第69話 平行線

 冒険者ギルド総本部を発った俺達は、半日足らずで目的地である帝都アヴァルディアに到着した。


「ここが世界の中心……人類最後の砦……」


 総本部も大概だったが、白と金で彩られた大都市は想像の範疇はんちゅうを超えている。俺は眼前に露がる光景に対し、感嘆の声を漏らした。


「うん。この城塞都市が、最後の希望。神話の時代から一度も陥落した事の無い聖地。ここが落ちたら人類の敗けが決まっちゃう」

「そうね。精神的支柱を失えば、例え闘う力を残していたとしても人類は瓦解する。数はともかく、個の力は圧倒的に劣っているのだから」


 壮観な光景を前にして呆気に取られていた俺に、ルインさんとアリシアが続く。迫る決戦とアウェーな環境を前にして、良くも悪くも昂る気持ちが声に出てしまったという所だろう。


「お互い様だから、緊張しないで……とは言わないけど、肩の力を抜きましょう。ここから先が本番よ」

「ああ、手荒なことになるかもしれねぇしな」

「アウェー真っ只中ですし……」

「――感慨にふけっている場合じゃない。皆行くぞ。優雅に雄々しくな」


 そんな風に浮ついている俺達だったが、竜の牙ドラゴ・ファングの面々に促されて再び歩を進め事となる。

 目指す先は、帝民の剣であり盾でもある帝都騎士団の本部。普通の冒険者では、足を踏み入れる事すら許されない場所――。


 だが、俺達は帝都の中央にある仰々しい建造物に真正面から乗り込んだ。


(――分かっていたとはいえ、歓迎されるわけもないか……。無職ノージョブの時と何も変わらないな)


 ランドさんからの言伝ことづてと、職員に手渡した書簡よって会議室のような所に通されたはいいが、道すがらの面々から向けられる眼差しは冷ややかなもの。それどころか、自分とは違うナニカを見ているかのような無機質さすら感じ取れるものだった。


「それで冒険者ギルド総本部の特使殿たちが、わざわざ帝都に何の用件だ?」

「――かの時代に猛威を振るった魔族が復活。その者が新たな魔王を名乗り、人類に反旗を翻すべく進軍準備を行っているという事は、以前にもギルドから伝達が来ているかと思います。そして、彼らの目指す先は、聖地――アヴァルディア。この地です」

「ふむ……それは聞き及んでいるが……」

「人類存亡をかけた決戦には勝利以外許されません。故に私達冒険者は、貴方達に共闘を申し入れる用意があります。全ての力を結集して魔をはらう。これが私達の目的であり、冒険者ギルドの総意です」


 ジェノさんは、騎士団の部隊長クラスどころか、帝都の高官らしき者達に囲まれている中でも、毅然きぜんとした態度で自らの意見を述べた。補足するのなら、共闘はギルドの総意ではなく、これから総意となる――が正しい。まあ、これは俺達の胸の内に留めておくべきだろう。


 そして、俺達の要求を受け、場が静寂に包み込まれる。


 次の瞬間――。


「ふ、ふふふ、ふはははははっ!!!!」

「……?」


 対する返答は、嘲笑と侮蔑。ある者は腹を抱え、ある者をは手を叩き、ある者は俺達を指差すなどして笑っている。だが、俺達に対する無機質な視線自体はそのままだった。


「共闘……? 貴様らが我々と?」

「全く、何をどう思い上がったら、そんな台詞を吐けるのやら……」


 その反応を受けて、煌びやかな衣装を着込んだ男性達や、これまでの人々が向けてきた視線の意味がようやく理解出来た。


「貴様ら、冒険者風情と共闘などありえぬ!! 帝都での決戦に巻き込まれるのが怖いというのなら、傘下に入れて下さい……ではないのか!?」


 彼らは聖地に住まう事を許された者達。

 俺達は外界のならず者。


 つまり、彼らからすれば、俺達は大道芸をする猿も同じという事。そんな存在でしかない俺達が、彼らと同じ目線に立とうとしたが為にこうして憤慨してるんだろう。


首魁しゅかいである新たな魔王の戦闘数値はSランクパーティーを優に超える。そんな奴が従えるのは、超巨大竜種と首を切ったとしても再生する狂化モンスターの大軍。はっきり言って彼らの力は常軌を逸脱しています。お言葉ですが、現状の帝都の戦力では……!」

「貴様ら田舎猿風情が、我ら騎士団を愚弄するか!?」

「そうではありません! 冒険者と帝都の護り手、他の全ての者達が結集してようやく同じ戦う舞台ステージに上がれるのです! そのどれが欠けても、人類に勝機はない!」

「はっ! 臆病者め! 魔族が蘇ったと言っても所詮は一人なのだろう? これまで我ら帝都の騎士達が、一体どれほどの魔族を討って来たと思っている!?」


 融和と共闘を目的としていたはずが、いつの間にやら中央の座席に腰かけている黄金の鎧を纏った大男が声を張り上げ、真っ向からジェノさんと対立するという構図が出来上がってしまっている。


「歴史や面子で勝利できる相手ではないのですよ!」

「ふん……根無し草のいう事など信用出来ん!! それに貴様らこそ、ゴミ屑の様な面子にこだわっているのではないか!?」

「な――ッ!? 我々は……!」

「面子に拘らないのなら、真っ先に私達の傘下に付くという言葉が出てくるはずではないのか!? そうして低頭平身で頼みに来るのなら、末席に加えてやらない事もなかったのだがなッ!!」


 実際の所、俺達冒険者が彼らの傘下に付けと言われたとして、“はい、そうですか”と頷く事など不可能だ。連中の威圧的な言いぶりからして、帝都側が冒険者に配慮する事などありえない。正しくランドさんの言う通り、使い潰されるのがオチだからだ。


 半面、帝都側も威信と誇りから、ならず者だと認識している冒険者側の要求を呑む事は出来ないんだろう。


 意見は正しく平行線。


「第一、モンスターなど貴様ら田舎猿が戦える程度の魔物なのだろう? ほまれ高き我らが苦戦するいわれなどない! 貴様らに許されたのは、我らの傘下に入るか、尻尾を巻いて逃げ出す事だけだ!!」


 強いて言うのなら、冒険者サイドはどこかで折り合いを付けようとしているのに対して、帝都サイドは頑として自分達が上だと譲らないといった状況なんだろう。


(予想以上に酷い言われようだな。まあ、素直に話が通るようなら、とっくの昔に軋轢あつれきなんてなくなってるか……)


 いくら想定通りとはいえ、ここまで下振れると内心辟易せざるを得ない。


「魔族を討ったのは遥か昔の事だし、過去どころか先祖の時代の話を持ち出されても……な」


 ジェノさんと高官が交渉している最中、思わず口を突いて出てしまった呟きを聞かれ、近くにいたルインさんに苦笑されたのはここだけの話だ。


「……何ィ!? 何だこれはッ!?!?」


 だが、外敵に対処する為の内輪揉めという無意味な状況に対し、この場に居る殆どの人間が辟易し始めた頃、煌びやかな鎧を纏った男の怒号が室内に響き渡る。

 その手に収まっているのは、先ほど職員に手渡したランドさんからの書簡。


「“その場にいる冒険者各員と騎士団員で力比べをし、勝った方の主張を優先するなど如何でしょうか? 万が一、冒険者が敗れた場合、ギルド総本部の全権を帝都に委ねる”――だとォォ!? 我が最強の騎士団を愚弄するつもりか!?!?」

(なるほど……コイツが騎士団のトップか。それにしても、随分と思い切った事をしてくれたもんだな。あのオッサン……)


 そして、書簡に書かれていた事――煌びやかな鎧の男が大声で発した内容は、双方の勢力にとって、あまりに衝撃的な物だった。

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