!? 杖の先光ってるし……!)


 更に体の前後――特に前側から張りのある重量感たっぷりな物体を押し付けられている俺――というか、その物体に光の無い瞳を向けるエリルさんは、さっきの様に長杖の逆で床を小突き始めた。

 役得ではあるんだが、ウチの綺麗所が殺伐とし過ぎている所為で、些か胃への負担が大きいというのは頭の痛い話だ。


「何をやっている!? 騎士団の誇りにかけて敗北など許されんのだぞ!!」


 観覧席から怒号が飛んだ。外野からの野次かと思えば、レオンが鬼のような形相で戦っている青年騎士に向けて叫んでいる。トップがあれでは、連中にはもう余裕がないと公言しているようなものだった。


「そうだ……敗北は許されない。どんな状況であっても、騎士俺達に許されないんだ!! 俺達の誇りと帝都に住まう者達の為にも――!」

「そう……騎士団貴方たちの中にも、まともな人がいるようで安心したわ」


 だが、青年騎士の眼には、まだ確かな戦意が宿っている。誰が見たって勝ち目なんて皆無なのに、最後まで戦うつもりでいるんだろう。

 それを受けてキュレネさんの表情にも僅かに変化が見えた。


「残る力を、この一撃に込める――!」


 青年騎士の剣に風の魔力が収束していく。残存魔力の全てを込めた一撃。これが最後の攻撃なんだろう。しかし、強力な一撃を放とうとするあまり、今の彼は致命的な隙を晒してしまっていた。


「……好きになさいな」


 しかしキュレネさんは、そんな彼に攻撃する素振りすら見せないでいる。相手に槍を向けずとも、既に彼女の水流で射抜ける領域テリトリーに入ってしまっているにも拘らずだ。


(騎士団かれらの力を見極めるつもりか……。そして、心も……)


 彼女の思惑はうかがい知れないが、それなりの推察は出来る。キュレネさんは知りたいんだろう。帝都騎士団が本当に腐敗しきっているのかどうかを――。


「これが最後だ! “ミストラルエアライド”――ッ!!」


 魔力を収束させ切った青年騎士は、勢いよく剣を押し出した。同時に切っ先に圧し固めた“風”の魔力が爆発するかのように解き放たれる。小さな竜巻を思わせる斬撃は、時間をかけただけあってかなりの破壊力だろう。


「“ハイドロウェイブ”」


 その斬撃に対し、キュレネさんは長槍を真横に一閃。穂先から生み出された激流が水流の盾となった。


「これでぇぇぇ――ッ!!!!」


 青年騎士の雄叫びと共に、風の竜巻と水流の盾が真正面からぶつかり合う。演習場が衝撃に包まれ――。


「悪くない一撃だったわ」

「無念、だ……」


 風の竜巻は四散し、力尽きるように青年騎士も地面に倒れ込む。


「第二戦勝者! 冒険者――キュレネ・カスタリア!!」


 審判は額から汗を流しながら、青年騎士の敗北を声に乗せて叫んだ。言い訳のしようもない完敗。それも二戦連続とあって、周囲から悲嘆の声すら上がらない。


 そして、演習場全体が静まり返る中、キュレネさんとジェノさん、倒れた青年騎士と少女騎士といった風貌の女子が入れ替わるように戦いの舞台に上がり、続く第三試合が静かに幕を開ける。


「負けられない……絶対に!」


 緊張からか表情をガチガチに強張らせた少女騎士は、手にしている短槍に魔力を乗せて刺突を繰り出した。肩口で揃えられた桜色のショートヘアが僅かになびく。

 正しく気合一突。


「――ッ!」


 だが次の瞬間、攻撃を繰り出したはずの少女の顔が苦悶に歪み、周囲に熱風が駆け巡った。


「私の槍が、溶けて――ッ!?」


 熱風に煽られ、背後に飛び退いた少女の視線の先には、持ち手上から穂先までが消失した槍が地面を転がっている。


 勝負を決めたのは刹那の攻防。


「武器を失った君に、もう闘う力はないだろう。降参してくれ」

「う……ぐっ!?」


 ジェノさんは炎を纏わせた剣で突き出された槍を防御した。結果、短槍は熔解ようかい。この状況下で武器を温存しているわけもないだろうし、よしんばあったとしても二番手の槍を呼び出したところで主兵装が通用しなかった相手に対して勝機はないだろう。

 故にチェックメイトと言って差し支えない。


「第三試合勝者! 冒険者――ジェノ・スクーロ!」


 少女騎士の降参を聞く間もなく、審判が声を張り上げた。

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