第66話 ランク昇級

 ギルドリーダーの部屋に広がっていた混沌カオスな光景は、アリシアの手によって鎮静化された。尤も、水流の矢を彼女の父親らしき人間にぶち込むという過激極まりない方法ではあったが――。


汚父様おとうさま、人前で脱ぐのはお止め下さいと何度言えばわかるのでしょうか?」

「半年と少し会えなかったから寂しいのは分かるが、パパとのスキンシップが少々激しすぎるんじゃないのかい? My Sweet Daughter……!」

「汚・父・様?」


 全身から凄まじい威圧感を放つアリシアは、ギルド高官専用の座席に腰かけて小さくなっている筋骨隆々な男性を冷たい瞳で見下ろしている。


「お父様って事は……」

「アレが冒険者界の超トップ層ってことなのかな」


 それとなく関係性を察した俺とルインさんだったが、変わらず広がる奇妙な光景を前にして顔を見合わせる事しか出来ない。因みに前回の筋肉男の影響か、若干顔を青くしたルインさんが俺の袖を引っ張りながら一歩近づいて来たのはここだけの話だ。


「ランド・ニルヴァーナ。名家の次男ながら単身独立。現場の叩き上げで、今の地位に納まった猛者中の猛者。アレでも私達の上司で、アリシアちゃんのお父様って事になるわね」

「ご息女と会うのは俺達も初めてだったから、親子だって知った時は俺達も驚いたけどな」


 そんな俺達を見かねてかキュレネさんとリゲラによる補足が入り、あの猥褻わいせつ物――もとい、サブリーダーが途轍とてつもない経歴の持ち主だという事が明らかになる。


「さて、皆よく戻って来てくれた! 大体の事情は、ポラリスに向かった職員から訊いているが……。まず、その前に伝えなければならない事がある! とても重要な事だ!!」


 そんなこんなで漸く戻ってきた緊迫感のある雰囲気に思わず息を呑む。流石は冒険者稼業を取り仕切るトップエリートとあって、キリリとした顔を浮かべると圧が凄い。今までの締まりのない印象は、ファーストコンタクトが衝撃的過ぎただけという事だろう。


「そこの黒髪の君――!」


 そんな事を考えていると、サブリーダーの視線はピンポイントで俺だけを射抜いた。ちゃんとした大人・・とこうして向き合う経験が殆ど無かったこともあって、思わず身構えてしまうが――。


「さっきこの部屋に入って来た時にアリシアと距離が近かったようだが……君に娘はやらんッ!!」

「――ッ!! ぅぅっ!!!!」


 ランドさんがそう言い放った瞬間、鉄が弾けるような快音が響き渡った。言い出しっぺである彼の頭から――。


「さて、皆よく戻って来てくれた! 大体の事情は、ポラリスに向かった職員から訊いているが……。まず、その前に伝えなければならない事がある!」


 その数分後、ランドさんは気を取り直すといわんばかりに、さっきも訊いたような台詞を吐いていた。


(頭の上に、立派なたんこぶがなければ様になってるんだけどなぁ……)


 ようやく真剣な話が始まるようだったが、額に青筋を浮かべているアリシアによって生成された巨大なこぶがソレを全てを打ち消してしまっているのは、ご愛嬌あいきょうと受け止めておくべきなのか非常に悩む所だ。


「おかえりなさいの者も初めましての者もいるが……何はともあれ、強大な敵と戦いながらもよく生きて戻って来てくれたものだ。君たちが情報を持ち帰ってくれたおかげで、私たちも対処のために動くことが出来るのだからな!」


 とはいったものの、危機的な状況をこうして豪快に笑い飛ばしている辺り、やっぱり只者じゃないんだろうと感じていた。隣で顔を赤くしてプルプル震えているアリシアには申し訳ないがな。


「ニルヴァーナ殿。僕たちは大したことはしていませんよ。蘇った奴と決死の戦いを行ってくれたのは、あなたのご息女を含めた彼ら三人です」

「そうね。奴の襲撃スケジュールを狂わせたのも、この子たちだし……」


 年長組二人の発言を受けて、全員の視線が俺たち三人に向く。


「そうか……。ならば、君たちにも感謝を述べなければならないな。ギルドを取り仕切る者として、一人の父親として……」

「いえ、そんな事は……」

「アリシアとパーティーを組んでくれただけじゃなく、蘇った魔族相手から守ってくれた。そして、有益な情報を持ち帰ってくれたんだ。君たちほどの働きをした者に対して恩賞が与えられないとするのなら、公式オフィシャルの冒険者の殆どを切らなければならない。それだけのことをしてくれたのだ。謙遜しないでくれたまえ」


 しかし、褒めちぎられることへのむずかゆさとサブリーダーからの威圧感で、嬉しさよりも戸惑いが勝っているのが現状だった。


「さて、少年少女への恩賞……というより当然の報酬についてだが、まずは君たちの冒険者ライフに対し、こちらからも様々な便宜を図らせてもらう事は最低条件として念頭に置いておいてくれ」


 ギルドには所属しないが、公式オフィシャルの冒険者と同じ待遇を受けられるなんて破格すぎる条件だろう。そんなサブリーダーの発言を受けて、憎らしいほど輝いているジェノさんのウインクが飛んで来る。


「そして、アストリアス嬢はSランクへ、グラディウス少年とアリシアはBランクに昇級とする。当然、無試験でな」

「――ッ!? でも、本来の試験で段飛ばしできるのは、自分のランクまでじゃ……」

「ああ、普通・・はな。だが、君たちには必要ないだろう。それにこの状況下で腐らせておくには、あまりにも勿体ない戦力と判断したまでの事だ。今回の礼と大きな戦いに巻き込んでしまう事への餞別せんべつと考えれば、安すぎるくらいだがね」


 更にサブリーダーの口から、衝撃発言が飛び出す。


「それに少年少女は、ギルド職員と揉めたという話も訊いていてね。君たち自身が動くのにも、こちらからの指示で動いてもらうのにも、必要な措置だと思っている。単純に冒険者である君たちにとってもメリットだと思うがね?」


 そう言ってドヤ顔をかまして来るサブリーダーと、親指を立ててサムズアップしているジェノさんの姿が視界に収まる。陽気な大人たちに対して、アリシア宜しく、こめかみに手をやりたくなったのは許されていいはずだ。


「アーク君に関してはAランク上位扱いでも――と思ったのだが、昇級規定が変わるわけではない。今回はBランクで勘弁してくれ」

「いえ、GからBランクってだけでも十分すぎるくらいですけど……。それより昇級規定って?」

「B~Sに上がるにつれて、順々に属性魔法の練度が要求されるんだよ。Aランクに上がるには二属性、Sランクには最低三属性を実戦レベル・・・・・で使えないとダメだってね」

「戦力的には申し分ないが、今はそういう事というわけだ」


 ジェノさんとルインさんによる補足が入り、漸く今の状況を理解した。ルインさんは言わずもがな、俺とアリシアを“冒険者ランク”に落とし込むのだとすれば、その数値が妥当な所って事なんだろう。

 それに俺達にとっても悪くない条件だった。


「さて、ここからが本題なわけなのだが……。有り体な事を言ってしまえば、現状ではアヴァルディアとの連携は厳しいと思っていてくれ」


 予期せぬ報酬に驚いていたのも束の間――。

 サブリーダーからもたらされた情報は、これまた予想の斜め上を行くものだった。

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