第64話 新たな旅路
「魔界四天将マルコシアス――いや、今は新たな魔王とでも言うべき奴の目的は、帝都陥落と人類根絶だ。ここまでは君達も分かっていると思う」
俺とルインさんは、ジェノさんの発言に無言で頷く。
「そこから導き出される事実は、ただ一つ。奴の侵攻目標が帝都アヴァルディアであるという事。人の営みと歴史に彩られた帝都が陥落するようなことがあれば、この大陸はお終いだ。絶対に阻止しなければならない」
世界征服して敵対する者を全て滅ぼす――だなんて随分と頭の悪い目的だが、あの力をまざまざと見せつけられた後では笑うに笑えない話だ。しかも、その対象が俺達人間なんだから、真剣になるのは必然だった。
「だからこそ、君達の力を貸して欲しい」
「力を……って、俺もですか?」
「ああ、さっきも言った通り、戦闘の成り行きはニルヴァーナ嬢から訊いている。君はあのマルコシアス相手に臆することなく立ち向かい、奴に大きな傷を負わせてみせたそうじゃないか。十二分に素晴らしい戦果だといえる」
そして、ジェノさんから告げられたのは、今後の戦いにおける共闘依頼。だが、帝都には凄腕の冒険者や防衛にあたる騎士団もいる。各所のギルドから
「でも、奴も全力ってわけじゃなかったですし、無茶と偶然の産物ですよ」
それにルインさんならともかく、俺が戦力になるとは思えない。いきなり知らされて素直に頷けるわけもなかった。
「ふぅ……君は少々自己評価が低いきらいがあるな。だが、はっきり言おう。今の帝都の戦力では、奴の進撃を食い止める事は出来ない。もし、今攻められたら世界は終わりだ」
「終わりって……Sランク冒険者や聖剣なんかの切り札があるんじゃないんですか?」
「“ある”と言えればよかったのだが、現状では“あった”としか言えないんだ」
しかし、ジェノさんから知らされた情報には、悪い意味で予想を裏切られてしまう。
「二度に渡る戦乱において、魔を
「要は平和に慣れすぎちゃったって事よ」
「小競り合いはあっても大きな戦争が起きてこなかったから、戦力の質が落ちてるって事ですか?」
「ええ、それに腐敗しきった現状をボウヤ達も体験したでしょう?」
俺達の脳裏を過るのは、先日のギルドで絡まれた記憶。
「尤も、長い歴史の中で必然的にそうなってしまったのかもしれないがね。だからこそ我々は戦いに挑む“騎士”や“戦士”ではなく、“冒険者”と呼ばれているんだろう。だが、今はそういうわけにもいかない情勢になってしまった。そして、肝心な騎士達も――」
「冒険者と同じように、実戦から遠ざかった所為で劣化してしまった……って事ですか?」
「そういう事ね。前に帝都騎士団の演習に参加したこともあったけど、あんなお遊戯会をやってるような連中を頼りにするのは、正直厳しいわ」
そして、聞き返す俺の前では、
「アストリアス嬢は勿論の事、僕としては君個人についても正当に評価しているつもりだ。この状況を差し引いても、大きな戦力になり得ると思っている。それに短い冒険者歴を考えれば、君は伸びしろの塊のような存在だからね」
「そう、なんでしょうか」
俺はそんなジェノさんに曖昧な返事をする事しか出来ない。
マルコシアスにしろ、ジェノさんにしろ、柔和な視線を向けてくれているルインさんにしろ、彼らが雲の上の存在過ぎて現実味がないってのが正直なところだった。
「僕としては、君達にも一緒に戦って欲しいと思っている。勝手なお願いなのは重々承知だが、人類存亡がかかった大きな戦いだ。勿論、君達の事はギルド本部も全力でバックアップさせるつもりだよ」
「それにマルコシアスが野望を成就させるって事は、貴方達にとっても良いことではないでしょう? ただでさえ目を付けられちゃったんだからね」
彼らの言う事は、尤もだった。これから起こる戦いは大陸を揺るがすモノだろうし、相手を考えれば尻尾を巻いて逃げるのも不可能だ。
迎え撃つ以外の選択肢はない。
「だから、相手が確実に攻めて来るであろう帝都で決戦に挑むという事を本部に提案し、上にもそのように動いてもらうつもりでいる。これ以上状況が悪くなる前にね」
「それだけが唯一の対抗策……」
「ああ、だからこそ、君達に力を貸して欲しい。帝都決戦に勝利し、世界を守るためにな」
そして、その問いに対する俺の答えは、既に決まり切っていた。
「ついこの間まで社会の底辺だった俺が、帝都を守る騎士の仲間になってくれ……なんて訊かされて、困惑していないといえば嘘になります。それに世界を守る為だとか、正義の為、なんていう高尚な志もありません」
強くなるという事と、マルコシアスの打倒は俺達にとっても宿願だ。それにアリシアの言葉を借りれば、現状俺達と彼らの目的は合致している。
「俺は俺の意志で奴と戦います。奴を討つ為に共闘するというのなら、異存はありません」
「勿論、私もです。受けた借りは一億倍返しですから」
それはルインさんも同じ――というか、彼女としては悩むまでもないんだろう。
「そうか……感謝する」
「貴方達と一緒に居てよかったわ」
俺達の答えを聞いたジェノさんとアリシアは、安堵したように笑みを浮かべた。
そして、その数日後――傷の癒えた俺達七人は、新たな旅に出る。目的地は、帝都アヴァルディア。
「帝都の人間達は、まだ迫り来る脅威を知らない。冒険者と騎士団という立場の違いも頭の痛い事柄だろう。だからこそ、僕達が彼らを先導していかなければならない! 僕たち自身もパーティーやランクの垣根を超えて協力していこう!!」
ジェノさんの口から、今後の行動方針が示された。
「オッス!」
「はいッ!」
「あらあら、元気がいいわねぇ」
「更なる個人能力の向上に連携の強化、ギルドや帝都の人間の意思統一。中々に険しい道のりね」
「でも、破滅の未来を回避するには、私達がやるしかないよ。みんなの力を合わせなきゃ、どうにもならないんだからね」
アリシアとルインさんも真剣な表情で言葉を交わしている。
世界に見放され、たった一人で何もできないまま死にかけていた俺の周りには、いつの間にかこんなに多くの人が居る。少し前の状況を思えば、こんな風になるなんて考えつきもしなかった。
(自分のすべき事。やらなきゃいけない事――。今は明確になったソレに向かって前に進むしかない)
例え目の前にあるのが絶望の未来なのだとしても、もう足を止める必要なんてない。絶望なら、これまで十分してきた。
無能と言われた人間が、こんな大きな戦いに臨むなんて笑い話かもしれない。それでも、今はこの
(それが今の俺の戦いだ)
更なる誓いを胸に、俺達の旅は続いていくんだから――。
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