第72話 柔と剛

「お疲れさまです」

「ん……」


 俺は静まり返る演習場を突っ切って戻ってきたルインさんと言葉を交わす。まあ、帝都市民の剣であり、盾である騎士がどこの馬の骨とも知れぬ冒険者風情にコテンパンにされたんだから驚愕するのは当然だろう。


「順当な結果と言ったところだな。では、景気良くにもう一勝お願いしようか」

「りょーかぁい」


 だが、ジェノさんと視線と合わせたキュレネさんは周りの声など気にも留めていないようで、ピクニックにでも行くのかと思わせる軽い足取りで演習場に乗り込んでいく。顔をガチガチに強張らせて、動きの硬い相手方の騎士とはあまりに対照的だった。


「我らの威信にかけて……これ以上、好きにさせるわけにはいかないッ!!」

「あらあら、ゴリマッチョの次は熱血君かしら? お姉さんを熱くさせてくれると嬉しいのだけれど?」


 キュレネさんと相対しているのは、若さ溢れる青年騎士。パッと見で俺よりも二つ三つ上、ジェノさんやキュレネさんよりも僅かに下くらいに見える。

 さっきまでの粗暴な男よりも、より騎士然とした佇まいだ。尤も、見ているこっちが居た堪れなくなる程度にはプレッシャーに押しつぶされそうな様子ではあったが――。


「だ、第二試合! 開始ィ!!」


 そして、周囲の驚愕を他所に、冒険者と騎士による第二戦目が幕を開ける。


「ぬかせぇ――ッ!!」


 そんな青年騎士の武器は長剣。それを主兵装としてキュレネさんへ斬りかかっていく。ザ・騎士と称して差し支えないスタンダードな戦い方だ。


「ふふっ……元気一杯ね」

「またそんな軽口を!! 俺を馬鹿にするつもりか!?」


 突き、薙ぎ、払い――そして、彼の魔法。青年から繰り出される攻撃は、どれを取っても並の冒険者を優に超えている。ランク換算したとすれば、どんなに低く見積もってもBは堅い。住んでいる街や近郊ギルドで、一番の実力者だと言われる者たちと比肩できる部類だろう。

 だが、それだけだ――。


「そんな直線的な動きじゃ一生懸命振り回したって、当たらないわよん!」

「正面から打ち合え、この卑怯者!!」


 威勢よく放たれる剣戟と魔法の応酬は、空を切り続ける。迎撃する必要もないと言わんばかりにキュレネさんが持つ長槍――“シックザールクリスタロス”の穂先は、相手の方を向いてすらいない。


「お姉さんのお尻を追っかけながら、そんなに目を血走らせちゃって――」

「この一撃を見ても、そんな軽口を言えるか!? “エアブレア”――ッ!!」


 青年騎士は、そんな余裕たっぷりと言わんばかりのキュレネさんに業を煮やしたのか、押し固めた風の塊を切っ先から撃ち飛ばした。父さんの斬撃とは、また違った風の属性魔法だ。


「ざーんねん。真っすぐ暑苦しすぎて、目を閉じてても躱せちゃうわ」


 しかし、キュレネさんは迫り来る風の刃に表情一つ変えることなく、攻撃の死角となる部分を即座に分析。そこに身を置いて、ほぼノーアクションで攻撃を回避してしまった。戦場に似付かわしくない笑みを浮かべている辺り、さっきの魔法を正面から打ち破る事も出来たんだろう。


「舞姫ってのは、こういう事か。相手だって弱いわけじゃないだろうに……」


 激烈な刀戟で相手を打ちのめすルインさんを“剛”とするなら、ひらひらと華麗に攻撃を回避して必殺の刺突で相手を仕留めるキュレネさんは“柔”の戦い方。“動”と“静”――無駄のない綺麗な動きは、戦いの中にあって一種の芸術とまで言えるほどのレベルまで昇華されている。

 かく言う俺も自ら攻めていないにも拘らず、戦いの流れを完全に掌握しきっているキュレネさんに見惚れてしまっていた。


「ん、んっ!」

「……?」


 そんな時、隣からわざとらしい咳払いが聞こえて来る。それを受け、戦闘中のキュレネさんに対しての視線をルインさんに向けたが――。


「キュレネさんの事、ジロジロ見すぎじゃない? アリシアもそう思うでしょ?」

「ええ、鼻の下が通常の倍くらい伸びてるわね。エリルはどうかしら?」

「二人に同じくです。いくらアーク君が胸の大きな女性が好みだとはいえ、戦闘中に凝視するのは如何なものかと……」

(こちとら、下心皆無なんですけどねぇ!)


 気付いた時には、両サイドの女性陣から冷たい視線を注がれていた。これには紳士として憤慨せざるを得ない。

 しかし、程なくして三人仲良くチロっと舌を出しながら“冗談だ”と笑みを浮かべた辺り、完全に確信犯だった。


(こんな状況なのに、ウチの女性陣は揃いも揃って余裕な事で……)


 因みにサイズとしては、ルインさんとキュレネさんが越えられない壁の上で双璧と化していて、次いでアリシア、エリルの順で続いていく。


「――っ!?」

「ふふっ、どうしましたか?」


 そんな事を考えていると、突然エリルからの視線の圧が強まる。いくら知り合いとはいえ、床を杖で小突かれながら光を失った瞳でじっとり凝視されるのは恐怖以外の何物でもなかった。

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