第68話 意外な再会
「――えっと、俺に何か御用ですか? それに……」
ルインさんどころか、アリシアたちまでが退室した中、俺は内心緊張を
「いや……用という程のものではないんだが、君と話をしたくてね。少し時間を貰ってもいいだろうか?」
「ええ、構いませんけど……」
俺が顔を強張らせているからか、サブリーダーはダンディーが似合う彼らしくない苦笑を向けて来る。しかし、俺からすれば、彼ほどの立場の人間にそんな表情を向けられること自体が疑問でしかなかった。
それに俺の頭の中には、さっき彼が口にした人物の名が漂っている。
「もう一度聞くが、ユーリ・グラディウスという名に聞き覚えがあるかね?」
「ユーリ・グラディウスは俺の母です」
「そう、か……。彼女の……」
俺の回答を聞いたサブリーダーの瞳が一瞬揺らいだように見えた。
「その……サブリーダーは――」
「ランドで構わんよ」
「ランドさんは、母の事をご存じなんですか?」
「ああ、私達の世代で彼女の事を知らない冒険者はいないさ。それにユーリ君とは、一緒にパーティーを組んだこともあるのだよ」
「母さんとパーティーを……!?」
「うむ。短い期間ではあったがね。アレは鮮烈な日々だった――」
そして、ランドさんは昔を懐かしむかのような口調で答える。
「冒険者として活動した期間は決して長くはなかったが、
「そうですか……外での母さんは、そんな風に……」
それは俺の知らない母さんの記憶。
「……君からすれば彼女が逝ったのは幼少期という事になってしまうのだな。そういう意味でも、彼女程の女傑が若くして倒れてしまった事は残念でならんよ」
「それは……俺の……」
こうして母さんの死を尊んでくれる人が居る事を嬉しく思う反面、俺の心に深く突き刺さったままの氷の刃が嘗ての傷口を
母さんが亡くなる原因となってしまったのは、ここに居る俺自身なんだから――。
「グラディウス家のご子息は、双子だったと記憶しているのだが……君は、どちらなのかね?」
「一応、俺が兄ですが」
「ならば、君と私は初対面ではないという事なのだな」
「それって、どういう……」
そんな俺の様子を知ってか知らずか、今までとは打って変わってランドさんは比較的明るい声音をかけて来る。だが、その内容は俺の疑問を膨らませるものでしかなかった。
「ユーリ君が家督を継ぐと家に戻った後、一度だけグラディウスの屋敷に行ったことがあるんだ。妻とアリシアを連れてな。その時に、彼女の傍らに居た君とも顔を合わせたんだ。党首殿は留守、弟君はお昼寝中だったかな?」
「ランドさんやアリシアが家に……? でも、そんな記憶は……。一度見たら忘れられるようなキャラじゃないと思うんですけど」
「ははっ、アリシアや君は当時三、四歳くらいだったからな。覚えていなくとも無理はない。それに、以降は互いに忙しくなって顔を合わせる事もなくなり、数年後に訃報を訊いた……といった所さ。ある意味では、君とアリシアは幼馴染とも言えるかもしれんな」
グラディウス――というか、母さんとニルヴァーナ家の意外な繋がりを知らされて、驚かざるを得ない。だが、俺の驚愕や後ろめたい感情は、ランドさんの豪快な笑いによって自然と
「まさか、あの時の赤子がこんな形で目の前に現れるなど、運命の
そんな俺を尻目に、席から離れたランドさんが目の前に立つ。
「何はともあれ……本当に大きくなったものだ。余計な老婆心かもしれんが、彼女の忘れ形見がこれほど
そして、大きく武骨な両手を俺の肩に置き、どこか声音を震わせながらそう言った。
打算も侮蔑も宿っていない澄んだ眼差し。
感慨と歓喜が宿った眼差し。
俺自身も不思議な感慨深さに包まれると同時に、もし父親と真っすぐ向き合うことが出来ていたらこんな風だったのかもしれないというこそばゆさに襲われ、上手く返事を返せなかった。
「こんな状況でなければ、ゆっくりと語らいたかったのだがな。生憎、滅亡までの時間がそれを許してはくれないようだ」
「多少遅らせられても根本的な解決にはなってませんし、訊いた感じだと道のりは厳しそうですしね」
「ああ、だからこそ、帝都との協力体制を整える為の
「滅びの未来を回避するのなら、戦うしかない」
「ふっ、その通りだな」
残された
「だから、戦いを終えて平和を掴み取った後、昔の母の話を訊かせて下さい。それに、他の事も……」
「ああ、そうだな」
マルコシアスを討って、生きて帰ってくる。ランドさんとの語らいを経て、死ねない理由がもう一つ増えてしまった。
こうして意外な再会は幕を下ろし、総本部で一晩を明かした後、俺達合同パーティーは再び新天地を目指して旅を再開する。
目的地は、世界の中心――帝都アヴァルディア。
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