第71話 真なる雷

「行くぜッ!!」


 雷を纏った戦斧が地面を砕き、噴煙を巻き上げる。その威力は、曲がりなりにもAランクを名乗っていたグルガや、以前闘った素のマンティコアにも匹敵するほどだ。


「コイツをその細身にぶち込まれたくなかったら、さっさと降参してくれよ。レディーを傷つけるのは、騎士道精神に反するからな」


 戦斧を肩に担いだ男は、土煙越しのルインさんに声をかけた。つまり、今の一撃はルインさんを狙ったものではなく、自分の力を見せつける為の示威しい行動だったという事だ。


「まぁ……俺としちゃ、別のモンをぶち込んでやりてぇところだがなァ! そっちなら、アンタも満足できると思うぜェ!」


 それを示すかのように、自称騎士の男は下卑た笑いを浮かべている。その笑みは、凡そ騎士道精神とはかけ離れたものだ。


「なるほど……確かに腐ってますね」

「あん?」

「貴方の愉快な頭の中が……ですよ?」


 だが次の瞬間、けたたましい炸裂音と共に演習場全体に激震が走った。地盤が揺らめき、さっき奴の一撃がそよ風にも感じてしまう程の土煙によって視界が塞がれる。


「な、何が起きたんだ……!?」

「地震か……それとも……」


 突然の衝撃に騎士団員や観客達も呆気に取られている。だが、俺達からすれば何が起きたのかは一目瞭然。

 そして、オーディエンスたちの驚愕に答えるかのように演習場に広がる土煙が内側・・から振り払われ、この場で起きた現象を白日の下に晒す。


「な、なんだ……これは――ッ!?!?」


 さっき居た場所から大きく飛び退く形で、尻もちをついている男は驚愕の叫びを上げる。


 彼の視線の先に広がるのは、さながら小さな災害痕と言わんばかりの光景。整地されていた演習場の大地は裂け、ある一点を中心に大きなクレーターが出来上がっていた。


「そんな粗末なモノで、私が満足するとでも思いましたか?」


 この現象を引き起こしたルインさんは、巨大なクレーターの中心――唯一無事な大地の上で怜悧れいりな表情を浮かべている。


「な、何をしやがった!?」


 息を吐く程度の軽い動きで地形が変わったことに処理不可を起こしたのか、男は大声で喚き散らす。しかし、ルインさんはそんな男に返答する事はなく、憐憫れんびん交じりの視線を向けるのみ――。


(意趣返しというか、何というか――。まあ、セクハラの代償としては軽いくらいだろうけど……)


 ルインさんがやったことは至極単純。偃月刀に雷を灯し、そのまま地面をぶん殴っただけだ。つまり奴がやった事を、そっくりそのままやり返したという事になる。まあ、規模は段違いだが――。


(驚くのはいいが、構えを解いちゃダメだろ……。素人じゃあるまいし……)


 そんな状況の中、驚愕しきっている男は未だに尻もちをついたまま、細められた真紅の瞳を見上げて体を震わせている。彼の行動を見た俺は、違う意味で空いた口が塞がらなかった。


「ね、私の言った通りでしょう?」


 そんな俺にキュレネさんが耳打ちして来る。


「ええ、確かにお遊戯会ってのは、間違いじゃないのかもしれませんね」


 反撃するにしろ、次の攻撃を見据えて回避するにしろ、餌を待つ小鳥のように大口を開けて乾いた声を漏らすだけというのは、あまりにも悪手だ。

 ましてや、属性魔法を付与した力強い一撃を放てるだけの力量を持った人間がそんな事をするなんて、普通ならありえない。だが、それが目の前で起きているという事は――。


「ぐ――ッ!? この俺が、こんなガキに良い様にされてたまるかよ!!」


 男はルインさんからの冷たい視線と周囲からの奇異の視線に耐え切れなくなったのか、勢いよく立ち上がって戦斧を振り上げる。だが、その攻撃は直情にして愚鈍。


「くらえや! “サンダーパイル”――ッ!!!!」


 男が放つのは、雷を纏った重斬撃。さっきの示威攻撃とは比べ物にならない一撃がルインさんを襲いかかる。


「そんな直線的な軌道じゃ……」


 次の瞬間――煌めく雷光が奔り、刃が砕けて柄がひん曲がった戦斧が宙を舞った。


「な――ッ!?!?」


 無様に地を転がる男は、痛みをこらえるように腕を抑えながら、砕け散った自分の得物と眼前のルインさんの間で視線を右往左往させている。


「ぐっ、が……!? なんで俺の方が、こんな事になってんだ……!?」


 男の驚愕は尤もだが、ルインさんが行った事はこれまた単純。向かって来る雷の斬撃に全く同じ出力、角度で自分の斬撃を合わせて相殺。奴の手から戦斧を吹き飛ばしただけだ。


(あの男も決して弱い相手じゃない。属性魔法の精度も攻撃の強さも、並の冒険者を優に超えている。でも――)


 相手の雷撃を自分の煌雷で中和して無効化。カウンターによる武器破壊。これらが指し示すのは、ルインさんが本気で戦っていないという事。要は勝負にすらなっていないわけだ。


「降参……してくれますよね?」

「う……ぐぅ――ッ!?!?」


 湾曲した大刀を鼻面に突き付けられ、男が呻く。年下女子に追い詰められたからか屈辱に顔を歪めているが、打開は不可能。


(単純に相手が悪かったな)

「し、勝者……冒険者ギルド――ルイン・アストリアス!!」


 帝都側の思惑がどうであれ、これ以上ないくらい明確な形で勝敗は決していた。

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