第63話 生残者達の語らい

 戦いを終えた翌日――。窓から差し込んで来る朗らかな日の光が俺を照らしている。


「朝、か……?」


 寝台から上体を起こした俺は乾いた声で呟く。体を起こしても思考が定まらないのは、きっと寝起きだけが原因じゃないんだろう。


「いや……もう昼だな」


 窓の外に天高く昇っている太陽を見た俺は、自嘲するように溜息を吐くと、凄まじい倦怠けんたい感に襲われて鉛の様に重い身体を引きずりながら宿の一室を後にした。


「あ、アーク君、おはよう……って時間でもないか。珍しくお寝坊さんだったね」

「ルインさん……おはようございます。まあ、今日くらいは許してくれると嬉しいですね」

「大丈夫、私もついさっき起きたばかりだからおあいこだね」


 とりあえず喉を潤そうと、宿の食堂に赴いた俺の前にルインさんが姿を現した。戦いを終えて初めて顔を合わせたが、えへへと笑う様子とは対照的に、身体の各所に包帯が巻かれているのがなんとも痛々しい限りだった。


「それより、怪我は大丈夫なの?」

「大丈夫かどうかで言えば、しんどいですけど何とかって感じです。ルインさんこそ、立って歩いてて大丈夫なんですか?」

「うん。幸い骨とかへの異常はなかったし、治癒魔法と併用すれば割と早く治ると思う」


 外傷的な意味と完治までの時間で言えば、ルインさんが一番の重傷者だ。しかし、身体へのダメージという意味では俺の方が大きかったんだろう。目の前で可愛らしく小首を傾げているルインさんと、立っているだけで限界な俺という対比がそれを表していた。

 そして、今の俺に襲い掛かっている代償の本質は、分かりやすい外傷ではなく体の中にあるという事も示している。


「アーク君は、暫く戦闘禁止だね」


 立った屍の様な俺を見かねたのか、食堂の椅子に無理やり座らせられるとルインさんからそんな言葉をかけられた。


「怪我もそうだけど、少なくても魔力が回復しきるまでは安静にしてないと、いつまで経っても直らないから……。まあ、今のアーク君はまともに戦える状態じゃなさそうだし、無茶のしようもないと思うけど一応ね」


 これまでに経験した事の無い超高出力での魔力解放。それが引き起こしたのは、自然回復では間に合わない重度の魔力欠乏だった。いずれは元に戻るとはいえ、数日間は魔法どころか普通にしてるだけでも辛いかと思うと気が滅入る事この上ない。


 要は、万全でも御しきれない魔法を消耗した状態で無理やり発動した代償が、戦いを終えて夜を越した今も俺の身体に圧し掛かっているって事だ。


「むぅ……分かった?」


 まあ、安静にする前に、反応の鈍い俺に膨れっ面で詰め寄って来るこのお姉様に弁解するとこから始めなければ――。


「あら、お二人さん。真昼間から仲の良い事ねぇ」


 そうこうしていると、食堂の入り口に多くの人影が現れる。


「二人とも包帯だらけですけどね」


 聞き覚えのある声に視線を向ければ、ニヤニヤと笑うキュレネさんや心なしか視線の冷たいアリシアを筆頭に、昨日のメンバーが勢揃いしていた。


「まあまあ、元気なのは喜ばしい事じゃないか」


 しかし、ジェノさんは周囲のどこか浮ついている空気などお構いなしで、端正な顔で微笑みながら食堂のおばさんから山のような料理を受け取ると俺達の机にやって来た。


「アーク君とアストリアス嬢にも聞いてほしい話がある……が! まずは腹ごしらえからだ。君達も早く座るといい。ニルヴァーナ嬢もご一緒にな!」

(お、おぉ……キラキラと輝いてるぜ)


 苦笑を浮かべる竜の牙ドラゴ・ファングは彼の指示に従い、ポカンとしているアリシアはキュレネさんに背中を押されて着席。ジェノさんの純度百パーセントの笑みに俺やルインさんも目をぱちくりさせてしまう。


「今日は僕達のおごりだ! 三人とも好きなものを食べてくれ!」

(き、綺麗なガルフがいる……! アイツを聖泉に叩き込んで煩悩を吐き出させたら、こうなるのかも……)


 いい意味で空気を読まない性格。端正な顔つき。ギルド本部所属Sランクという冒険者の頂点に位置する肩書き。正しく、非の打ちどころのない完璧な人物像だ。

 まあ、この間のギルドでの一件ではそれが裏目に出たというか、周りが勝手に盛り上がって自滅したというか――。


「む……あまり食が進んでいないようだが?」

「昨日の今日で流石に……」

「次の戦いに備えて、しっかりと食べておかないと力が出ないぞ!」


 やっぱり悪い人じゃないんだろう。多分――。


「――というか、俺達に聞かせたい話って一体何なんですか?」


 食事も終わりといった頃、俺はさっきから気になっていた事を問う。内容の想像はついてるけど、いつまでも怪我人扱いはあまり気持ちの良いものじゃないしな。


「それは無論、昨日の戦いについての事だ。大体の事情はニルヴァーナ嬢から訊いているが、本当によく持ち堪えてくれたと思うよ。心から尊敬させてもらおう。その上で君達にお願いがあるんだ。僕個人からとしても、ギルド総本部からとしてもね」

「勿論、私からも……」


 まあ、内容は案の定だった。だが、皆の顔つきはさっきまでの歓迎ムードとは打って変わって、真剣なものへと変わっている。


「お願い……ですか?」

「ああ、人を……世界を守るための……」


 そして、ジェノさんとアリシアの瞳は、真っすぐ俺達に向けられていた。

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