第70話 冒険者VS騎士

 今俺達が居るのは、帝都内の演習場。

 何故交渉に来たはずの俺たちが、応接間からこんな所に移動したのかと言えば、ランドさんが記した書簡が原因だ。


 書簡の内容は、先ほど騎士団長――レオン・レグザーが読み上げた通り、冒険者は騎士団員に負けないと言わんばかりのモノ。それを見たレオンは、当然憤慨した。

 結果、冒険者と騎士団員による七対七の模擬戦を行う事となった。


「帝都騎士団の諸君――ッ! 愚かにも戦いを挑んで来た冒険者田舎猿を蹴散らしてやれ! 演習通りにやれば負ける道理などないッ!!」

「了解ッ!!」


 ジェノさんと議論を繰り広げていたレオンの号令の下、集まった若手の騎士団員達が気合の入った声を上げる。手入れの行き届いた最高級装備を優雅に身に着けている彼らは、御話通りの騎士といった出で立ちをしていた。


「凄い気合の入り方だな。とはいえ、お前のとこの父親、ちょっとやり方が無茶苦茶過ぎないか? 賭けとは聞いていたけど――」


 俺は、体の良いサンドバッグが舞い込んで来たと言わんばかりに余裕を保っている騎士達を半眼で見ながら、あまりにハイリスクハイリターンな条件を提示した人物の娘であるアリシアに声をかける。


「奇遇ね、私も同じことを思っていたわ。時間がないのは当然だけれど、いくら何でも強引過ぎるもの」


 対する回答は、冷ややかながらも複雑な面持ちを声音に乗せたものだった。


「まあ、帝都が落ちたら冒険者ギルドも何もないのだから、強行突破という意味合いとしては正しいのかもしれないけれどね」

「ああ、そう思っとくのが、精神衛生上良さそうだな。とんでもないものを背負わされた事は、とりあえず頭の片隅に置いておこう」


 冒険者サイドが勝利すれば、共闘依頼を承諾。騎士団サイドが勝利すれば、冒険者ギルドそのものが彼らの傘下に入ることになる。

 つまり、俺たちが負けるようなことがあれば、冒険者全体が彼らに逆らえない使いぱっしりに成り下がるという事であり、そもそも冒険者という職業自体の消滅を意味しているわけだ。


 騎士団の対立心理を煽って、対等な殴り合いの卓に付かせたランドさんの手腕に感心する反面、いつの間にやら冒険者全体の未来を背負わされていたというのは、少しばかり頭が痛い話だったのは言うまでもない。


「なんにせよ、今は鎧を着こんだ大きなお友達をぶん殴って納得させるしかない」


 ランドさんがこんなに大胆な策に出たのも、俺たちを信じての事だ。それにコイツら程度をねじ伏せられなきゃ、人類に未来はない。


「無意味な作戦会議は終わったか!? 時間の無駄だ。さっさと始めよう」


 そんな事を話していると、演習場の中心に立った男から大きな声で野次られる。


「あれが先鋒か……。なんだか見覚えのあるシルエットだな」


 最初の相手である大柄な男を一言で表すのなら、ゲリオやグルガを上品にしたような風貌といったところか。ただ、戦斧を手にした大男とあって、別のシルエットにも見えなくもないが――。


「早くしてくれないか!? こっちも暇じゃないんでな!!」


 相手の姿を観察している俺達に対し、待ちきれないとばかりに大柄の男から叱責が飛んで来た。それに合わせるように観覧席の騎士団員は笑い声を上げ、残りの席に入った一般市民たちの視線は、良くも悪くも俺たちに向けられている。


 外から人間が入ってきて騎士団に喧嘩を売るだなんて前代未聞の事であり、俗世的な娯楽に疎い彼らからすれば、格好の状況だ。

つまり、彼らに共通しているのは、俺たちがどれだけ無様に敗北するかを楽しみにしているという所なんだろう。


「こっちも人選を――」


 そんな奇異と嘲笑の視線の嵐が降り注ぐ状況ではあったが、相手が既に演習場に立っている以上、こちらもすぐに相手を選出しなければならない。

 何故なら、この模擬戦は一対一を七戦行う中で、先に四勝した方の勝利となるというものであり、早く選出しなければ対戦相手不在という状況になってしまうからだ。


 しかし、緊急の模擬戦である為に、俺達には作戦や選出順を考察する時間がない。そんな中、ジェノさんが周囲を見渡し――。


「――私が行きます」


 凛麗とした声音が響き、絹のような金色が舞った。


「アストリアス嬢……了解した。思い切りやってくるといい」


 意外な人物からの自薦に俺の思考は一瞬硬直する。


 というのも、ルインさんはこういう時、自分から先陣に立つタイプではないと認識していたからだ。現に怠慢だらけのギルド総本部や帝都でも、終始冷静さを保っていた。感情的になって喚き散らすよりも、状況を見極めた上で最善手を打とうとしていたわけだ。

 どちらかと言えば、感情的なっていたマルコシアスとの戦いの方がイレギュラーだったという事――。


「行ってくるね」

「ええ、健闘を……。まあ、心配はしてないですけどね」


 しかし、状況がどうであれ、ルインさんなりに考えがあっての事だ。彼女が行くというなら止める理由はない。今は奴らの力量と、自分の出番を万全の状態で迎える事だけを考えていればいい。


「これより、王都騎士団と冒険者ギルドによる模擬戦を開始する! 双方向かい合って位置に付け――ッ!!」


 演習場の中心に立っている審判が腕を掲げ、声を張り上げる。相対するのは、偃月刀を手にしたルインさんと、先ほどから戦斧を肩に担いでいる大柄な男――。


「武器と魔法の使用は自由。相手の殺傷は禁ずる! では、双方悔いの無いよう力を出し切ってくれ!」


 これから始まるのが、人類の未来を担う戦いだと理解している人間はこの場に何人いるのだろう――そんな事を考えていると、審判の威勢の良い声がボリュームを二つほど上げて周囲に響き渡る。


「試合開始――ッ!!」


 そして、審判の腕が振り下ろされると同時に、騎士VS冒険者という異色の戦いが幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る