第62話 戦いの終わり

「――見事だ」


 閃光が弾け、音を取り戻した世界でマルコシアスが呟く。


「嘗ての大戦を共に駆けた得物ごと、我がを持って行くとはな」


 奴の出で立ちはさっきまでと変わっており、右腕から先を喪失している。しかし、健在だ。


(届かなかった……)


 対する俺は、処刑鎌デスサイズの柄を支えにどうにか立っているのが限界。気力で捻じ伏せた身体へのダメージが一気に押し寄せて来たんだろう。最悪な状況で、限界を超えた無茶の代償を払う事になった。


 今の一撃で仕留めなければならなかったはずなのに――。


「認めてやろう。貴様らは強い。かの時代で、我と剣を交えた帝都の将と遜色ない程にな」


 無職ノージョブだと言われ、漸く冒険者になってもののしられ続けて来た俺を認めてくれたのが、神話の英雄と戦った魔族の将軍ってのは随分皮肉な話だろう。これで最期でなければ、胸を張って誇れたのかもしれない。


「小僧、貴様の名を答えよ」

「――アーク・グラディウス」


 俺は掠れた声で奴の問いに答え、力尽きるように――。


「小娘、貴様は?」

「ルイン・アストリアス」


 膝を折ろうとしていた俺は、ルインさんによって支えられていた。それ自体よりも、偃月刀を支えにしている本調子には程遠いルインさんの接近にも気づかない程、自分が消耗している事に驚かざるを得ない。


「そうか……貴様らは、我の永劫の戦いの歴史の中においても、有数の勇士であった。その名、しかと胸に刻むとしよう」


 そして、今の俺達には、もう闘う力は残っていない。


「さらばだ、黒き死神! 金色の戦乙女よ!」


 そんな俺達を尻目に武器を失ったマルコシアスの手に再び大剣が出現し、闇色の魔力が膨れ上がる。


「アーク君……!」


 どちらも助からないのだとしても、せめてルインさんの盾になるくらいはと身を投げ出そうとした俺だったが――。


「“イグナスラッシュ”――ッ!!」

「ぬ……ぅ!?」


 突如現れた人影が、斬撃魔法を放とうとしていたマルコシアスに炎を纏った剣を叩きつけた。


「ボウヤ達はそこに居なさいな!! エリルは二人の治療、リゲラはそっちの女の子を避難させた後に私に続きなさい!!」


 驚く俺達の前に、更に三人の増援が姿を現す。


「了解!!」


 マルコシアスと相対するジェノさんとキュレネさん。それから見覚えのある男女が一人ずつ。冒険者ギルド総本部直属のSランクパーティー――“竜の牙ドラゴ・ファング”の面々だった。


「どうしてここに?」

「再試験の手筈が整ったので、本部から来た人員にあのギルドを任せて私達も次の目的地を求めて旅に出ました。そんな折、モンスターたちの動きが不規則になっているという連絡の下、このポラリスにやってきたのですが――」

「ちょうど私達が戦っていた……?」


 エリルと呼ばれた女性は、武器であろう長い杖に光を灯しながらルインさんの問いに黙って頷いた。


「どっちが悪役なのかは一目瞭然だったので、即座に加勢したわけですが……。本当にギリギリでしたね」


 緊張した面持ちの女性が放つ光を浴びると、幾許いくばくか身体が楽になる。彼女が腕の良い“魔術師”職であることが、ありありと伝わって来た。


「ふん、貴様らも中々の使い手であるようだな!!」

「ぐ――ッ!?」


 鉄がぶつかり合う音と共に三人が弾かれる。どこかで見たような光景だな。


「あの三人が同時に攻めて決めきれないなんて――アレはどういう化け物なんですか!?」

「事情は後にしてくれ、一言で説明できるようなものじゃない」


 僅かであるが体力が戻った俺は、驚愕するエリルの言葉を制する。


「そう、ですか。それにしても、よくあんなのと戦って来れましたね」

「火事場の馬鹿力って所かな。おかげで内も外もズタボロだけど」


 まあ、彼女の驚愕は当然だろう。

 全力状態の得物であろう大剣を使っているとはいえ、右腕を喪失して左肩からも鮮血を流し続けている状態で、Sランクパーティーと渡り合っているマルコシアスには、俺だって驚きを感じざるを得ない。


「何――ッ!? どういうつもりだ!?」


 そんな時、ジェノさんの驚愕の声が戦場に響き渡った。視界の霞みが晴れた俺の目が映すのは、背後に大きく跳び退いたマルコシアスの姿。

 これまでの戦いの中で一歩たりとも後退する様子の無かった奴の突然の行動に、俺達も息を呑む。


「貴様らと斬り結ぶのは良い俗事ではあるが、我もこれ以上足を止めているわけにはいかんのでな」

「逃げるのか!?」

「逃げる、だと? この状況でそんな事を口にする余裕が貴様らにあるというのか?」


 そんな俺達の困惑に答えるかのように、マルコシアスは身の丈を超える大剣を天に突き立てた。


「■■、■■■――■■■■――!!!!!!」


 咆哮が轟く。


 飛来するのは巨大な影。


「竜種――?」


 エリルは、長い首と鋭い撃牙、巨大な両翼を持つソレを目の当たりにして茫然と呟く。


「我が絶対なる臣下――邪竜皇ファヴニール。いずれ貴様らと相まみえるかもしれんな」


 驚愕に包まれる俺達の眼前に、漆黒の竜が降り立った。


「興が削がれた、今宵は仕舞いだ」

「――ッ!!」


 この場に居る誰もの表情が険しいものへと変わる。正直な所、手負いのマルコシアス相手に竜の牙ドラゴ・ファングの四人で戦って刺し違えられるかどうかというレベルだろう。

 そんな状況の中、増援としてやってきたのは、モンスターの範疇はんちゅうを超えた巨大竜種。絶望が降りて来たようなものだった。


「我の向かう先は帝都であり、これ以上の戦力喪失は本意ではない。故にな」


 だがその矛先が俺達に向くことはなく、跳躍したマルコシアスはファヴニールの背に騎乗する。


「戦力の損失……」


 撤退の意図が読み取れないと内心首を傾げる俺だったが、奴の背後で凍り付いている狂化モンスターたちの存在に漸く気が付いた。連中は、さっきの俺の一撃に巻き込まれたんだろう。


「逃げるのではなく、あくまで撤退って事か」


 自惚うぬぼれでなければ、マルコシアスもそれなりに深手を負っている。それに奴の言葉を信じるなら、あの巨大竜を始めとした狂化モンスターは帝都に攻め入る為の戦力だ。この場外乱闘で失う戦力としては、割に合っていないんだろう。


「人間は弱く脆い。だが、かの勇者の時と同じだ。貴様ら人間が秘めている可能性とやらは、あなどれないものがあると言わざるを得ない。我自身がこの身を以て知っているはずだったのだがな」


 マルコシアスは胸の傷と右腕を見ながら、どこか自嘲するような口調で言い放った。


「貴様ら程の勇士だ。我らの戦力が整った暁には、いずれ刃を交える事もあるだろう。その時までに、精々腕を磨いておくといい」


 そんな俺達を残して、竜の翼が羽撃はばたく。


「また会おう。アーク・グラディウス」


 そして、今代に蘇った新たな魔王と神話の竜が飛び立っていった。

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